The Bride of Halloween | ナノ
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風見裕也 @


歴史とは、重みだ。
目には見えないのに、これほどそこら中に堆積しているものはない。
ごくまれに、春はその重さを感じて押しつぶされそうになる。

古くはケルトにまで遡るといわれる、万聖節。いわゆるハロウィンは、日本という国の宗教とは一ミリも関わりはないはずであるのに、単なるコスプレ解放日、お菓子のもらえる日、いたずら出来る日、捉え方は人それぞれながら、本来的な趣旨とはずれた形で根付きつつある。
――死者が帰る日。
春は重い肩をぶんぶんとふりまわした。
10月に入ってからずっとにぎやかしいハロウィンの雰囲気にあてられて、頭がじわりと痛むので、ひょいひょいと痛み止めばかり飲んでいたら、お目付役を近頃自負しているらしい風見に叱られて薬は取り上げられてしまった。『薬に頼りすぎはよくないぞ』と煩い元気な幽霊の言葉は無視できたが、生者には抵抗しきれなかった。赤井の偽装死の折に、知り合った幽霊は幽霊らしからぬ存在感でたまにミュートボタンを押してやろうかと春は本気で思っていた。お盆もハロウィンも関係なしの付きまとい幽霊を別にしても、この喧騒は精神的にきついものがあった。

「芋虫みたいに机に這いつくばるな」

手厳しい一言だ。とはいいつつも、コンビニで買ったアイスコーヒーを顔のすぐ横に置いてくれる。ひんやりした冷たさに目を細めて、頬を擦り付けた。気持ちが良い。

「ハロウィン気分にあてられてるんです・・・・・日本ってすぐに感化されて自分流に文化を発展させちゃうんですよね・・・こわ。あらゆる文化を飲み込んで魔改造を続けてたら、『ふつうのひ』がどんどん減ってくと思いません?イベントにつぐイベントで供給側もくたびれないかな・・・」

「ただの浮かれ気分が影響しうるものか。宗教的意味合いはこの国では皆無だろう」

ハロウィンだからどうしたとは風見は言わなかった。どこまで春の「能力」について理解しているのかはわからないけれど、この男は時折こうして情報を集積しては分析しようと試みているらしいところがあった。『いいやつだよな』と幽霊が言う。

「・・・・・本来の意味を伴って無くても『ハロウィン』は『ハロウィン』でしょう?言葉とか記号ってのはそれだけでまじない的に意味を持ってしまうんじゃないかと思ってるんです。どれだけ変質しても、根っこはつながってる。」

日本の文化に照らし合わせるなら『盆』がそこに該当するのかもしれない。

「科学的に分析しようがないか・・・最近独り言がおおいのもそのせいか?部下の一人が『知り合いの精神科医を紹介しましょうか…』とかなり真顔で言っていた」

「それやってる人たちに協力もしてたりしますけど、まだまだ未知の分野ですよね。精神科医が犯人だった話が何かの映画であったようななかったような?もともと一人っ子って独り言多くなるんですよ多分」


春は露骨に話をそらした。実際は某幽霊と普通におしゃべりしているのだが、さすがにそこまで言うとひかれてしまいそうで怖かった。この件に関しては赤井にすら話していない。

「・・・・・飲まないのか」

「のみます〜」

隣の席でさっさと仕事を始めてしまった風見に促されてのそりと起き上がる。ストローにくいついて冷たいものが喉を通ると少しだけひとごこちつけた。隣でデータ整理を始める男をよそにくつろいでいるのが何だか申し訳なくなって春は恐る恐る聞く。

「かざみさん、なんか手伝えることありませんか」
「ない」
「・・・・・ですよね」

風見は優秀な公安刑事なのだ。自分の手助けがいるはずもない。『優秀だよな。うちに欲しい逸材が春のまわりは多いなぁ』と幽霊も感心している。

「君はアンテナの微調整にはげめ」
「わたしはこわれたテレビ・・・周波数のあわないラジオ・・・・使われなくなったふろっぴーでぃすくぽけべるMDこんぽ・・・・ううう、まだすてられたくない〜」

知り合いの能力者は時折冗談交じりに「寝て情報収集してこい」などと言われる。夢という領域もまた、まだまだ未知が潜んでいる。春の能力はおおよそのところ、周囲に影響を受けやすい面があり、不安定だったものに一定の形を与えることによって取り繕いながら向き合っている。

「そんなことより」

風見が言葉を句切る。

「次の模擬試験まで日が近い。寝てないで勉強をしてろ君は」
「う」

唐突に現実が目の前に現れた。風見は、こういうところがある。否応なしに春をあたりまえに現実に引き戻す。

「前回、少し生物の点が下がっていただろう。物理は?」
「うううう」
「数学の方はすこしはましだったが」
「英語はばっちりでしたー!」
「この間わたしたロシア語の課題は」
「……いまやってますぅ」

お目付け役、というよりも家庭教師の色合いがこくなった。
彼は常日頃は降谷零という超人に振り回されてる側面が多いからか忘れがちではあるけれど、春にしてみれば十分ハイスペックな人だ。理系らしいが、言語方面にも堪能のようで、英語できるから外国語は楽勝〜とのんきに構えていた春に「なら第三言語は」と中国語だのロシア語だのの一部国際的絡みとしてはきな臭そうな国の言語を猛プッシュされている。

「あ、数学の方は風見大先生の山がぴたりとあたりまして!!かんしゃしてまーす。ここはひとつ、その他科目でも」
「というかその辺、お前の感が働かないのか」
「勉強って生き死ににすぐさま直結しないからかイマイチ・・・危機感が足りないならって前に独房みたいなとこに降谷さんに閉じ込められたこともあったんですけど、まぁ結局のとこ美味しいご飯の差し入れがあったんで快適空間なんですよね・・・『閉じ込められる』って閉じ込めてくる相手への信頼あったら何の効果もないんだなって思いました」
「なにをやってるんだ君たち・・・・」
「公安って無法地帯ですよね」
「他国で発砲するFBIよりはマシだ」

一理あるので春は笑った。WSGに絡んだリニアの脱線事件の後始末がつい先ごろ終わったばかりだった。

「学生の本文に励むように」

「Да」ダーと春は間延びした返事をロシア語でした。

建物の外はハロウィンの喧騒につつまれている。
視界をチラつきかけるものから意識をそらすべく、鞄の中から伊達メガネを取り出してかけた。一枚でも障壁をつくっておけば楽になるかもしれないという助言で取り入れてみたのだが、気休め程度ではある。実際、顔なじみの幽霊の笑い顔はばっちり視えていた。

(死者が帰ってくる)

ぼんやりと、思い出した横顔を振り払うようにアイスコーヒーを飲み干して、ワイヤレスイヤホンを耳に突っ込んだ。会いたい人に、都合よく会えるわけでもないことはよくよくわかっていた。生者の側がそうなのだから、死者の側も案外この世に幽霊として存在したとして会いたい人の元に化けて出るのは中々に難しいのかもしれない。
「そーいちも会いたい人がいるのかな」会えたら、成仏できるのだろうか。つぶやきは小さかったので風見には聞こえなかった。
会いたい人の話を、遠い場所の思い出を語る幽霊。――ボーダーはいいとこだ、と時折プレゼンする。可愛い弟子の話。仲間の話。投げ出しかけた春の命を救った、もう死んでしまっている幽霊は、ある意味で流しっぱなしのラジオめいていた。周波数があうのが春だけの単独ラジオ。リスナーの質問を時折華麗にスルーする。
小さくひといきつくと、春がスマホでロシア語講座を再生させたのを横目で確認した風見は口元をゆるめた。







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