The Bride of Halloween | ナノ
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――三年前、東京。

ショッピングバックをいくつも抱えて、うんざりするような坂道を上っている。
アンバー、諸星光。
コードネームと偽名だけでも重苦しいが、この手の雑用にこき使われるのは能力的には致し方ない。黒の組織、と各種機関ではあだ名される黒づくめの暑苦しい服ばかり着て、酒の名前をコードネームに持つものたちは、世界の裏側を暗躍して尻尾をつかませないだけあって、優秀な人間が多い。
『異能』のすべてを開示していない以上、自分の評価値は『ライのおまけ』であることでしかない。似ていない兄妹だとさんざ嫌味を言われるのにも慣れっこになっている。少しでも似せようと元来は明るい髪色を黒く染めては見たもののあまり効果はない。
さてそれでもアンバーと言う存在にも利点がある。
中学生というご身分による世間の目の油断が効果的に働くと、専ら雑用や目隠し要員を押し付けられている。しようがない。わかっている。『こども』というのは油断をさそうイキモノなのだ。
とはいえ、このお使い仕事は嫌がらせ以外のなにものでもないのがわかっている。六本木、原宿、それから渋谷へ。ベルモットがしたショッピングの品物を引き取って、黒づくめだらけでは問題であろうとライ、バーボン、スコッチの『日常用』の服を見繕う。目立たず、地味に。それでいて平凡に。周囲に溶け込む、浮かない服装。ハードルが高くて精神的には後者も結構しんどい。ベルモットの買い物はTHE高級ブランドで、そもそも店に入るのからして苦行ではあるけれど、既に買い物じたいは終わっているので頭を使わずにすむのだ。

(全員、顔面偏差値が高すぎるんだよ・・・目立つな?無理では?)

何を着ていても芸能界のスカウトに声をかけられそうな面々だ。とりあえず帽子をチョイスする。見える部分が減るほうがいい。自分の服も買ってこい、とライに言われたものの、三人への問題ないファッションを考えるだけで正直もうお腹はいっぱいだ。学生万歳、とばかりに制服を着たおしている。日本の学生は楽でいい。制服ひとつで、学生という『記号』にまぎれこめる。あとはもう組織にあわせてジーンズに黒のシャツでも着て置けば日常生活は万事問題ない。自分のファッションにまったくもって興味のないアンバーは日本の学生特権を謳歌している。
とはいえ、高級ブランドとメンズファッションのショッピングバックをかかえたセーラー服はそこそこ目立つという事実には気づくべきだったかもしれないとあとあと反省するはめになるのだが、現状は抱えたショッピングバックの重さと、あと何件回るのかと言うリストのことしか考えられなかった。

(あとどこだっけ。渋谷で全部終わるはず?坂道きつい……あ、)

雑踏のなかで、ふいに視界のすみで見知った顔を見た気がして、足を止める。褐色の肌に色素の薄い髪色。

(バーボン?)

その日は用事がある、とすげなくアンバーの「明日時間ありますか?」という遠回しな買い物付き合ってくれないかなという期待を「忙しい」と切り捨てたのが昨日のことだ。
自分の雑用仕事とはいえ、ベルモットの嫌がらせまで追加されていたから少しくらい助けてくれたっていいのにと恨みがましく思ったのだ。スコッチも同様で申し訳なさそうに、謝られた。ライはといえば『別件』のお仕事が入っている。
そもそもアンバーとライの二人でショッピングという選択はしないようにしている。一応は『兄妹』なのだけれど、長時間並んで歩くとどうにも誘拐犯とその被害者のように勘違いされて職質される羽目になるのはいわゆる一つのネタトークじみている。
ともかく、不運なことに一人でお使いをする羽目になってしまったわけで。近くにいるなら用事さえすんだら手伝ってくれないだろうか。
そんな打算で、きょろきょろとあたりを見渡した。見間違いだったのか、結局、バーボンは見つからなかった。パトカーがにぎやかに道路を走り去っていくのを横目にアンバーは小さくため息をついた。
どこもかしこも、せわしない。頭の中のリストをもう一度整理すると、気合をいれなおして歩き出した。










日も暮れかかった頃、ようやくすべてのリストの消化できたアンバーはのろのろと疲労困憊になりつつもわずかばかりの達成感に満たされていた。頑張った。よくやったぞ私!自分で自分を珍しくも褒めてあげたい気分だった。
あとはもう、根城にしている場所まで帰りつけばいい。リストの消化にいそしむあまり、食事の時間もとれなかった。ぐう、とお腹が鳴る。根城にまだカップ麺があったはずだ。
ふらふらと歩いて、駅へと向かっていると誰かにぶつかる。

「おい!どこ見て歩いてやがる!」

ベタな文句だ。

「あ、すいません」

反射で謝るがどう考えたって向こうがぶつかってきた。

「いいもん抱えてんじゃねーかよ中学生の女の子が。何?売りやって稼いだの?ちょっと俺たちにわけてくれてもいいんじゃない?」

いいわけあるか。これひとつも自分のじゃないんだよ。
と、言い返したいけれどぐっとこらえる。へらりと笑ってジリジリと距離をとる。恐怖感、はまぁそこまではない。日頃痛めつけてくる相手が極悪人なので、これくらい可愛いものだ。怖くはないが、困っていた。買い物を台無しにしてしまえば、ライたちはともかくベルモットからはまた別の罰ゲームを用意されてしまうに違いない。
怖くないが、自分は弱いのもきちんと知っていた。多少は反撃できるだろう。それでも、圧倒的にこのちっぽけな身体には限界がある。

