≫ いくつかの確定されつつある未来について
「唯我がスポンサーとして全面的についてくれるそうです」
会議室で唐沢がにこやかに報告した。
「息子さんを助けたのも心理効果としては大きかったとはいえ、まぁ、それだけで判断するようなお人でもありませんし。今後もご機嫌伺いは欠かさずにおきたいところですね。どうも息子さん、そのうちボーダーに入りたいとおっしゃっているそうで」
唯我のお坊ちゃまについて情報を持っている根付は嫌そうな顔をした。かなり面倒なお坊ちゃまなのだろう、とその顔いろ一つで他の幹部たちもため息をついた。
「東から報告のあった不審人物について調べはついたのか?」
「そちらに関してはなんとも。東君の話では『猫を探していた』とのことですが、どうにもただ猫を探していただけにしては情報が無さすぎるのが怪しくはありますねえ」
「なんもわかっとらんのか」
猫を探していた少女。黒髪で、丸ぶちのメガネをかけていたが髪型についてはウィッグの可能性が濃厚だとあるのであまり参考にはならない。
「公安」
ぽつり、と城戸が発言した。全員が城戸に顔を向けるが本人はいたっていつも通りの調子で表情に変化はない。
「公安が絡みの人間のようだ。深入りして調べればこちらもまた踏み込まれる。この件はこれで一定の目的は達成された。トリガーの情報漏えいもしていない。問題ない」
「城戸司令の情報筋では何かつかんでらっしゃるのでは?《何かを視て》いるという報告はどうにも迅くんとの類似性がありますが」
「何か?」
忍田が首を傾げた。それは報告書にも確かに上がってはいた。少女は何かを見ていた。いや、視ていた。それが気にかかる、と。
「深淵を覗けばあちらもまた、覗きかえしてくる。踏み込めばこちらもただではすまない。唯我に助言をしたという《必要の魔女》とやらもだが、そういう存在がいるのは《三門》だけではないというだけの話だ」
「超能力と呼ばれるたぐいのものはサイドエフェクトである可能性がある、でしたか?」
話をふられた鬼怒田が頷く。まだ検証の段階でしかない。サイドエフェクトを持つ隊員事態さして多くない上に、研究内容を公にはできないボーダーとの情報交換に応じてくれる研究機関も少ないことが起因している。
「トリオン量が多い人物なら勧誘したらいいんじゃない?若い子なんだろ?」
林藤が「うちに欲しいな〜」と発言するから迅がいる玉狛にこれ以上そんなものをくれてやるわけがあるか、と鬼怒田が断じる。
「公安の関係者なら下手に手を出すと噛みつかれますからね。城戸司令のおっしゃる通りスポンサーの獲得はできたわけですし、この件はこれ以上の追及は不要、ということになりますかね」
「東の報告書なら、もう一つの方が面白い」
「もう一つ?」
「新しいトリガーの運用について。開発室で進めようと思っとるが、開発費の方はなんとかなるか」
「あー、面白そうなこと思いついたよな東も。《狙撃手》ポジションの設立、だっけ」
「迅のやつが最近持ちこんで開発しとるやつにしろ近距離戦闘によりすぎとるからな。大砲、とまではいかんが。遠距離運用のできるトリガーというのは確かにいるだろう。動きだしが遅かったくらいだな、ついては金が要る」
唐沢が心得ました、とばかりに頷いた。大口の、世間的にも名の知れたスポンサーがついたのだ。それも正式な形で。唯我がバックにいるとなれば、多少これまで出し渋っていた企業も口説きやすくなるのは間違いない。根付と顔を見合わせる。スポンサーの確保ができたらからにはもっと強気に攻めやすい。それは外務営業部だけではなく、メディア対策を一手に握る根付のところも同じなのだ。
「《狙撃手》による長距離運用トリガーの開発、か。他にもいくつか試作するが。発案者である東はしばらく借りるぞ?」
「あー、いや、東には育成も任せる予定なんですが」
次の話題へと移っていく。広げられた資料に全員が目を落とす。新規隊員名簿だ。せんだって新たなに募集をかけた、第二世代とも呼べる隊員の中でも実技座学ともに優れた成績を収めている数人の履歴書が並んでいる。
「穴倉にこもってばかりでは良くないでしょう」と忍田は主張する。これは忍田の経験則だった。ボーダーは閉鎖的な組織だ。抱える機密の多さに、時に息もできなくなるほどに。それで押しつぶされるような人間は残ってはいないが、それでも。教え導き、だが一方で、弟子をもったことは確かに救いだったと忍田は考えている。
「・・・・・」
「善意なんだよなぁ、一応は」
城戸は黙して語らず、林藤は東に任せてはどうかと選ばれた面々の書類を眺めながら笑う。時にこの男は天然で無茶をふるのだ。あくまでも無茶振りの根底が善意にあるのだから始末に悪い、と林藤あたりは思っている。
「優秀な子たちだぞ?なにか問題があるのか?」
