X'masは特別な日ではない


(タークス)

こういう日に限って残業がない。いつもならば嫌でも押し付けられる仕事を、押し付ける人間が今日はいないからだろうか。

毎日淡々と仕事をこなす皆も、今日は涼しい顔をして定時に帰り始めた。会社を閉めるというので自分まで寒い街に放り出された。

「ごめん、待った?」「いーや、今来たとこ」

この使い古された会話を何度聞いたことか。

一段ときらびやかな街には、これまた一段と浮かれた男女があちこちにはびこっている。

ロマンティックなムードに包まれる街にひとり、仕事用のスーツを着て歩く不憫な女だと思われているのだろう。そう思うと途端に腹立たしくなった。







彼は"英雄"なのだ。英雄とは"みんなのもの"なのであって、だからこそ英雄なのだ。

自分にだけ向けられた感情があるというだけでも奇跡のようなことなのだから、欲張ってはいけない。みんなから英雄を奪ってはいけないのだ。



「あ……」

つかつかとヒールを鳴らして歩いていると、ふとショーウィンドーに目が止まった。銀色の羽を型どったペンダントトップに、無性に惹かれた。彼に似合うと思った。

値段は決して安くはないが、持ち合わせはある。プレゼントに買っていこうか、今日はクリスマスなのだから。

「……」

そこでふと虚しさに襲われた。今日はクリスマス。

「セフィロス、」

気が付けば口にしていた。今の言葉で、覗き込んでいたガラスが曇った。

彼に形に残るものをプレゼントするのはどこか気が引けた。自分は紛れもなく恋人なのだから、何らやましいことなどないはずなのに。

形あるものでしか彼を縛り付けられない憐れな女に成り下がるような気がしていつも諦めていた。そして、今回も。

───

「イリス、25日だが」

「あ、うん、ザックス達とニブルヘイム行くんでしょ」

「情報が早いな」

「まあね」

「……すまない」

「んーん、気にしない」

───

こんな会話が交わされたのはもう2週間も前の話で、今日一人になることなどとっくに分かっていたことなのに。

どうにも収まらない虚しさに、ついつい駅のホームへと足を向けた。いつも待ち合わせに使うあの駅も、今日は浮き足立った男女でひしめいているのだろうか。




案の定、そこは人々でごった返していた。手を繋ぎ、腕を組む彼等に嫉妬した。

凍てつく夜の風が容赦なく吹き付けてきたが、それすらも心地よかった。今の自分には痛いくらいの寒さがちょうど良い。





「イリス?」

「……あ、」

何故ここにいる?

二人の頭によぎったのは全く同じ言葉だったが、同時に、気まずさを覚えて言葉を飲み込んだ。

「おい」

「え、ちょっと」

突然大きな手が頭に触れたかと思えば、さっさっ、と手を動かしている。どうやら降ってきた雪を払っているらしかった。

「いつからここにいた?」

「あ、えっと……いつからだろう」

あはは、と乾いた笑みをこぼしながら時計台を見れば、日付が変わろうとしていた。一体何時間ここにいたのだろう。

「……帰るぞ」

「いたっ、引っ張んないでってば」

突然腕を引いたかと思えば、今度は突然立ち止まるので、彼の背中にぼすっと当たった。

再び抗議しようと口を開くも、振り返った彼に思いきり抱き締められたので、かなわなかった。

「こんなに冷たくなるまで外にいるな」

「うん……ごめん」

「俺がここを通らなかったらどうするつもりだった」

「……でも、ちゃんと来てくれたじゃない」

「馬鹿か」

「やっぱりセフィロスは私の英雄だった」

おかえりなさい、帰ってきてくれてありがとう。

ぎゅっと抱き締め返せば、耳元で微かに笑ったのがわかった。

これでいい、彼が居れば何も望まない。毎日生きて、そして自分の元へ帰ってきてくれれば、それだけで満足なのだ。

みんなの英雄は、わたしの英雄でもあるのだから。こうして独り占めできる夜は最高のプレゼントだ。


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