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Before the Curtain Rises


警視庁の建物の中でもとりわけ奥まった場所に公安の詰所がある。
公安部の中でも、とある事件・組織の捜査にかかわるものだけが存在を知る部屋だ。その部屋を勝手知ったるねぐらのひとつとして花は近頃よく利用していた。冷暖房完備、シャワー室付きで、ネット環境も完璧。言うことなしである。あらゆるチャンネルがうつるテレビをつけて、チャンネルをくるくる変えているとひとつのニュースに手が止まった。

『××社がボーダーのスポンサーを下り、三門市からの完全な撤退を表明しました。××社はかなりの大規模企業ですので、その動きに追従する企業が出てくるのではと、三門市側には衝撃をもって受け止められています』

さらにチャンネルを別番組へと動かす。そこでもやはり、三門市から撤退を決めた企業のトップの会見が流れていた。リスクを避けるために、トップとして判断したと。実際、大規模侵攻、と呼ばれる大事件以後この手の話題は日常茶飯事だ。そろそろ落ち着いてきたらしいところでのコレだ。界境防衛機関《ボーダー》は、随分な苦境に立たされていることだろう。
また更に別のチャンネルへと変える。今度は噂の組織のトップとかいう人物にマイクが向けられていた。オールバックにスーツ。その顔には痛々しい傷がはしっている。表情一つ変えずに車に乗り込んでいく人にいつまでも記者たちが騒ぎ立てていた。


「『三門』に興味があるのか」

後ろからかけられた声に振り返った。

「あ、風見さん。おかえりなさい」

「部外者がここに寝泊まりするな、と言ったはずなんだが。降谷さんに報告するぞ」

「だって、ここなら番組なんでも映るし・・・・うちのテレビ壊れちゃったんですよ」

「ネットカフェにいけ」

「ネカフェ行って私にもしも何かあったら『だって風見さんがネカフェに行けって言ったから・・・』って降谷さんには真実を告げますけども」

「・・・・・・・三門に興味があるのか」

話題をもどした。諦めたらしい。疲れた顔をしている。

「私、もともと隣の蓮野辺市の出身なんです」

「そりゃあ、いい」

別の声が口をはさんだ。会澤だ。

「いい?」

首を傾げた。

「潜入捜査にうってつけだ。潜入先に縁もゆかりもないよりかは、出身が近場の方が警戒されにくいですし。そりゃこっちで経歴も偽造はできますけどね、勘のいいやつってのはどこにでもいますから。」

「へー。さすが公安。やっぱり《ボーダー》にも潜入捜査官入れてるんですか?」

「お嬢さんどうです?やってみません?」

「会澤さん!」

風見が非難するような声をあげた。

「風見がこないだ駄目だったんだよな」とさらりと暴露をする。潜入の失敗は屈辱らしい、悔しげに風見は眉をよせた。

「ははは、どんまい風見さん」

「あそこは降谷さんでも書類の段階で落としてくるようなとこなんですよ!」

「・・・・えぇ? そもそも降谷さんまだ組織の潜入もしてますよね」

黒の組織でバーボンやって、探偵安室を演じて、公安の指揮をとるトリプルフェイス。そこにまだ肩書を足すとは常軌を逸している。公安は降谷を働かせすぎだと思う。あの人は気の休まるところがあるのかと心配していた時期もあるが、あれでうまい具合にガス抜きする場所も作っているようだった。にしても。降谷で駄目だったとなるとますます自分が潜入できる気がしない。FBIはともかくとして、CIAあたりは動いていそうだ。

「公安指折りの面々がことごとく落とされちまいましてねえ。満を持してボスを投入するもあえなく振られたというわけです。まったく、ガードが堅い堅い。どこの組織も目の色変えて、出し抜かれないように必死になってますから」

「笑ってる場合ですか・・・・」

「だからこそお嬢さん、うちに就職して潜入捜査官やりません?今あそこに潜入できたら評価は高いですよ?」

「いやいやいやいや。そういうの向いてないんで」

黒の組織潜入中の悪夢を思い出す。赤井のおまけだから何とかはなったが、一人で?いやいや無理だろう。すぐにげろってしまう。アイアムスパイ!