「優しく言ってるうちに寄越せよ」
「そうそう」

二人組のちんぴらは下卑た笑いを浮かべている。なんでだよ、嫌に決まっている。背中がビルの壁にあたる。近道しようと一本大通りから入ったせいで、人影がない。
もめごとは起こせない。問題を起こせばライの迷惑になる。糞みたいなちんぴらだけれど、重い荷物を抱えているせいで逃げ出そうにも体が重い。
口を真一文字に引き結んで、黙り込んでいると男たちは苛々と声を荒げだす。もうしようがない。好きなの持ってけばいいじゃないですか!なげやりに言い放つと、それも「生意気」だと責められる。ものが欲しくて、それから弱いものを虐めたいだけ。ついていない。
自分の馬鹿さ加減にあきれ果てて、泣きたくなる。おつかいひとつで、このざまだ。NYならともかく、平和ボケしてそうなこの日本で。
ふりあげられる拳。その威力は多分ジンほどではないだろうから耐えろと自分に言い聞かせて。両手で顔をかばいながら衝撃を待っていた。

「おいおい、ほんっとにこの街はどうしようもねーなァ」

割り込んだ声に、両腕をゆっくりおろして視線を向けた。
ぼさぼさの黒髪に、サングラス。スーツを着た男が殴りかかろうとした男の手をつかんでいた。

「なんだテメェ?!邪魔すん、」
「今日はもうさんっざん仕事してんだよこっちは。明日に備えてやることが山積みだってのによォ」

片手をポケットに入れる。
すわ拳銃でもだすのかと思いきや、取り出されたのは、

「警察手帳?!サツかよ?!」

男の叫びと同時に、男は手帳をひょいとアンバーへと投げ渡した。反射で受け止めていると、目の前でちんぴらが宙に舞っていた。鮮やかな一本背負いが決まっていた。

「ひっ」
と情けないもう一人の男が、投げ飛ばされた仲間を見放してさっさと逃げ出した。

「あーあー、見捨てられちまったな?」

警察官らしい男はまるきり悪役みたいな台詞を言うので、アンバーは思わず少しだけ笑ってしまった。
力が抜けてへたりこんだまま、それをぼんやりと見ているとふいに警察官だという男が振り返った。笑っていたのを見咎められたかと、びくりと肩をゆらす。それに一瞬の隙があったのか、投げ飛ばされたちんぴらも這う這うの体で逃げ出していった。
男はくせっけの黒髪を空いた片手でかき回した。現行犯を追うことはせずにアンバーに向き直った。

「怪我はねぇか?」

サングラスをはずして目線を合わすように腰をかがめた。多分、おびえさせないようにという配慮だろう。

「…ないです。ありがとうございます」

頭をぽんと撫でられる。素手だったから、少しだけまた身構える。うっかり何か覗き見してしまって、この正義の味方みたいな人にがっかりしたくなかったのだ。
差し出された手を注意深くとる。なにも視えないのに安心していると、手に力が入った。ぎょっとして見上げると、男の眉間に皺が寄っている。

「それ」

顎で指示されたのはアンバーの手の甲だ。

「あ」

つい先日、たわむれのようにジンに押し付けられた煙草の痕だ。もう消えたかと思って絆創膏をはずしていたそれを、男はじっと見ていた。

「いや、これは、うっかりで」

上から下までしっかりと、もう他に痛いとこはないかよと聞かれて首を振る。すぐにライが助けてくれたので直近ではあまり酷いことにはなっていない。タイミングの悪い自分がいけなかったのだ。
もっとうまくやれない自分が、なによりいちばん悪いとアンバーは真剣に思っていた。

「・・・・・こういうのは俺の専門分野じゃねんだけどな」

言いながら男は一枚の紙切れを懐から差し出した。

「なんかあったら、連絡してこい。いいな?」
「専門分野じゃないのに?」
「知っちまったもんはしゃーねーだろ。言いたくない話なら、なおのこと」
「ちなみに得意分野は」
「爆弾解体」
「ええ・・・・・それは、えっと、すごいですね。爆弾に遭遇したら連絡します」

児童保護には向かない専門分野だ。
男は目を丸くして、それから愉快そうに笑った。

「中学生がそうそう爆弾に遭遇してもらっちゃ困るが、まぁこの街だからありえないとも言い切れねーな」
「パトカーサイレン鳴りすぎですよね」
「ちんぴらにカツアゲされるし?」
「・・・・きをつけます」

「無理はすんなよ」と言い終えると男はさっさと仕事に戻っていった。まだまだ仕事が山積みらしい。
もらった紙切れを握りしめると、かすかに過去の残滓が視えて、男は爆弾を解体していた。日本は平和な国だと思っていたけれど、案外物騒な国なのかもしれない。組織も暗躍しまくっているわけで。
どこの国でも警察組織は大忙しらしい。
渡された名刺を丁寧にポケットにしまいこんで、映画のワンシーンのように颯爽と現れてくれた正義の味方の名前をそっとつぶやいた。


「――警視庁捜査一課、松田陣平さん……」

どこか遠くで、花火がさく裂したような音がした気がして、はっとあたりを見渡した。けれど花火なんてどこにも打ちあがってはいなくて、都会の喧騒だけが夜を満たしていた。









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