寒くて熱い

「う……みんな、大丈夫か?」

「な、なんとか……」

「死ぬかと思いました……」

崖から板ごと飛び越した5人は、そのまま積もった雪の中に突っ込んだ。だいぶ高い位置から落ちたようだったが、雪がダメージを緩衝して大事には至らなかった。

「お〜い、みんなだいじょうぶ〜?」

崖の上からひょっこりと顔を覗かせたユフィ達は、華麗に着地して、皆を見渡して笑った。

「レッドに乗せてもらって正解だったよ〜」

「オイラ達も結構危なかったけど……クラクド達が飛んでいったからビックリしたよ」

「好きで飛んだんじゃないんだ」

立ち上がったクラクドは、木っ端微塵になった板を見ながら、やれやれと口にした。



「イリス、大丈夫か?」

「はい、大丈夫です。でも……すごい吹雪ですね」

全員無事に坂を降りられたのは幸運だったが、着地したのが一体どこなのか。辺りを見渡そうにも、吹雪で視界が悪い。

「困ったな……」

「昨日言った地図だ」

懐から地図を取り出したヴィンセントに、どこか胸が高鳴った。彼の所作にいちいち反応するなどこれまでなかったはずが、昨日からどうも調子が狂う。

「えーっと……私達が来たのがこっちだから……でもどこから落ちたのかしら。地図に載ってる一本杉とか石像とか、目印になるものを探さないと」

「でもこの吹雪じゃな……だいたいどっちが北かもわからない」

地図が手元にあるのは心強いことだったが、現在地がわからなければ元も子もない。

「ちょ、とりあえず進もーよ! こんなとこずっと居たら凍え死ぬって!」

「それもそうだな。みんな、はぐれないように固まって進むぞ」

そう言って、飛び降りてきた崖とは反対側に向かってクラクドは前進し始めた。皆も寒さに身体を震わせながら、はぐれないようぴったりと彼についていった。



小一時間ほど歩き進んだが、目印になるようなものも見付けられず、皆はだんだんと不安に陥ってきていた。同じ景色ばかりが果てしなく続いている。

「……」

「どうした」

「い、いえ……」

「大丈夫か」

そんな中、ヴィンセントは隣を歩くイリスの異変に気付いた。足取りがおぼつかない上に、片手で胸の辺りをさすっている。

「苦しいか?」

「すみません……ちょっと苦しいです」

「謝ることはない」

彼はすっと彼女の前に行くと、背を向けて少し屈んだ。背中に乗れと促している。

「だ、だめです! 自分で歩けます」

「クラクド達に置いていかれる」

「……」

イリスも頑固なら彼の方も頑固だった。背負うと言ったら背負うまで動かない。

前方を見れば、先程よりも皆との距離が開いてしまっていた。このままもたもたしていたら本当にはぐれてしまいかねない。

「すみません……」

「もう慣れている」

目の前の肩に手を置くと、彼は軽々と背負い立ち上がった。以前彼に背負われたのはニブルヘイムの山だったが、そのときは意識を失い、ほとんど記憶がない。

そう思うと、今目の前にある彼の肩も髪も、どれもが胸を熱くした。寒い雪山で、あたたかな彼の背中に背負われていると、心まであたたかくなるようだった。

「……いつもありがとうございます」

「護ると言っただろう」

いつもより近くに感じる彼の声に、耳まで赤くなるのを感じた。この鼓動が彼に伝わっていなければいいと思いながら、彼の肩に回す腕に少しだけ力を込めた。

「それでも、ありがとうございます」

彼は何も答えなかったが、彼の方も、支える腕に力を込めたのがわかった。

どこよりも、彼の腕の中が一番安心できる。どこにいても、彼と一緒ならば不安はなくなる。

「わ、わたし……ちゃんと、いい子でいますね」

苦しさに咳き込みながらそう言った。彼は何か引っ掛かるといった表情で、少し首をもたげた。

「……そのままでいい」

また彼は前方を向いたので、それ以上表情を読むことは出来なかった。思わず口をついて出てしまった言葉にさえ、彼は欲しい言葉をくれる。

それに返事をしようと口を開いたが、言葉にならず咳き込む音になって消えてしまった。



「流石に休めるところを探さないとまずいな」

「そうね……手足の感覚がなくなってきたわ」

それからまた数十分歩いたが、未だに何の目印にもたどり着いていなかった。寒さで感覚が麻痺し始め、そしてどこまで続くかわからない雪に焦り始めてもいた。

「ちょっと待って!」

「どうしたのレッド……」

こちらも、いつの間にかユフィを背中に乗せたレッド]Vが立ち止まった。ユフィは寒い寒いと言いながら暖かい毛並みに手を突っ込んでいる。

「煙の臭いがする!」

「本当か?」

「よくやったぞレッド!」

ようやく見えた希望に、皆の顔が明るくなる。煙の臭いがするということは、どこかに人がいるか、そうでなくとも火があれば暖がとれるはずだと、皆の足取りが軽くなる。

「こっち!」

走ってゆくレッド]Vに皆も続いた。少し後方に居たヴィンセントも、走るぞ、と呟くなり皆に追い付く。

「やったぞ、小屋がある!」

「助かった〜……」

視界の悪い中、うっすらと影を現した山小屋に、一斉に安堵の息がこぼれた。

「イリス、小屋だ」

「……は、い」

「イリス?」

「だいじょうぶ……です」

既に力の入らなくなった彼女を見て、ヴィンセントは一瞬背筋が凍りつくような思いになる。

「え、ちょっと、イリス大丈夫なの?」

ユフィの発言に皆の視線がヴィンセントに注がれた。見るからにぐったりとしている彼女に、また異変が起きたのだろうかと不安を抱く。

「急ぐぞ」

「そうだな」

またもやニブルヘイムのときと同じようなやり取りをしていた。しかし、今度はヴィンセント一人ではなく、皆で山小屋まで走っていた。


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