「でも、あんなでかい企業にそっぽ向かれたんじゃ運営側も大変だ」

「何か揉めたんでしょうがね。またとない利権を手放すとは、あそこの株は売っとくのが吉ですかね。お、そうだお嬢さん株価とか読めないんですか」

「身の破滅するくらいの株取引やってたらわかるかもですけど。一般的な細かい動きじゃなーんにも。てか会澤さん株なんかやってるんですか?やめといた方がいいですよ、公務員の手堅い稼ぎで満足しといた方がいいですって」

「会澤さんは馬もボートもパチンコもやる」

「風見どれも付き合ってくんないよな」

「会澤さんに付き合って身の破滅に陥った後輩を知っているので」

「ありゃあいつが勝手に溺れ死んだだけだってば。俺は悪くない。公安たるもの賭けに溺れるようじゃ早晩潰れる」

「ギャンブラーだったんですねえ」

「手堅いギャンブルですよ」

ギャンブルが手堅いとは・・・?とはてなマークを頭の上に浮かべているとテレビに過去の映像が流れた。大規模侵攻直後の、貴重な映像だ。この景色を春は知っていた。幼い日に繰り返し見た夢。それが現実になって現れた。倒れる建物、人、舞い上がる粉塵の向こうに山のように大きなバケモノが蠢いている。そして、ここからが春の夢とは違う所だ。現れる《界境防衛機関》なる組織。

――我々はこの日のために。

彼らはそう言った。
画面越しにそれを見た日ののことを覚えている。春が諦めた未来を変えた人々の顔を、穴が開くほどに見つめていた。


「慌てているのは間違いないでしょうし、漬け込みたいとこなんですが。隣の市ってことは三門には詳しいんですか?」

首を振って否定する。
三門市。
そこは浅からぬ縁があるといえばある。だが詳しくはないのだ。

「私が三門市に行けたのって二回かそこらなんです。学校の遠足とか三門市に行くのとかあったんですけど、私が参加にしていると絶対なんか起きて中止になるんですよね・・・・たどり着けないっていうか。歩いてても絶対迷子になるんです」

「方向音痴じゃなかっただろう?」

「そうなんですけど・・・今度試してみますか?私と一緒だと絶対無理ですよ。引き返す羽目になるので」

「・・・・・・科学的な証明は」

「ないです」

非科学的だ。単なる偶然といってしまえばそれまでだが、確かに明確に三門の地は春を寄せ付けようとしてくれない。三門にいけた一度目はまだ『行けない』ことに気づく前だった。

「それじゃあ、潜入は無理ですか。そりゃ残念」

「いやーお力になれませんで。会澤さんはどうなんですか?」

「んん?潜入ですか?そいつぁ無理ですねぇ。何せあそこ、顔が割れてましてね。それに若い奴の方が重宝されるようなんですよ。なんでも若けりゃ若いほどいいらしい。自分は歳を喰いすぎですよ。ボスはそこがまた気に食わないらしい」

「若ければ若いほど?」

「会澤さん・・・・それはまだ一般的には出てない情報では・・・・」

会澤はそうだっけ?ととぼけて見せたので、風見は頭を抱えた。

「あのバケモノに対抗する何らかの因子は、若いほどに潤沢らしい。隊員募集の要項は最初こそ高校生からになってましたけどね、実際は近隣の中学にも連中の勧誘は始まってる。今は三門市近隣、県内だけだが早晩近県だけでなく全国的にスカウトを始めるんじゃないかってのが公安の見込みですよ。まったく、子供を戦わせなきゃならんとはやりきれない話ですが。自分たちではどうにもならなかったのも事実ですしねえ」

「・・・・・あー。けど優秀な子を使うのは降谷さんも好きだと思うけどなぁ」

コナンあたりのことをことのほか彼は気に入っている。危なっかしいとも思っているようだが、それはお前もだろ!と花は思っていた。猫かぶりがうまいところも二人の共通するところだ。

「あの人のおめがねに適う若手は少ないんですよ?な、風見〜?」

「なんで自分に話をふるんですか」

「だってそこは自負あるだろやっぱ」

「・・・・・」

風見は書類に目を向けて答えなかった。沈黙は肯定も同然だ。

「そもそも、お嬢さん実家には帰らないんですか?」

「家族仲ひえっひえなので」

極寒である。母は早くに亡くなり、父の実家の祖母に預けられていたこともあるがそこでもまぁ扱いは酷かった。実の父はといえば、最愛の妻の死以降は娘がいるのも忘れて仕事仕事仕事だ。FBIに属する父親は、年に1度も会わない状態が数年続いている。

「保護者がわりはずっと秀兄です」

「その保護者のところへ帰らずにここで遊ぶな」

「それはその・・・・遅れてきた反抗期的な」

生きていてくれて嬉しいのと、酷い嘘をつかれたこと、そしてあれはいつか起こりうる未来なのだということをまざまざと見せつけられたこと。時折どうしようもなく恐ろしくなるのだ。また置いて行かれると。依存しきりの自分が吐き気がするほどに嫌になる。

