SWAN LAKE BULLET:WT | ナノ
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セーフハウスにて



米花町の春のねぐらの一つに当然のような顔をして入り浸っているのは赤井秀一、改め沖矢昴である。未だにこの顔に春は慣れていない。まったく知らない顔から、聞きなれた声がするのは何ともおかしな感覚だ。

「随分と騒ぎになっているな」
「確かにまぁ降谷さん、ぴりっぴりしてるね」

トリプルフェイスとして常日頃から気を張っている人ではあるが、通常任務外の緊急事態となると明らかにギアが切り替わる。ちゃんと寝ているのかも怪しい。

「で、お前は何をしてるんだ」

「降谷さんに頼まれてた仕事を片づけてる」

安室の仕事として受けている依頼を片づけておいてくれと頼まれてしまったのだ。公安の仕事が忙しくなると必然、表の顔として使っている安室の時間は減ってしまう。だがしかし、外面完璧の安室さんへはフリーの私立探偵としてですら仕事が舞い込むのだ。

「やれやれ、それで? わざわざ俺を呼び出したのは?」

「迷い猫三匹見つけて、浮気の証拠つかんで、犬の散歩までやんなきゃなんだけど、それとは別に気になることもあって調べたいから足が欲しくて・・・・最近公安の人は危ないことに私が首突っ込もうとしたら止めるように降谷さんに言われてるせいで非協力的だし・・・大きい事件の方も気にはなってるけど、そっちはコナンくんが動いてるしね」
「坊やが無茶してなきゃいいが」
「秀兄に言われたらおしまいだね」
「彼には負ける」

おや、と目をみはって、それから春は笑った。確かに、あの少年ほど無理と無茶を押し通す子もいないかもしれない。それこそ、赤井や降谷の無茶が可愛く見えるほどだ。
とはいえ、

「シートベルトは締めないとね」
「何の話だ?」
「私、ほんっとに嫌いなんだ車。こないだコナン君が降谷さんの地獄のドライブで悲鳴あげて窓から飛び出しちゃう夢をみた・・・・怖い・・・・車とかほんとに最低限しか乗りたくない」
「昔は喜んでたじゃないか」
「昔ぃ?」
「俺が免許をとりたてのころ、アメリカで。助手席に乗せてくれとか、車はどこのがいいとか」
「・・・・あれは喜んでたんじゃなく悲鳴をあげてたんだけど記憶の行き違いが激しすぎる」

どこに目をつけてるんだこの男。そりゃ最初は純粋に楽しみだった。映画で見る車のシーンはどれもかっこよかったし、ロマンチックだったから子供心に浮かれたのだ。そういう夢を木端微塵に砕いてまさか映画のカーアクションが現実に自分に降りかかるなんて思わなかった頃の話だ。あれは映画だから「きゃーかっこいい!すてき!」と思えるのであって、現実にあげる「きゃー」はただの悲鳴だ。
ドライビングテクニックでいえば赤井と同じFBI捜査官のキャメルが思い浮かぶが、彼の通常時における運転はゆりかごのように安心だ。乗るなら絶対キャメルさんがいい、と春は常々主張している。ただし非常時はのぞく。非常時はこの人も結構いかれたドライバーだ。
運転というのは神々の領域だ、と脳に刷り込まれてしまっていたせいでイマイチ自分が運転をするなんていう発想にいたらない。つい最近も、めちゃくちゃに高速を走り回る赤井のナビをさせられたばかりだった。炎上する橋がテレビに映ったときは思わず「うわ・・・」と呟いてしまった。
組織と、公安と、FBIのデッドチェース。怖い。
そのあとの観覧車も酷かった。自分が観覧車恐怖症になるのは仕方ないと思う。観覧車とはもっとロマンチックで素敵な乗り物のはずなのに、トラウマしかない。車と観覧車と飛行機に乗る前は必ず死を覚悟した上でどこかに遺書をメールで送っておきたい。
そこでふと気が付いた。ドライブも、観覧車も、子供心にすこし憧れていたデートの定番だ。憧れを実践するよりさきに、現実にトラウマを植え付けられている現状にため息をつきたくなる。この先恋人ができたとして、このトラウマを上回れるのかと言われるとちょっと無理そうだ。

