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青いリボンの猫と公安


「お嬢さん、相変わらずのお手柄です。いま、だれかと話してました?」

逃げ出した猫の『ゆーいちくん』を漸く捕まえて、くたくたになって座り込んでいたらぱちぱちとまばらな拍手が響き、スーツをだらしなく着た男が近づいてきた。街灯の下で、顔が照らされる。会澤だ。

「だれとも〜?それより、さっきの人たちはどうなったんですか?」

「しかるべく処置を。こっちの案件は自分がまかされてたんですよ。ま、ボスの方もうまくやったようですけどねえ。お坊ちゃんは?」

「知らない人に預けてきました」

「・・・・・お嬢さん、そりゃまたなんで。自分が来るのはわかってたでしょうに」

「だって『ゆーいちくん』が逃げちゃうから・・・・まぁ会澤さんがその件は動いてるんじゃないかとは思ってたんですけど、とりあえず追いかけなきゃと思って。でも大丈夫ですよ、たぶん。たぶん・・・・」

「お嬢さんの勘ですか」

「そんなとこです。実際大丈夫だったんでしょう?連絡まだ来てません?」

「・・・・・先ほど唯我の方から『無事に戻られた』と連絡が入ってましたけどねえ。手柄をひとつ逃しましたよ」

「バナナあげたじゃないですか。てかお手柄とかそんなの気にするような公安ですか?恩を売り損ねた、が正解でしょう?」

「余所があそこに恩を売ったようですよ」

「へー」

「興味がない?そもそもはお嬢さんのお手柄ですよ」

「私はこの可愛い猫ちゃんに癒されるので忙しいんです」

ぐりぐりと猫の背中に頬を撫でつけた。にゃあ、と鈴の鳴るような声で猫が鳴く。
音楽はもう聞こえない。幕が下りたのだ。

「会澤さん、ごめんなさい」
「なにがです」
「山本さんのこと、可愛がってましたよね。それに、他の人も」

明かりのきえたカジノタワーをぼんやりと眺めている。

「お嬢さんの謝るこっちゃないですよ」
「・・・・・猫一匹、助けるのにもいっぱいいっぱいで、ごめんなさい」

今は、決して最善の選択の結果じゃない。
春は自分のミスを胸の内でひとつずつ数え上げていく。せっかく神様がくれた『ギフト』を、自分は生かしきれなかった。
最高の未来は訪れなかった。山本が、公安の捜査官の幾人もが犠牲になった。幕がひとつ下りても、またすぐに次の幕があがる。その時にまた自分は気付き損ねるのかもしれない。未来をのぞくことは、震え上がるほどに恐ろしい。

「猫と唯我のお坊ちゃんと、犯人どもはお嬢さんのおかげで命拾いしましたよ」

ワイヤーが直撃していた建物にいなかったおかげで、と会澤は続けた。
まぶたを下ろす。自分を家まで送ってくれた捜査官の顔を思い出す。

「風が吹いたら桶屋が儲かるっていうでしょう?」
「桶?何で風吹いたら儲かるんですか?」
「・・・お嬢さん帰国子女でしたっけ。大学受験大丈夫ですか?山本はそのあたり心配してましたよ」
「・・・・・・」

春はぐっと黙り込んだ。学習が足りていないのは重々承知の上なのだ。

「あー、じゃああれですよ。ちょうちょが羽ばたくと嵐が起きるってやつは?」
「バタフライ・エフェクトですか?それなら知ってますよ」

ブラジルの1匹の蝶の羽ばたきがテキサスで竜巻を引き起こす。有名な一節をそらんじれば、会澤はそれもですけどねと笑う。


「どんなに初期の誤差が小さくとも時経過や組み合わせによって大きな影響が現れ、どんな未来が訪れるかは誰にも判らない――とも言うんですよ。ああ、桶屋のたとえよりもこっちのがお嬢さん向きではありますね」

風が吹けばおけ屋がもうかるのは、無理やりな理屈だ。風が吹き、桶が飛び、失くした人がまた桶を買いに行くので桶屋が儲かる。もっと長ったらしい理屈もあるが端的にいえばそういうことだが。

「It's an ill wind that blows nobody any good.(誰のためにもならない風は吹かない)」

思いついた英語のことわざを小さく春は口にした。そうであれば、いい。なんの意味もないことなんてないのだと。自分にできるささやかなことが、いつかどこかで何かを救っていると思えたら、そんな幸せなことはない。だが逆もありえる。今日何かを救えなかったことが、いつか誰かを苦しめるかもしれない。
考え出すときりがない。小さく春がためいきをつくと、


「自分が、伝説の捜査官の相棒だったって山本がしてた話。覚えてますか?」

会澤は話しながら小さく笑っている。覚えているので頷いた。山本はあの後も、その話を何度かしていた。

「その人、いまどうしてるんですか?」
「公安刑事やるよりもっと面倒な仕事してますよ。ほらアレ、碇司令的な奴です」
「会澤さんてアニメ見るんですか?!てか碇司令って。人類補完計画発動されたら困るんですけど」
「的な、と言ったでしょう? ま、人類補完計画始めたらさすがに公安も介入しないといかんですね。その時はひとつ、お嬢さんもお力添えを頼みましょうかね」

一瞬だけ視線を横にながして、また戻す。曾澤は首を傾げた。なんでもないです、と春は話をつないだ。

「相棒については行かなかったんですか」
「自分の職場が気に入ってまして。ま、公安部対抗野球の逸材がいなくなったのは痛かった・・・・やらしい球投げるいいピッチャーだったんですけど。そこらへんボスは付き合ってくれませんし。・・・・・山本はいいストレート投げる奴でしたよ」

知っている。山本の席は、春に用意された席からよく見えた。デスクの上にどこかの対抗試合でノーヒットノーランを達成した記念のボールが飾ってあった。

「会澤さんは公安野球部の名捕手だって風見さんが言ってました」
「風見はボスに感化されすぎて最近は付き合いが悪いんですよ、まったく」
「次の試合は延期ですか」
「しばらくは後始末で忙しいでしょうからねえ。お嬢さんも今度どうです?直感でどこに球が来るかわかれば結構いい打者なれるでしょう」
「・・・・スポーツは向いてないってよくいわれるんですよね」

猫がにゃっ!と一声高く鳴く。誰かが近づいてきたのを察したようだった。足音が近づいてくる。

「・・・お前たち、そこで何してる?」

現れたのは降谷零だ。スーツはボロボロで、血まみれだ。

「付き合いの悪い上司が現れましたよ会澤さん」と春が笑った。

「何の話だ?」
「野球の話です」と春が答えると「スポーツならボクシングとテニスで事足りる」とすげない返事を降谷がするから会澤は肩をすくめた。

「そっちの件は?」
「うちじゃありませんが、解決したと連絡がありました。犯人グループはうちが拘束しましたが、どうも狙撃をされた形跡が」

春の背筋が不自然に伸びる。

「へぇ」と降谷の声音が幾分か低くなった。
すわりが悪くて「『安室さん』の仕事も片付きましたー」と高らかに片手をあげて主張した。にゃー、と猫も一緒に鳴く。可愛いなぁと何度も撫でた。青いリボン、青い糸。ちらついていたそれらの意味は結局わからないままだった。

「この子、うちの子にしたいくらい可愛い」

ぎゅうと猫を抱きしめる。ぬくぬくと、温かい。生きている。
自分が救えた命の音に耳を澄ませた。
今日助けたいくつかの小さな命が、幸せだといいな、と心の中でそっと願った。










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