秘密の共有
「その……なんだ、」
偶然にも合流した仲間たちだったが、クラウドは申し訳なさそうに頭を掻きながら、同じ鍵を握り締めている二人を見た。
「クラウドが照れてどうするのよ!」
クラウドの隣で彼を小突いているティファも、どこか楽しそうに笑みを浮かべている。
「そう、だな……お祝いを言うよ」
どこか照れたように、そして喜ぶように笑顔を向ける仲間達は、何か重大な勘違いをしているように見えた。
「あの……これはエアリスさんの家の鍵で、私とヴィンセントさんがその鍵を受け取っただけです」
「え、そうなの? やっぱりユフィの早とちりだったのね」
「いやいやいや、だってみんなも見ただろ!? 誰だって勘違いするよ!」
「まあ、確かに……」
「それにイリスの服が変わってて大人びちゃってるし、てっきり、ね!」
皆の勘違いから多少の騒ぎにはなったが、なんとかその場は丸く収まり、日も暮れて来たので宿へと戻ることとなった。
宿への道のりも、イリスはヴィンセントと並んで歩いていた。先程の騒動は確かに勘違いだったが、二人で同じ家の鍵を持っているというのは、二人だけの家を共有しているようで嬉しさがあったのは事実だった。
宿へと戻ると、皆で食事を囲みながら今後についてのリーダーの話に耳を傾ける。
「セフィロスは北を目指すと言っていた。明日はこの先の山を越えようと思う」
「防寒はばっちりしたけど、遭難したら元も子もないわ」
「地図ならば先程店主から貰った」
懐からさっと地図を取り出したヴィンセントに、ナイスだ、と皆が声を掛ける。集団行動が苦手だった彼が皆と食事を共にして、皆のために行動していることがイリスとしては喜ばしいことでもあった。
「北に向かえばセフィロスがいるはずだ。それに、神羅の連中もそこに向かっているだろう」
「どうして神羅カンパニーの人達もそこへ向かってるんでしょう? セフィロスさんを追って?」
「詳しくはわからないが、さっきタークスのイリーナに会った」
やや赤くなった頬を擦りながら答えるクラウドに、戦闘にでもなったのだろうかと一瞬不安になったが、それほど大事には至らなかったらしい。
「とにかくだ、明日に備えて今日はゆっくり寝てくれ」
こうして明日の連絡は終わり、皆でそれを共有したところで、久方ぶりの温かい食事を楽しんだ。
「イリス、ティファ、もっかいあの温泉入っとこうよ! 温泉に入る機会なんてそうそうないよ!」
「うん、楽しそう」
「夜の温泉はまたきっと違った雰囲気ね」
先程は少々ばたついていたが、今夜はあとは眠るだけだ。ゆっくりと温泉に浸かってしっかりと睡眠をとろうと話しているだけで、イリスはわくわくとした笑顔を向けていた。
「ご馳走さま、じゃあ私たちは部屋に戻ってるわね」
「ひゃっほー、おんせんー! 可愛いユフィちゃん達を覗き見しないように! 特にシド」
「ああん? だあ〜れがガキの素っ裸なんか覗くかよ」
冗談を交えながら、夕食を食べ終わった女性陣はそそくさと部屋に戻っていった。お先に失礼しますね、と言い残してイリスも彼女達についていく。
ヴィンセントに目でおやすみなさいと伝えたら、彼の方も一度頷いてくれたので、彼女の心はいつになく満たされた。
「ふわぁ〜、寒空の下の温泉はまた一段といいねえ」
「ユフィったらオヤジくさいんだから」
「最年少のユフィちゃんに向かってなんだと〜」
部屋に戻るなり早速あの温泉に三人で入った。先程よりも恥ずかしさが幾分か軽減したのは、夜の暗闇のせいか、或いはこういった触れあいに慣れたのかもしれないと、イリスは楽しげに二人のやりとりを見ていた。
「そういえばさっきイリスが鍵もらってたのはびっくりしたわよ」
「そーそー! 新居でも買ったのかと思っちゃったよね」
「いや、だからあれはエアリスさんの生まれたお家の鍵で……」
ふうん、と疑惑の目を向ける二人にまた顔が赤くなってしまうのを感じた。またからかっているだけだとわかってはいても、今日はどうも彼のことを意識してしまっているような気がしないでもない。
「エアリスの家っていうのはわかったけど、でもやっぱり二人で同じ家の鍵を持つって、なかなか出来ないことだと思うよ」
「そーだよ、結局は二人の家ってことでしょ?」
「それは……そう、なのかな……いや、でもそういう訳じゃ……」
たじろぐイリスに二人は焦れったさを感じながらも、こういう会話をゆっくりと出来ていることに嬉しさを感じていた。
「イリスはヴィンセントのところ行かないの?」
「え?」
明日以降はまた厳しい旅になる。次にこれほどまでにゆっくりと出来るのはいつになるか解らない。そんな思いからティファが提案したことに、またもやイリスはたじろいだ。
「行くって……私は二人とここで──」
「だってせっかく"新居"があるのに、勿体無いでしょ?」
「新居ではないです! それにわざわざヴィンセントさんを呼び出してまでそんな……」
「まあ、イリスから呼び出さなくても大丈夫と思うけどね」
「え? ……え?」
「さあ、のぼせる前にあがりましょ」
どこかはぐらかされながら、二人に続いてイリスも温泉を後にした。新しく買ってもらった服に身を包んで、髪を乾かしたり歯を磨いたりと寝る準備を進める。
「イリスのその服、似合ってるわね」
「あ、ありがとうございます」
「さっきも思ったけどさ、やっぱりちょっと大人びたよね」
「そうだと嬉しいんだけど……」
誉め慣れていないイリスは頬を赤くさせながら、やや伸びた髪をせっせと乾かす。
コンコンと、部屋の扉がノックされる音がした。誰だろうかと覗き穴から扉の外を見たティファは、満面の笑みでイリスを振り返った。
「ほらね、イリス」
「どうしました?」
「はい、行ってらっしゃ〜い」
ずんずんとユフィに背中を押されながら扉を開けると、廊下にはヴィンセントが立っていた。
「ヴィンセントさん、どうしました?」
「これを──」
「はいはいお二人さん、外でやってね」
またもやユフィに背中を小突かれ、部屋の外へと押し出された。おやすみ〜、とにやにやしながら扉を閉めたティファとユフィには後で文句を言ってやろうと考えながら、目の前のヴィンセントに向き直る。
やや呆れたような顔をしたヴィンセントだったが、すぐに懐から何かを取り出した。
「革の紐を買っておいた」
「あ、鍵に通しておけますね!」
「イリスに無くされては困るからな」
「な、無くしませんってば!」
そう言って受け取った紐は想像していたよりも長い。鍵を通して抜けないようにすると、首から掛けて丁度いい長さだった。
イリスはそれを服の内側になるよう首に掛けると、服の上から大事そうに鍵をなでた。
「私も同じことをした」
「同じこと?」
ヴィンセントはマントに隠れた首元から革紐を引っ張り出して、服の内側にある鍵を覗かせた。
「おそろいですね!……あ、」
素直に思ったことを口にしてしまったが、途端に恥ずかしさが込み上げてくる。彼がそんなつもりだったとは限らない。押し付けがましいことを言ったかもしれない。
「そうだな、お揃いだ」
しかし、思いもしない返答にイリスはぱっと顔を上げた。笑顔の彼に、嬉しさから泣きそうになりながらも、彼女も笑顔を向けた。
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