「・・・そういえば降谷さん、また同じ車買ってたんですよね」
「RX-7か」
「そう。白のやつ。降谷さんのああいうとこは、何かこう、可愛いみを感じる・・・いや車おしゃかにしたの何台目だよって話なんですけどね。そこは全然可愛くないんですけど。絶対おんなじの選ぶんですよ」
「こだわるタイプだな」
「こだわるタイプの人に、仕事お願いされると嬉しくなりません?あ、この人のこだわりのおめがねにかなってるんだなーって」
「愛銃ならあるが?」
「秀兄は使えるものなら特にこだわらないでしょ。あ、最近は割と料理にこだわってるか」

弘法は筆を選ばない。

「お隣に差し入れる料理のネタが尽きてきましてね」

「・・・・」

まだ慣れない。唐突にこの沖矢さんモードに切り替えるのやめてくれないかな。せめて顔つきか声かをちゃんと『沖矢さん』にしてからしゃべってくれれば切り替えもできそう、できるはず、たぶん。優しい声音と穏やかな表情と口調。さぶいぼがたつのは仕方ないと思うのだ。

「秀兄が料理とか面白すぎて笑う。はじめてのおつかいって番組こないだ見た?」
「いや?」
「秀兄のはじめてのおりょうりはそれくらいウけた」
「そうだな・・・お前の初めての料理もなかなか記憶に新しい」
「食生活は環境に寄るんだよっ!!」
「降谷君が激怒していたな」
「・・・・あの頃は、栄養取れれば時間かかんないのが一番だと思ってたし・・・実際アメリカの皆はあんな感じだったから私は悪くない!」
「昼飯を買って来てくれと言って金を渡して、カ○リーメイトとウ○ダーインゼリーを買ってきたお前を見たときの降谷くんの顔は傑作だった」

それは一回目のおつかいだ。
二回目はそれを踏まえて学習したつもりになって、全員にマ○ドナルドを買って帰った。もちろん降谷零は激怒した。食事を一緒にとるようになったのはそれからだ。成人済みの野郎はしったことかとばかりに、降谷(いやあの頃はバーボンか)は春に食事時にかまいたおすようになった。

「仕事手伝うから、終わったら降谷さんの豪華フルコースが食べれるなー。楽しみ」

「おや、せっかくカレーライスを作るんですけどね」

「・・・・また煮込み料理って言われるよ。そして秀兄、沖矢さんごっこやめなよ」

「お前、やけに嫌がるな? 今回はテレビで見たスパイスから作る。」

嫌がる。嫌がっているつもりはない。ちゃんと、沖矢の顔をして、沖矢の声をしてくれてればいいだけで。でも沖矢になっている赤井を避けがちかもしれないとも思う。なんだろう。ほんとうに。

「レシピは?」

「テレビで見たまま作る」

「・・・・レシピを、ネットで、検索しよう!」

こういうところが適当なのだ。好奇心の塊は、料理にむいているのかいないのか。傑作になることもあるけれど、酷いデキになることもあるからハーフハーフだ。
慌ててスマホで見たらしい番組を検索して、レシピを出す。

「美味しそう」
「だろう?」

この通りにできるなら、食べに帰ろうかなと心が少し揺れる。ハーフハーフ。50パーセントの確率でわけのわからない料理になるが。

「でもとりあえず私の方に付き合ってね」
「スーパーの特売までには片付くといいんだが」
「特売!」
「蘭さんが色々と教えてくださるんですよ」
「わー、沖矢さんいいな〜。女子高生と特売デート」

