The Bride of Halloween | ナノ
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君はまだ未来を知らない


喫茶ポアロのカウンターに、二人は並んで座っていた。今回、取り立てて役に立てなかった春は殊勲賞の少年にささやかばかりのごちそうをさせてほしいと申し出て、結果ポアロに落ち着いた。安すぎる!と思ったけれど、美味しいものが出てくるのはまちがいない。

「コナン君って優しいよね」

隣でケーキにフォークをさした眼鏡の少年はきょとんと首を傾げた。

「プラーミャ、殺そうとしたナーダ・ウニチトージティの人を止めてた」
「誰に聞いたの?」と少年は目を丸くする。
聞いたというか『視えてしまった』が正解だった。少年は、銃を構える手を、自らの小さな手で包み込んだ。
どこまでもまっすぐで、綺麗な青い瞳。宝石みたいだと思った。

「でも、あんまり信じすぎちゃだめだよ」
「春ねーちゃんなら撃ったの」
「射撃の才能はないって秀兄に言われたなぁ」

人を撃ったことはまだ無いけれど、撃つべき時にはためらわない人の背中に守られて生きてきた。赤井の流儀、降谷の流儀、そしてこの少年にもまたあるのだろう。彼だけの守るべき流儀が。

「プラーミャは才能がある。素晴らしい技術がある――国家ってそういう人を利用しようとしたりするから。多少の罪なんか目をつむるなんてこともある。映画にもよくあるでしょ?」
「日本の警察と司法が裁くって、刑事さんたちが言ってても?」
「悪い人は、どこにでもいっぱいいるからね」

優しすぎて、多分少し残酷だ。あんまりにも正しくて、眩しい。

「才能は、免罪符になりうるんだ。怖いよね」
「まるで断罪されたいのは春ねーちゃんみたいな言い方だ」
「そうかもしれない」
「でも、僕は、やっぱり何度だって止めるよ。ごめんね」
「うん」

小学一年生の名探偵は、まっすぐに春を見つめていた。きらきら光る宝石。ベルモット曰く――銀の弾丸。
バケモノを殺せる、可能性を秘めた一撃。
きっと、あのロシアからやってきた女性も撃ち抜かれたのだ。

美しい、光景だった。
それはまるで祈りにも似た、切なる姿だった。
コナンを介して見た記憶の中で、こぼれ落ちる涙と、冷たい銃の感触と。
あらゆるものが、宗教画のように見えた。
どこまでもまっすぐで、優しく、そして残酷なまでに公正な。
だから、多分――審判をくだされるのならば、この青がいいなぁと思った。

誰も知らない、春が抱える過ちすらもその目が見通すような気がした。
幽霊がいるのを知っていて、もしかしたら神も悪魔もいるのかもしれないとは思っている。けれどそれらを『信じ』るかと言われればNOだった。神を信じない。
神が存在するのなら、それは酷い愉快犯であろう。身の丈に合わぬものを自分に与えたことを恨んですらいる。
だから、そう。
告解をするのならば。あの美しい裁定者に、真実を解き明かすものに跪きたいと思ったのだ。
中身と外見がちぐはぐな名探偵は、だて眼鏡の奥で困ったように笑っていた。

「とどめを刺されるならコナン君がいいかもなぁ」
「春ねーちゃんは間違えないでしょ」
「間違えてばっかりだよ。なのに誰も責めてくれないんだ、だれも気づかないんだよ私が間違えたって」
「なんで僕にそれを?」
「聞いてくれる人がいなくなっちゃったんだ。そしたら、毎日怖くなって、だからコナン君に聞いてほしくなったのかも」
「小学生に?」
「違うよ。私は『名探偵』に懺悔したんだ」

降谷が億から出てくるのを見計らって、春は自分もケーキに喰いついて「美味しいねコナン君」と話を変えた。名探偵はその推理力でもって、話を切り替えたい春の態度に応じてくれた。

「あ、春さん!」

ドアベルが鳴り、直後に明るい声が背中にかかる。振り返ると、蘭が手を振っていた。

「やっほー蘭ちゃん。毛利探偵の件は大変だったのに、お見舞いも行かず申し訳ない」
「全ッ然!お父さんぴんぴんしてますから。春さん体調はどうですか?」
「あ、うん、もうだいぶいいよ〜。ありがと〜。ヘイマスターこちらの心優しき友人にも名探偵と同じものを〜」

コナンを挟んで並んで座る。

「佐藤刑事の結婚式の日、来れなかったの残念だったです。園子も心配してましたよ」
「綺麗な写真送ってくれてありがと!いいねー、予行演習結婚でもなんかこうトキメキがあるよね!うんうん。いつか蘭ちゃんや園子ちゃんのお式の写真も見せてね〜工藤君も京極くんもかわいい花嫁さんが待ち遠しいだろうな〜」
「もっ、もう!からかわないでくださいよ〜」
「コナン君も楽しみだよね〜?」
「そうだね〜」ねこっかぶりの可愛い小学生ボイスがさく裂した。可愛いなぁとニコニコしてしまう。神様みたいな少年を、人にしてしまえるのが多分『愛』なのだ。尊い。
「というか!」
ゴホン、と蘭は赤面しつつも咳払いした。
「もし、私や園子が結婚式するなら春さんのこと絶対招待しますよ!写真とかだけじゃなて」
「え、あ、あー、うん、へへ。ありがと」
「来てくれないんですか?」
「・・・・・・・ええっと、祝電を盛大に送るとか」
「春ねーちゃん」

江戸川少年がズイと身を乗り出すから、思わずのけぞってしまう。きらきら青い瞳。

「僕やこごろーのおじさんが警察の人になんて呼ばれてるか知ってる?」

眠りの小五郎、名探偵の助手。面白いところに気が付く少年。キッドキラー。指折り数え上げていくが、コナンは首を振った。

「『疫病神』とか『死神』って言う人もいるよ。まぁ仕方ないよね、僕ら行く先々で殺人事件に遭遇してるし」

「そんなこと言う奴は口を縫い付けちゃったらいいよ」

「うん」

コナンは頷く。少年になんてことを言うのだと思ったけれど、このダイヤモンドみたいに輝く子を傷つけることなんてできないのかもしれない。触れた断片が容赦なく刺さる。

「だからさ、大丈夫だよ」
「・・・・・・・・コナン君は、すごいなぁ」
「僕、名探偵だから」
「うん、知ってる」

よくよく知っている。好奇心いっぱいの、若き名探偵。正義の守り手。

「春さんの花嫁姿だってみたいですよ!ね、コナン君」と蘭が言う。
「うん!」

とびきりのねこっかぶりの可愛い少年ボイスが首肯する。

「いやいやいや気が早いね?!ていうか相手がいません!蘭ちゃんや園子ちゃんはあれだよね、想像する相手がいるからね?リアリティがあるよね!」
「や、やだぁっ!春さんこそ気が、気が早いですってば!そ、そそそんな、ねぇ?」

可愛い反応にニマニマしてしまう。
隣の少年もまた少しばかり頬を染めている。春だなぁ、ともう冬の入り口もそこだけれど思った。

「花嫁さん、ねぇ・・・・・」

真っ白なウェディングドレスを着た蘭はびっくりするくらい鮮明に思い描けるのに、自分がそれを着る姿は少しも想像がつかなかった。
怯えて逃げ腰な自分を逃がしてくれそうにない名探偵に敬意を表して、とりあえず『結婚式、マナー、何を着て行く?』と調べておくくらいはしてみようと思った。










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