『皆様のご理解のほどを』と画面の中でボーダーの制服を着た狐顔の男が説明している。

進路希望の紙に志望大学を書きこむという難題をデスクにかじりついて一晩さんざ悩んでいたが、画面の向こうの人の悩みに比べれば随分とお手軽な悩みのような気がしてきた。楽しいキャンパスライフを、なんて随分と贅沢な話なのだ。
くるり、とペンを回す。都内の志望大学がずらりと候補に並んでいる。

「三門市立大学とか」

にっこりと会澤が大学のパンフレットをどこから取り出してきたのかヒラヒラ降っている。

「・・・・さすが公安の虎。抜け目がない」

「いやいやいやお嬢さんの目には敵いませんよ?にしても懐かしい呼び名だ」

「こないだ他の捜査官が熱弁してくれました。あとなんだっけ・・・・切れすぎる公安の名刀?」

「はっはっは。おじさん持ち上げても何も出ませんよ」

「なんでこんなパンフレットあるんですか?――はっ、まさか?!」

「ボスがいかに童顔でもさすがに大学生ですってのはキツいか・・・・」

発想が恐ろしすぎる。いけるか?行けそうな気もする。

「今度オープンキャンパスあるんですよ。そこに通ってるボーダーの隊員の様子も見ときたいんで、今度誰かつけますからお嬢さん行ってみません?公安から経費でますよ」

「だからたどり着けませんってー」

「駄目か・・・」

春のデスクにパンフレットが投げ置かれた。それを手に取ってじっと眺めた。いやでも、こんなパンフレットが巡ってくるくらいなのだから、もしかしたりするのだろうか。

「まぁ、ダメ元でもいいなら付き合いますけど。たどり着けたら三門みかんアイスおごってくださいね」

「おおー。奢る奢る。おじさん張り切って奢っちゃう」

「じゃあ、予定にいれときます」

スマホのスケジュールにオープンキャンパスの予定を入力した。これまでの法則でいくと、この日に限って大事件が起きてオープンキャンパスどころではなくなるか、そもそも自分がめったに引かない風邪をひくか、新幹線などの交通網のダイヤがとまるだとか、とにかくどうあがいてもたどり着けないはめになる。だがまぁ。ダメ元ならば。
ちらりと横目でにこにこしている幽霊を見て、小さく息をついた。


「スポンサー離れが続けば、組織そのものが瓦解している可能性もありますが・・・どうですかね」

風見がテレビを見ながら言う。

「さてなぁ。異界からの侵略者、なんてSFすぎてリアリティにはかけるところじゃある。胡散臭さはぬぐいようがない。そこはうまく地元に密着してごまかしてるよなぁ。広報がやり手だ」

「・・・・・公安のリストにのっていた名前でしたね」

「お、よく勉強してるじゃないか風見〜。某組織の構成員の可能性有り、だったか。あそこそんなんばっかりだろ。邪の道は蛇ってな」

「危なっかしい話だなぁ〜ソレ。世界の平和のためにももっと仲良く手を組む方向でいけないんですか?」

異界からの侵略が現実になりえたことを知っているだけに春は、ボーダー崩壊は避けてほしいと思っている。そもそも、隣にいる幽霊もきっとそれを悲しむだろう。
三門市と、ボーダーと、そこにいる彼の仲間と、愛弟子の話。順繰りに思い出していく。

「それが中々難しいんですよ。困ったことに」

「そういうもんなんですかね」

テレビを消した。もうじき就業時間になる。高校のカバンに机にひろげていた筆記用具やノートをつっこんだ。

「とりあえず、真面目に今日は学校に行ってきます」

今からでは遅刻は免れないだろうが、たいしたことではない。

「制服はクリーニングに出せ、降谷さんに洗濯をさせるな」

「だって気づいたら綺麗になってるから・・・」

「言い訳するな」

「風見さん厳しい」

「あの人たちがお前に甘すぎるんだ」

それは一理あるので、思わず春は笑ってしまった。
出かける間際に、詰所に誰かしらが買っておいているお菓子の山から適当にひとつを選んで、通学の合間に朝ごはん替わりにしようと手に取った。降谷がいれば叱られるだろうが、幸い今はいなかった。
手にしたお菓子を見て、ふいに懐かしさを覚えた。誰が買ってきたのか、珍しいなと一瞬だけ手を止める。

( ぼんち、久しぶりに食べるなぁ )

こどもの頃にこの世の何よりも美味しいと思っていた。
はて、これを食べなくなったのはいつからだったか。思い出せないままに、鞄に袋を突っ込んだ。









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