公安詰所 @
4月に入るとますます風見と降谷は忙しさを増しているようだった。公安の根城を勝手知ったる顔で尋ねると、いつも誰かしら寝不足の状態で目の下に隈をこさえて鬼気迫る顔で仕事をこなしている。あまりに忙しそうだから何か手伝えないかと申し出たら、思っていたのとはまるで違う仕事が押しつけられてしまった。
「浮気調査3件、家出少年の捜索に、迷い猫3匹、迷い犬2匹・・・・・・」
「安室透への依頼なんだが、片づける暇がない。そっちは任せた」
「もっとこう大事件の解決とかでも頑張りますけど」
思っていたよりもかなり身近で素朴な事件ばかりだ。
「事件に大きいも小さいもない」
「降谷さんもドラマとか見るんだ・・・・でも青○さんみたいな熱血漢滅びろとか思ってるでしょ」
「ドラマはドラマだ」
それはそうだ。というか探偵『安室透』が大人気すぎて心配になる。ウェイターの『安室さん』もしかりだ。どちらもいつかいなくなるはずの人なのに、しっかり地域に根付き始めている。罪作りな人だなと思う。赤井も、降谷も。捜査のためになら、どれだけの思いがあったとしても必要なことをためらわない。
時折春は『諸星光』が懐かしくなる。もう二度と名乗ることはない偽名だ。
「・・・・・・ほんと、もっと私役に立ちたいんです」
降谷に頭を撫でられ、髪がぐしゃぐしゃになった。
役に立たなくては。誰かの。でなければ許されない。自分みたいなばけものじみた存在を受け入れてくれた人たちの力になりたい。自分が少し頑張れば、彼らが傷つかずに済むのならいくらだって。
「仕事の手伝いもいいが、学校の成績を落とすな」
「・・・・勉強ママは嫌われますよ」
「誰がママだ」
「ママ、朝ごはん食べそこなってきたので何か作ってくださいよ」
「は? お前あれほど三食きちんと食べろと言って、」
「パパの仕事が終わらなくて・・・」
「ちょっと待て、もしかしなくともパパは赤井か?」
「ははっ、すごい降谷さんさぶいぼたってる〜」
「訂正の後に謝罪しろ」
「パパとママが喧嘩してもわたしは強く生きてゆくからね。蘭ちゃんみたいに」
「や、め、ろ」
これ以上やると本気で怒られるので大人しく訂正して謝罪した。
さて、依頼された仕事をどれから片づけるか。公安詰所の自分に与えられているデスクに出しっぱなしになっていた勉強道具のひとつが目についた。単語暗記用のカードだ。まだ白紙のそれに9件の依頼を、それぞれ一枚ずつに書きこんでいく。
それをデスクに一列に並べた。
「なんだそれは?」
風見が段ボール箱をひとつかかえて近づいてきた。
「安室さんの仕事をまとめておしつけられたとこです。どれからやろうかと思いまして」
どれにしようかな、と一枚ずつカードを順繰りに指で指していく。デスクの空いたところにそのまま風見の持っていた段ボールが置かれたのでカードを慌ててすみによせた。
「これは?」
「それらの依頼に関する関連物件だそうだ」
覗きこめば、幾つものファイルや袋分けされた証拠物件らしきものがこれでもかと詰め込まれている。丁寧にすべてにファイリングはされているから間違いはしないだろうが。
「・・・・もっとややこしい事件でもいいんですけどね」
平穏極まりない事件ばかりだ。いや、事件とも呼べないものだ。
「・・・・・この間の件で肝を冷やされたんだろう」
「あんなにまでなるのは滅多にないですよ」
「心臓が早々止まることがあってたまるか。降谷さんに心労をかけるな」
カードをかき集める。トランプのように手元でひろげた。
それらを見ながら「気を付けます」と小さく春は返事をした。シャッフルして、一度は風見にカードを更に混ぜさせた。ひとつの山のようにカードを重ねて、一枚ずつめくっていく。並びなおしたカードの列。それをリングでひとまとめにしなおしてポケットにつっこんだ。
効率なんてまるで無視して、運任せでカードのしごとを順番にこなす日々がはじまった。
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