だがしかし、どちらも近接戦の鬼である。並んで歩いているとたまに怖い。
そのスーパーに強盗とか来ないように祈るばかりである。狙った強盗の方が可哀そうだ。

「だがまぁ、毛利小五郎があの状態では無理だろうな」
「毛利先生に何か差入れできないかなぁ」
「無理だな」
「無理かぁ」

最後の機材を鞄にしまいこむ。
あとは、何が必要か部屋をぐるりと見渡そうとしたのに、伸びてきた手が邪魔をする。

「秀兄、邪魔しないで」
「つれないな」
「そういうのは彼女にやってください」
「可愛い妹分を甘やかしてやってるつもりなんだが」

ぐしゃぐしゃと、そのまま両手が春の頭をかきまわす。

「いまぁ?」
「今な」
「今忙しいんですって」
「だろうな」

大きな手の影でこっそり笑った。この人、これで寂しがっているのだ。たぶん。春にそう思われている、というのは不本意だろうから気づかないふりをする。大人の男の人というのは難儀な生き物だ。

「というわけで、料理はまた今度にして私を手伝って」

撫でまわす手からするりと抜けだす。箪笥から変装用の小道具を取り出した。黒髪ロングのウィッグを被り、大き目の丸眼鏡を装備した。ずり下がりかけていた日焼け予防の黒手袋をあげなおす。

「ほう?」
「ちょっと足が欲しくって。車出してよ秀兄」
「俺の運転は嫌なんじゃなかったのか?」
「・・・だって他に頼める人いないし」
「公安は協力的なんじゃないのか? 変装までして随分な念の入れようだ」
「降谷さんがダメって言うと全部がダメになる。今、目立つ動きするとどこかに閉じ込められる恐れがあるからあっちは頼れない」
「止められるかもしれないような無茶をするな、と言っても聞かないかお前は・・・」
「秀兄が私のお手本だからしかたないね。わが身を振り返ってどうぞ」
「春」

腕をつかまれた。的確に、『痛む』所に指がゆるくまわされて不甲斐なくも悲鳴をあげた。そのままずるりと片手の手袋が奪われた。

「・・・・手当はしてあるな」

丁寧に巻かれた包帯を赤井の指がたどっている。その下は、まだじくじくと熱をかすかにもつ火傷の跡が生々しく残っている。

「大したことないよ。ちょっと、だけだし」
「引きずられて影響が出るのが、『ちょっと』か?降谷くんには」
「・・・・」
「怪我の手当は誰にしてもらったんだ」
「・・・・・・あらいでせんせい」

赤井が深いため息をこぼした。
視た相手は死んでいる。そこまでシンクロはしなかっただけ御の字だ。手袋を奪い返してそそくさとつけなおす。
傘たてから、最近お気に入りの真っ青な傘を取り出した。この傘を買う時、そばにいた降谷は選んだ色を見て「赤じゃなくていいのか」と言った。
赤を嫌う彼は、春の選択に「いい色だ」と新しい傘を褒めた。

「雨か?」
「そう。ちょっと出てくるから、車をまわしといてくださーい」
「晴れてるが、お前が言うならそうなんだろうな」

赤井もライフルケースを肩に背負う。沖矢の恰好でそうしてケースを持っていると随分と違和感があった。かさたてに余っているビニール傘を赤井がとった。

「・・・・・血の雨も降らないといいんだけど」

一瞬よぎった真っ赤に染まる夜を、あわてて頭の中から追い出した。
もうあんなのはたくさんだ。一度だけでもあんなに苦しかったのに、二度目もあった。三度目は、もう絶対に見たくない。自分で言っておいてダメージを受けたのが馬鹿らしかった。


「鋭意努力しよう」


努力は、しても確約はできないと赤井は肩をすくめて「あまり傷を増やすなよ」と春の頭をぽんと撫でた。
腕の傷あとなんかよりも、もっともっと深いところをひっかかれている痛みをなだめるように何度も、繰り返して。









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