SWAN LAKE BULLET:WT | ナノ
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フィナーレを告げる花火が上がる


東は気になった建物をひとつずつチェックしていた。先の大騒ぎに乗じた誘拐ならば、さして組織としての規模は大きくない。さらには、各所で警察がうろつきだしてしまい身動きもとれない。その上で、逃げ込みやすそうな建物を、迅の言う特徴に照らし合わせていく。
それでも、建物の数が多すぎる。人海戦術をしようにも、三門は遠すぎて増援は間に合わない。迅曰く、あっというまに事件に片はつくからすぐに動かない場合この未来は確定しないらしい。


「・・・・・っ重い!!もう捨てていこうかなっ!!このへんでよくない?誰かに引き渡せって言っても、」


暗がりから何かを引きずるような音と、声がして、東は振り返る。
誰かの肩に抱えるようにして引きずって走ってきたらしい人物は、東を見るなり警戒心も露わにした。ずるりと、滑り落ちかけたよりかかっている人物の顔は今まさに東達が探している《唯我尊》だ。斜めがけにした布鞄から茶色い毛並みの猫が警戒もあらわに顔をのぞかせている。
東と、少女の距離がゼロになった。じっと、見ている。いや、東はかすかな既視感を覚えた。この見られ方に覚えがあった。初めて迅悠一と会った時だ。あの青い目が、見開かれて、何かを『視て』いる。ショートボブで丸眼鏡をかけた少女は、見たところ東よりも随分と年下だ。


「あのガキどこ行きやがった?!」
「なんで鍵を締めとかなかったんだテメェ!」

数人の声と、足音が近づいてくる。

「げ、もう気づかれた・・・いや、でも気づかれなさすぎるのもよくないけど早すぎるというか」

呻くように言い「持って!」と荷物を渡すように押し付けられた。つい、言われるがままに小脇に唯我を抱えた。実際、探していたのだ。もうこのまますぐにトリオン体に換装すれば逃げ切れるが、唯我少年は気絶しているからいいものの、一般人の前でやるには問題がある。

「行こう、追いつかれる!くそっ、靴かたっぽすっぽぬけた!!もうやだ!お気に入りだったのにっ!!」

「え、いや」

「はやく!止まったら駄目!」

靴を取りに戻る時間も惜しいと、せっつかれる。空いた方の手を、少女にひっつかまれてトリガーを起動できないままに東もつられるように走り出した。


「こっちだ!居たぞ!!」
「逃がすな」

物騒だがどうにもチープなセリフが背中から追いかけてくる。


「おにーさんっ、どこのひと?」

走りながら息せき切って問われて、とっさに、「《ボーダー》だ」と答えていた。後から考えたらこれは、東にあるまじきミスだった。もしも何かあった時に、この現場にボーダーの人間がいたことに難癖を付けられる恐れがあった。しかし、その時はそんなことは欠片も思いつかなかったのだ。口を突いて出ていた。

「・・・・・・三門市の? ああ、なるほど、それでか! どうりで、――『   』が機嫌がいいわけだ!」

独白の一部は東には聞き取れなかった。

「三門っていいとこですか?」
「今そんな話をしてる場合じゃないんじゃないかっ?」
「はははっ、たしかに!」
「いいとこだよ」

走りながら答えた。いいところだ。だからこそ離れがたい。就職を機に、離れていった友人たちの背中を思い出す。三門市は一時酷い人口流出が止まらなかった。今でこそ落ち着きを取り戻しつつあるけれど。

「そのガキを返しやがれ!」

足の速い男がおいついてくる。意識のない人間を一人を抱えているせいだ。そもそも少女は時折意図的に東の足を引っ張るように速度を緩めている気がした。後ろを何度も振りかえる。
少女と、気を失った少年と、自分。東はポケットに忍ばせたトリガーを起動させるべきかを考えていた。目立つな、もめごとを起こすなが『外』での鉄則だ。
思考の波に沈みかけて、速度がわずかに落ちる東に少女は更に「止まるなってば!」と叫ぶ。
鞄から猫が顔を出して動き回るのを東をひっぱる手とは逆の手が器用になだめるように押し戻す。
追いつかれる。暗がりで足を取られたのか、少女の身体がつっかえて傾ぐ。東は二人を背中にかばいこんだ。

