The Bride of Halloween | ナノ
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -



風見裕也 A


朝目を覚ますと、いつも目覚ましアラームのようにちょっかいをかけてくる幽霊がやけに静かだった。

匿名のタレコミがあったと降谷と風見が張り込みに出かけた日は、わずかに雨が降っていた。春はそれに同行するつもりだったのに、高校から呼び出しを喰らってしまった。つい先日出席日数の足りない所を補う課題の提出をひとつ忘れていたのだ。降谷にはため息を、風見には軽蔑のまなざしをくらって大層凹んだ。かなり真面目にあれこれと世話を焼いてくれている人たちを失望させるのは本意ではない。おかしいなぁ、と頭をかく。気を付けていたのに。横で素知らぬ顔をしている幽霊はこういう時こそ『課題忘れてるぞ』とかいうアドバイスをしてほしかった。やっぱりどこか彼は遠くを見るように窓を見つめていたので、文句はぐっと飲み込んだ。
休日の高校は、いくつかの部活動にいそしむ生徒の声がよく響いた。教室でもくもくと課題のプリントを埋めていく単調な作業の途中で、その一報が入った。風見と降谷以外の公安の人間から連絡を受けることはめったにないので、嫌な予感に頼まれたものをひっつかんですぐさま現場に駆け付けた。

「だから!椅子はそれじゃない!いいか、降谷さんがこれから長時間座ることになるんだぞ。中途半端なもので済まそうとするな。それから、」

「っ風見さん」

病室でタブレットにキスしそうなくらい顔を近づけていた風見が振り向いた。「八嶋?」目が細まる。裸眼だと視力は相当悪いらしい。

「スペアの眼鏡、取ってきましたよ」

渡しながら、怪我の状況を確かめる。包帯が痛々しいが、声には張りがあるのでほっと胸をなでおろす。
ひょいと手元の端末を除けば幾つかの椅子が表示されている。

「これなんですか?」
「降谷さんの椅子だ」
「ふるやさんのいす」
「首に爆弾が仕掛けられた話は聞いたか」

春は頷く。風見は悔し気に眉を寄せた。風見は自分のミスだと思っているのだ。春は密かに拳をぎゅっと握りしめた。役立たずはむしろ自分の方だろう。

「公安の施設で隔離が決まった。隔離場所で地べたに座らせるなんてわけにはいかないだろう。だというのに、あいつら・・・」

他の部下が折り畳みのパイプ椅子と会議用の長机を手配しようとしていたのに気が付いて、憤慨して自分で再度手配をやり直しているという。風見は時折ちょっと発想が面白い。シリアスな気分になっているのが少しバカみたいだった。
端末に表示された椅子を見て、思わず春は口元を緩めた。緊張で、固くなっていたからだが少しだけほぐれて、小さく息をつく。渡された端末を確認しながら質問した。

「これにするんですか?」
「降谷さんにふさわしい椅子だろう」

風見はどこか得意げに眼鏡をくいっとあげた。この椅子に座る姿なんて未来を視なくても想像がばっちりできた。絶対似合う。これを大真面目にできてしまうのが風見クオリティである。

「じゃあデスクはこれですかね」

とりあえずのっかっておくことにした。おしゃれデスクを指さした。『もっとリラックスできそうなソファとかのがいいんじゃないかあ?』なんて正論は無視である。あんな王様椅子に座る降谷零を見たくないわけがないだろう。春は全プッシュした。どう見ても悪役ラスボスのセットだったけれども。

「悪くないな」
「飲み物の手配とかしました?」
「した。グラスも手配済みだ」

かくて調度品は手配された。

「風見さん、他に何かいるものありますか?私、手伝いますよ」

ちょっとふざけては見たものの、真面目にお手伝いもしたいのだ。片腕の代わり、なんて恐れ多いかもしれないが小指一本分くらいは役に立てるはずだ。
『かいがいしいな〜』と幽霊が感心している。そんなの当たり前すぎるくらいに当たり前だ。

「あ、例の爆弾犯を『視て』みるとか、」

過去視の方が精度は高い。

「見なくていい!」

強く風見は否定した。見るな。見るべきではない。ではなくて「見なくていい」と。それは多分、彼のやさしさだったのだろうけれど。春は『必要ない』と『余計なことをするな』と一瞬解釈していた。
ぎゅっと風見の眉がよって皺が深くなる。

「爆発の炎の勢いはかなりのものだった。過去のデータを見たが、君自身にリスクが高すぎる」
「でも、」
「君はもう一つ仕事をした」
「・・・・・・眼鏡届けただけですよ」
「スペアを作ったのは君がやけに眼鏡にこだわったからだ」
「え」
「やけに心配げに、不安げに見てた自覚は?会話の中における眼鏡についての話題が増加、自身も眼鏡の着用率が普段よりあがっていた」
「や、」
「無意識のなかに時折意味があることもあると言っていただろう。それを踏まえて推測したんだが、運よくうまくいった」
「・・・・・・・」
「褒めたつもりなんだが・・・」
「それは気づいて行動した風見さんがすごいんですよ・・・・・・私そんなわかりやすく見てました?自分では気づかなかったんですけど・・・」
「何を凹んでいるのかはわからないが、そもそも君がそういうアンテナを持っていることが前提の推論だろう。助かった」

ぽんと頭を撫でて、そのまま風見は端末を取り戻した。新鮮な心持で春は目の前の人を目を真ん丸にして見ていた。

「風見さんて、すごいですね」
「馬鹿言うな。自分の落ち度で降谷さんに首輪爆弾なんてものが付けられる羽目になったんだぞ・・・気を、失って・・・・」
「でも、すごいですよ。私は、そう思ったんです。ああ、降谷さんいい右腕ができたんだなって」
「・・・・・・・・・おそれおおすぎる」

つい先ごろまでは、確かに風見から降谷への感情には『畏怖』の方が強く出ていた。それがじわりじわりと『畏敬』に変わっていくのがわかった。逆も同じで、降谷から風見への感情も実績からくる『信用』から風見個人への『信頼』に変わりつつある。いいチームだ。独断専行の気がある降谷の、いい重し役だなと春は分析していた。
もっと自信をもつべきなのだ。









prev / next