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容疑者、毛利小五郎


小さな名探偵が春の隣で一心不乱にその明晰な頭脳を働かせているのを眺めていた。
東京サミットを間近に備えたこの時期に、エッジ・オブ・オーシャンの爆破テロが起き、その犯人に毛利小五郎が浮上した。ありえない。間違いなくシロだ。それは明白すぎていっそ推理なんてものが必要ないほどだ。
これは何かの間違いだ。娘である蘭が泣いている。妻である妃も弁護士として出来る手をうとうと懸命だ。
そんな中で、春は困ったな、と思った。

「・・・春ねーちゃんは、どうしてそんなに呑気にしてられるの」

コナンが恨みがましげに言う。あんたもあの人たちと同じなのか、という無言の圧力を感じて春は肩をすくめた。この小さな名探偵の心象を悪くしたいわけではないのだ。呑気に、視えるのか。自分も少しはおとなになったのだろうか。

「呑気というか、毛利探偵が犯人じゃないのは分かりきってるから」

疑う余地がない。はめられた。それだけの話だ。では誰が何の目的で毛利小五郎を犯人に仕立て上げたのか。初めは春だって警戒した。
これがもし、黒の組織による陰謀であるならば。一度疑いをかけた相手だ。消しておく、という判断に至ったのではないかと。
だが、それも、風見が現れて公安部の主導であると判明した段階で疑念は晴れた。

「ね、コナン君。私は君よりも少しだけ『あの人』と付き合いが長いんだ。だからね、今回の事件も何となく意図がわかってる。安心してていい。だって毛利小五郎は犯人じゃないんだから」

そう言い終えてから「コナン君はそれを証明するために全力でいけばいいんだよ。大丈夫、無実なんだから」

「・・・公安だよ?」

「うん、でも『あの人』だからなぁ」

しゃがみこんで視線を合わせた。メガネごしの青い瞳がまっすぐに春を見ている。

「私はあの人を『知って』るんだ」

一呼吸おいて、春は至極真剣な顔をしてささやいた。 眼鏡の少年。そんな知り合いはこの子のほかには春にはいない。だからこそ伝えておくべきだろう。

「あのね、コナンくん、――シートベルトはいついかなる時にも絶対しめるの忘れちゃだめだからね?」



部屋中を公安の刑事が動き回っている。

「国際会議場なんかいったことねーよ!」

毛利が不満をあらわに叫んだ。高木や、佐藤や、目暮の警視庁刑事部の人間に、この人が犯人だと思っているものはいない。だが公安は無情に捜査を進めていった。顔見知りの風見がコナンの傍の棚にしゃがみ込んだ。

(あー)

視線をそらす。見ていたら、つい口に出そうになる。
あからさまな犯人を仕立て上げたからには、勿論そのうち目的を果たせば解放される。下手な人物をでっちあげたのは、何か時間を稼ぐつもりなのだ。巻き込まれた毛利や、蘭のことを思えば、胸が痛むがそれでも。事故で片づけるつもりがないという公安の意志が感じられて、それ以上口を挟めるはずもない。この国を守る。そのために、彼らの仲間が既に何人も死んだのだ。これは事故ではない。だがその証拠はまだどこにもないのだ。



鞄に入っていた参考書がずしりと重みを増した気がした。
ほんの数週間前に、公安の詰所で課題に四苦八苦していた春のデスクに置いてあった参考書はところどころに書き込みがある、使い込まれたものだった。甘いなぁ、と思った。くすぐったくなるような優しさだった。
得たいが知れぬと距離をとって警戒していた捜査官が、学生時代に必死でその参考書をめくる姿が視えた。素知らぬ顔を相手がしていたって春には『視える』のだ。その辺はおもいもつかなかったのだろう相手の抜けがおかしくて、降谷の命令で許されているだけの何の肩書もない自分を気にかけてくれたことへの嬉しさに、参考書はいつも持ち歩いて、暇さえあれば読んでいた。
しくしくと、胸がいたむ。涙は出ない。そこまでは親しくはなかった。だが、きっと、もっと長く付き合っていけば、もっと多くをわかりあえたかもしれなかった。


燃え上がる炎。
爆風の衝撃と、崩れ落ちる建物の残骸が降ってくる。
焼けつく、肌の痛み。


普段ならしない黒手袋をした手をそっとさすった。
じくりと痛むのは、心だけでは済まなかった。失われた未来はもう影も形も視えはしない。








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