二人の帰る家
ビデオテープは、穏やかな家族の映像から、突如不穏な空気に包まれた。それを見るイリスとヴィンセントにも、まるで今、目の前で起こっている出来事を見るかのような緊張感が走っていた。
『探しましたよ。あなたたちがここに居ることくらい、とうにわかってたんです。しかし二年待ちました、新しいサンプルが欲しかったんですよ、クックッ』
『新しいサンプル……? まさかエアリスを!?』
『ほう、エアリスちゃんですか。いい名前だ。私の実験にはあなたたちみんなが必要なんですよ、わかってくれますよね、ガスト博士? この星の運命を変えることが出来るんですよ』
ガスト博士がイファルナとエアリスの前に立ちはだかったと同時に、神羅兵の銃声が響いた。胸を押さえて倒れ込むガスト博士と、イファルナの悲鳴と、エアリスの泣き声が聞こえた。
ふと、宝条がこのビデオカメラに気付くと、神羅兵に命じてカメラを撃たせた。そこでビデオテープは再び真っ暗な画面になり、それ以上は何も再生されなかった。
イリスとヴィンセントの今居るこの場所で、かつてあのような惨劇が起こっていたのかと考えると、やりきれない思いがした。目的のためならば手段を選ばない神羅カンパニーのやり方が如実に現れていた。
二人の間には暫し沈黙が流れた。悲しみに暮れ、或いは怒りに震える二人は、無言のまま手を握り合っていた。
「ヴィンセント、さん」
「……なんだ」
「この場所は、エアリスさんが生まれた場所なんですよね」
「そのようだな」
しんと静まり返った室内をゆっくりと見渡す。エアリスは確かにここで生まれた。しかし、彼女は生後間もなく神羅カンパニーの人間に連れ去られてしまった。
エアリスはこの場所を知っているのだろうか。
ミッドガルに育ての母の家があると言っていた。もちろんそこがエアリスの家であることに変わりはないが、彼女が生まれたこの故郷のことを、彼女は知っていたのだろうか。
「ヴィンセントさん、私……この旅が終わって、もしも行く末を全部見届けることができたら、ここにもう一度戻ってきたいです」
「そうか……そうだな。そのときは私も共に戻ろう」
「本当ですか?」
「ああ」
少しだけ目を細めて笑った彼に、心臓が音を立てた。旅を終えた後にもまたひとつ大切な約束ができたと、笑顔を返した。
「これ……」
ふとイリスは、持っていた紙袋に目を落とした。じっと考え込んでいる様子の彼女に、ヴィンセントも思考を邪魔しないよう静かに見守っている。
「私、この服をここに置いておきたいんですが、どう思いますか?」
「イリスがそうしたいのなら置いていけばいい。しかし何故だ」
「それは……」
またもや黙り込む彼女を、彼は辛抱強く待っていた。彼女が考え事をするときの横顔は見慣れていたし、よほど大切なことを考えているのだとわかっていた。
「エアリスさんに貰った服を、エアリスさんの生まれたこの場所に置いておくことで、エアリスさんにも教えてあげられるかなと思ったんです。ここが生まれた故郷なんですよ、私もここに来ましたよ、また戻ってきますよって。……すみません、うまく伝えられないんですけど」
「いや、考えていることは伝わった」
彼はぽん、とイリスの頭に手を乗せて、落ち着かせるような声でそう答えた。
「それに、私たちが戻る場所ができたな」
「あ……そうですね!」
にっこりと笑う彼女は内心どきりとしていた。自分の考えを汲み取ってくれたことも、"私たちが戻る場所"と言ってくれたことにも、少し狼狽え、そして嬉しさが込み上げてきた。
二人は家の地下へと降りると、奥にあったクローゼットを開けた。案の定何も入っていない空のクローゼットに、服の入った紙袋を入れた。
「勝手に部屋に入り込んだ上に、クローゼットまで開けて服をしまってますけど、大丈夫なんでしょうか。今更ながら心配になってきました」
「部屋にだいぶ埃が積もっている、長年人が使った形跡はない」
「でも、誰かが入ってきて持ち去るとか……着古した服を誰が持ち去るのかはちょっとわかりませんが……」
「いや、服もそうだが……施錠されていない空き家だ。いつ誰が入っても不思議ではない」
ヴィンセントの言葉を聞いたイリスの顔がだんだんと沈んでゆくのがわかった。少し眉間に皺を寄せて、どうしたらいいか悩んでいるようだった。
「この家の管理がどうなっているか、長を当たってみてもいい」
「なるほど! 早速探しにいきましょう!」
彼の提案にぱっと顔を輝かせると、いそいそと家を後にした。自分の我儘に付き合ってくれる彼に感謝をしながら、同時にエアリスに思いを馳せていた。
二人で家を後にして、町の長を探した。思いの外すんなりと町長を見付け出すことが出来たが、事態がどう運ぶか、一抹の不安はあった。
「ああ、あの家は随分と前に家族が住んでたきりで、今は誰も住んでいないよ」
突然の訪問にも、町長は快く応じてくれた。恰幅の良い目の前の町長は、伸びた髭を触りながら答える。
「誰か管理している者は?」
「いや、いないね。実は神羅があの家に押し入ったことがあって、それで誰も寄り付かなくなってしまった」
二人は先程見たビデオテープの映像を思い出していた。確かに、あの惨劇の後ではなかなか買い手も見付からないだろう。しかし、それはある意味二人にとっては良い面もあった。買い手がいないのならば自分達が買い取ってしまえばいい。
「あの家を購入しても良いだろうか」
「なに? あんたたちあの家が欲しいのか? どうしてまた……」
「私の姉の生まれた家なんです」
怪訝な顔をする町長に、イリスはじっと目を見てそう答えた。町長は少し驚いた後に、再び訝しげな顔をした。
「あの家の両親は亡くなったはずだよ」
「そ、それは……それはそうなんですが、でも、本当なんです。嘘じゃありません」
非常に痛いところを突かれた質問だったが、それでも尚イリスは食い下がった。なんと答えたら納得してもらえるだろうか、仮に事実を伝えたところで信じてもらえるだろうか。そんなことを考えながら、ひしと彼の瞳を見続けた。
「いや、答えなくてもいい。込み入った事情があるんだろう。本来ならそのお姉さんを連れてきてもらいたいところだが──」
「……姉も先日亡くなりました」
彼の言葉を先回りするように答えた彼女の瞳は、滲んできた涙で少し潤んでいた。こうして言葉にすると、エアリス達の身に降り掛かった出来事が理不尽に思えてならない。
「そうだったのか……すまなかったね。正直なところ、あの家の処分に困っていたところだから、君たちが欲しいというのなら喜んで譲るよ」
「本当ですか!?」
目を丸くするイリスに、町長の方もやっと顔を綻ばせた。
「鍵を取り付けて渡すよう手配するよ。それでどうだろう」
ヴィンセントもそれに頷き、交渉は成立した。結局、売買の代金も不要だと言われ、無償であの家を譲り受けることができた。
その後すぐに家に鍵を取り付けてもらい、その鍵とスペアの鍵を受け取る。
「よくやった」
「いえ、私は何も……町長さんが良い方でよかったです」
二人は満足気に鍵を握り締め、微笑み合った。
偶然通りかかった仲間達が、その様子を見て口をあんぐりとさせているのに気付いたイリスは、顔を真っ赤にさせながら弁解しに走って行った。彼女達のやりとりを、ヴィンセントは可笑しそうに見ていた。
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