知らない素振り

「みんな、出発できるか?」

「大丈夫よ」

「こっちもオッケー」

暫くの休憩の後、イリスの体調も一応は回復したところで、皆は小屋を後にして再び歩き始めた。

自力で歩けると言い張る彼女に根負けして、多少吹雪のおさまった雪山を絶壁に向かって進んだ。

「何かあったら遠慮なく言えよ」

「はい、ありがとうございます」

クラウドにそう言われて、出来る限り足を引っ張らないようにと努めながら、イリスは雪を踏みしめる。

「言っとくけど迷惑になるとか考えなくていいんだからね」

「そ、そんなことは……」

「図星じゃないか」

心を読んでいるかのようなティファとクラウドとの会話に、少し狼狽えてしまった。これでは肯定しているようなものではないかと赤面してしまう。

「最近お世話になりすぎてて、もう少し自立したいな、と」

ここまできて嘘をついたところでお見通しだろうと、素直に思ったことを口にする。

「まあ、世話をしてるとすればそれはヴィンセントが好きでやってることだろ」

「そう……なんですかね……」

「ヴィンセントがイリスを大切にしてるのは俺たちから見てもわかる」

いつもならば否定していたはずのクラウドの言葉も、今回ばかりは何も言えなかった。

彼が自分を気にかけてくれていることは痛いほどわかっていた。彼の優しさに心がざわつくことも自覚していた。

「ヴィンセントは迷惑だなんて思ってないし、俺たちもそんなことは思ってない」

「はい」

そうなのかもしれない、とここへきて思えるようになっていた。自分を卑下しすぎるのは皆に失礼なことだとも思っていた。

優しさに甘えたくない、自立したいと思っているのは、もっと別の理由があるような気がした。ヴィンセントに頼りすぎることで、心が掻き乱されることが嫌なのかもしれない。

「イリスも素直になったわよね」

「そうかもしれません」

素直になった、そう言われてみればそうかもしれない。ヴィンセントに対する自分の想いに気が付いたからだろうか。

そう考えていると、後方を歩くヴィンセントを振り返ることがどうしようもなく恥ずかしくなって、ひたすらクラウドの背中を見つめながら足を進めた。



「ク、クラウド〜、ちょっと休憩しよ、きゅーけー」

小屋を出てから休みなく歩いた甲斐もあり、絶壁に随分と近付いた頃になって、やはり最後尾のユフィが根をあげた。

「たしかに、ずっと歩き詰めだったしな。少し休もう」

「やった〜!」

大袈裟に喜んでいたのはユフィだけだったが、皆も疲労がたまってきていたのは事実だった。そそくさと火を焚いて、皆でそれを囲むように雪に座った。

「結構歩いたな」

「ユフィちゃんもうクタクタだよ〜」

「あっ、シドさん危ないです」

「火が点かねえんだ、この方が早──あっち!」

木の根本に腰かけてパンを食べるユフィと雑談をしたり、焚き火に煙草を近付けて大惨事となったシドをからかったりと、皆で疲れを癒すように話した。

イリスはいつも通りヴィンセントの隣に座っていたが、なんとなく気恥ずかしくなって顔を見られずにいた。

「イリスにもパン! はい!」

「わ、ありがとうございます!」

久しぶりに食べる甘いパンに顔を明るくした。口に運ぼうとするが思いとどまり、半分に割ってヴィンセントに渡す。

「どうぞ」

「……すまない」

遠慮がちに受け取る手にわずかに触れてしまい、ぱっと手を離した。何度も手を繋いだこともあるというのに、何を意識してしまっているのかと自分に呆れる。



「ね、ねえ、ちょっと……」

「どうしたの? ……ユフィ?」

パンを頬張りながら雑談を続けていた皆に、ユフィが青ざめた顔で肩を叩いた。

「マジで、超キモいやつが……ウッ」

「何言ってるの?」

要領を得ないユフィの言葉に、皆彼女の指差す方向に目を向ける。

「きゃあ! なんなのあれ!」