問題はない。
優秀だ。とびきり変わり者であり、一癖もふた癖もあるであろうことに目をつぶれば。東ならばうまくやるだろう。
新規入隊者の中でとびぬけた成績を収めた加古望、二宮匡貴、そこに彼ら二人よりも少し早くに入隊している三輪秀二。次世代を担っていってくれるであろう逸材だ。オペレーターには結束が推薦されている。
「ま、東なら何とかやるだろ」
「そうですね東君ですし。近頃は戦略戦術面を月見くんに教えているとか」
「頼もしい限りです。とはいえ本部運営の方の顔出しを少し控える形にしますか。惜しい人材ですが、そちらはおいおい。現状ではトリガーの開発と人材の育成に先行投資という形で」
「異議なーし。あとさ、迅からの進言なんだけど太刀川は大学に行かせろって」
「・・・・・就職じゃだめなのか」
「太刀川が進学しないと最善に近づかないって迅が言うんだよなぁ〜。俺もさ、あいつ大学置いとくよか、うちに就職させて?こき使った方がよくないかって言ったけど」
「・・・・・・・・絶対に?」
忍田の声は震えている。弟子の成績を、この師はしっかり把握している。
城戸が林藤を見る。林藤は肩をすくめた。
「あいつのサイドエフェクトがそう言ってるそうで」
「では、誰か家庭教師を付ける必要があるな」
「誰かって・・・・」
誰か、の名前はその場にいた誰もが一つの名前にたどり着いている。顔を見合わせ、でもそこまでさせては・・・という一抹のためらいを「東君に任せましょうか」と唐沢がにこやかに蹴散らした。
「まだ一年以上あるし東なら何とか・・・なんとかしてくれる、はず・・・・・だよな?」
という林藤の振りに忍田はさっと目をそらした。
「同時進行でボーダーと地元教育機関との連携を深め、推薦枠を確保するのはどうでしょうか?!三門市立大学には東君が院に進んでいますしボーダーへの印象は悪くないはずです」
ひらめいたように根付が挙手した。地域密着型組織は根付が広報室長として目指すところである。進学校からのボーダーへの入隊も増え始めている。学歴は必ずしも界境防衛機関には必要ないのだが、未成年者を多く抱えることになるだけに、もしもの時の補償は手厚くしておいて損はない。
「それで進めてもらおう」
城戸が許可をだし、根付がメディア対策室へと早速指示をとばしていく。
かくて、今日もボーダー上層部会議は進んでいく。
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「くしゅんっ」と東春秋が咳をした。隣にいた迅が「風邪?だいじょうぶ?」とへらりと笑った。
「なぁなぁ東さん、もう一戦やろーぜ」と太刀川がお構いなしにねだる。
「いや、悪いが今日はこの後開発室に呼ばれててな」
「またぁ?最近付き合い悪くない?」
「色々と忙しいんだよ。俺は遊んでやれないが、もうじきオリエンテーションこなし終わった新規入隊者も訓練に出てくるようになる。遊び相手はぐっと増えるぞ」
「入りたてのよわっちいのとやってもなー」
「誰だって最初はそうだよ。そのうち強くなるさ」
「そうそう。太刀川さんだって相当めんどくさかったよ?初めの頃は弱いのにしつこくておれ辟易したもん」
「へきえき?」
首を太刀川が傾げるから、この人大丈夫か?と迅は太刀川の進級が許されたのはもしかしたら何か裏取引あったのかもな、と酷いことを思った。この調子でしっかり大学まで進学させてくれることを期待している。
「うんざりしたってことだよ!」
「ま、俺はあっというまに強くなったけどな」
「すぐだよ」
迅は笑う。
「あっという間に、うんざりするくらいできるようになるよ」
太刀川はこいつまた何か視てんだなとは思ったが、それ以上は深く突っ込まず「すぐって言っても今じゃねえじゃん」と迅を困らせる。初めは負けっぱなしだった迅との対戦成績は、今や太刀川が勝ち越している。いつかそんな奴が自分相手にも出てくるのかと思えば、新入隊員とのつまらない訓練も多少は楽しみはなったが。
「俺だって負け越したまんまでいるつもりもないしね」
迅が不敵に笑った。東はその顔をみて、
(この目なんだよなぁ)
と思い出す。何かを《視て》いる目。こんなものは、この世にふたつとないと思っていたのに、世界は広い。
迅のあおりに太刀川が望むところだと胸をはる。どちらも弧月一本なら、東よりも強い二人だが、さて新しいトリガーでどこまで削れるか。人のいい笑みを浮かべつつ、「ほどほどにな」と二人をまとめて訓練ブースに放り込んで東は開発室へと向かった。
「太刀川さんも、これから忙しくなるだろうしね」
意味深な迅の発言は、いつものことなので太刀川は勿論スルーした。
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