視線の先には、緑色をした巨大なモンスターがこちらに迫ってくるのが見えた。うねうねと無数の触手を動かしながら、明らかにこちらを狙っているようだった。

「どうするの、クラウド……に、逃げる?」

「みんな! ひとまず退くぞ!」

クラウドの声に、皆は即座に立ち上がると、モンスターから遠ざかるようにして走り出した。

しかしモンスターの方も、獲物を逃がすまいとスピードを上げて迫ってくる。

「ブリザガ!」

「ストップ!」

「スリプル! おいおい、何にも効かねえぞ!」

どの魔法も命中してはいるものの、一向にモンスターの動きは止まらない。

「うわあ! な、なんだ」

「うえぇ……おえっ」

「げほっ、うう……」

もう少しで追い付かれるというところになって、モンスターは突然、悪臭のする息を吐き出した。

それをもろに喰らった皆は、涙目になりながら咳き込み、こうなれば倒すしかないと攻撃を始める。

「ちょっとレッド]V、何してるの!?」

咳き込みながら叫んだティファの声にレッド]Vを振り返ると、ガルルルと唸りながら岩に向かって突進している。

「クソッ……毒が回ってやがる!」

バレットは顔をしかめながらも、モンスターに向けて銃を放っている。物理攻撃は効果があるのか、やや怯んだように見えた。

「よし、一気に畳み掛けるぞ!」

クラウドが大剣を降り下ろしながら叫ぶと、ティファとシドもよろついた足でなんとか攻撃をしている。

「痛っ……レッド]V、私よ! ティファよ!」

岩への突進をやめたレッド]Vは、今度はティファの腕に噛み付こうと牙を立てている。助けを呼ぼうと振り返ったが、完全に眠ってしまっているユフィと、イリスと揉めているヴィンセントが目に入った。



「ルクレツィア……ルクレツィア、すまない、許してくれ」

「ヴィンセントさん、しっかりしてください!」

「会いたかった、ルクレツィア」

ヴィンセントはイリスの肩を掴んで揺さぶったかと思えば、かつてないほどの力で彼女を抱き締めた。うわ言のように「ルクレツィア」と名前を呼んでいる。

「ヴィンセントさん……お願いです、目を覚まして……」

「あれほど愛していたのに、すまない。すまないルクレツィア」

「ヴィンセントさん!」

混乱状態に陥った彼の言葉は、今のイリスには最もつらいものだった。彼の口からその名前を聞きたくはなかった。よりにもよって、自分をその彼女と重ね合わせて見ていることが胸を締め付けた。

「ルクレツィア……伝えたいことがある」

「い、嫌! 私はルクレツィアさんじゃない、イリスです! ヴィンセントさん!」

彼がその先に何と口にしようとしているのか、嫌でも想像してしまい、そして涙が出てくる。

彼は神羅屋敷で、ルクレツィアを愛していると言っていた。そんなことは会ったときから知っていたはずだった。しかし今はどうしても、彼の口からそれを聞きたくはなかった。

「ヴィンセントさん……ヴィンセントさんってば……」

イリスの方もうわ言のように彼の名前を呼んだ。早く目を覚ましてほしいと願いながらも、涙は次から次へと頬を伝った。

エアリスの生まれた家に二人で泊まった夜も、夜景を見せてくれたことも、今二人とも首からさげている家の鍵も、どれも嬉しかった。ヴィンセントは好きでイリスを世話している、と言ったクラウドの言葉も素直に受け取った。

しかし、それは全て勘違いだったのかもしれない。都合の良いように、彼の気持ちを知らないふりをしていたのかもしれない。彼は出会ったときから、自分にルクレツィアを重ねていたのかもしれない。或いは今なら、ルクレツィアへの罪を償うと言った意味がわかるかもしれない。

「ヴィンセントさん、私を見てください……お願い……」

彼を引き剥がそうと必死に抵抗したが、決して離すまいとする彼の腕の力に敵うことはできなかった。自分には向けられたことのないその力に、ますます惨めな気持ちになった。


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