「はっ、追いつい、」

追いついた、と銃口を向けてきた男がつんざくような悲鳴をあげて後ろへと倒れこんでいく。後ろから次々においついてきた数人も、同じように悲鳴をあげている。

「・・・・・?!」

「たすかった・・・・!」

少女は即座に立ち上がる。転んだ拍子に転がり出ていた猫に気が付いて「ああもうっ!」と頭をかいた。

「う、そだっ――いったいどこから狙撃なんざ、」

辺りを見渡しても、人影はない。男たちが撃たれた角度から弾道を計算する。近隣の地図を思い出しながら内心で東は冷や汗をかいた。りんかい公園として用意されている開けた場所に位置するここを、あの角度から狙撃するとなれば、一番近いビルでも数キロ離れている。それを、あそこまで正確に? 自分が知らないだけで、目の前の少女は実はトリオン兵だったりするのかもしれない。
うめき声があたりでしている。じわりと、それでも男たちが近づこうとする度に赤いレーザーポインターが威嚇していた。


「行こう! ほら『ゆーいちくん』も行くよ!! ここから離れないと!」

茶色い毛並みに青いリボンを付けた猫を拾い上げてまた立ち上がる。顔をうちつけたのか頬がすりきれているが、ぬぐうこともしない。

「待ちやがれ!」
「動けば次は眉間にあてます!」

片手を銃のように向けて少女が威嚇した。バン!と撃つ仕草をすると、男の頬を銃弾が更にかすめていった。

「銀の弾丸にぶちぬかれたくなかったら大人しくそこでのびててください。それが貴方たちの身のためです」



いきましょう、と東の手を再びとると、まっすぐに前だけを見て、背後からの追手などもはや気にする必要もないと走り出す。
いくつかの角を曲がり、追手の姿が完全に見えなくなった、と思ったあたりで悲鳴が聞こえた。何かあったようだったが、東たちからは見えない。

「早く、ここを離れなきゃ、――こっち、」

東は言われるがままに手を引かれた。
建物から数百メートルほど離れると、夜空に大きな花火がうちあがった。迅の未来視通りに。
カジノタワーを何かの物体がかすめていった。けたたましい音がして、タワーを支えていた太いワイヤーが何本も切れてイキモノのようにのたうちまわる。しなるワイヤーが、地面を叩きつけそして――


「・・・・・・よかった、」と小さく小さく、猫を抱えた少女が呟いた。安堵をこぼすようなため息がもれる。もしもあのままあそこにいたら、ワイヤーか崩れた建物の下敷きになっていたかもしれないということに、東は気が付いていた。

「おまえ、無事でよかったねえ。おうちに帰れるよ」

猫の喉をくすぐって、空を見上げた少女は「やることが派手すぎるよなぁ」と笑った。

「・・・・君は、」
「いだぁっ?!ぎゃっ、こら、ちょっ、あああああ!」

青いリボンがひらりと揺れる。少女の腕から飛び出した猫が東の肩に飛び乗って、軽やかに飛び台につかって逃げて行った。息せき切っていた少女は「また走るのか・・・」とげんなりしつつも、ひとつ大きく深呼吸して息を整えると猫を追いかけようと動き出した。

「待てっ、あー、この子は?!」

「ちょっと、おにーさん邪魔しないで!『ゆーいちくん』に逃げられる!用があるなら30秒で!」

「え、いや、」

「その子、また誘拐されてたみたい。猫を探してたら見つけたからついでに連れてきただけ」

東よりもずっと低い位置にある顔が、じっと東を見た。まただ。この目。『何かを視る』目だ。

「あとはおにーさんにまかせます。もういいですか? 私も忙しいんで」

「俺も誘拐犯の一人かもしれないとは思わないか?」

「思わない」

「何故?」

図るように、少女を見る。

「・・・・・こういう時に決め台詞ないと不便だな」と困ったように少女は言う。迅であれば「俺のサイドエフェクトがそういってる」と言う所だろう。ではこの人物は?何を論拠に東に『唯我尊』を任せるというのか。
悩みかけてから、ふと猫のことを思い出したのか「こんなことしてる場合じゃなかった!」と目を見開いた。

「私が何者かなんていいんですよこの際!私が助けたって内緒にしといてください、めんどくさいことになるから」

ぶんぶんと東の拘束を逃れようと腕をふる。ちらりと視線がさまよったのは、先ほどの援護射撃を期待してのことのようだったが、あいにくと立ち止まるポイントは射線がとおらない。そういう場所を選らんで東は立ち止まった。最後の狙撃位置から大体の場所を推測してだが、撃たれていないならおおよそ目測は当たっていたらしい。めんどくさいのに見つかったのか、と忌々しそうに口元を少女がひんまげた。

「せめて名前を、」

名前を聞こうとした東に、ポケットから引っ張り出したらしいハンカチが叩きつけられた。

「顔、血が出てるからふいたほうがいいですよ」

先ほどの狙撃で気づかなかったが弾が頬をかすめていたらしい。瞬間ゆるんだ腕からするりと少女が抜け出した。

「じゃ、その子のことよろしくお願いします!煮るなり焼くなり!《ボーダー》にこれで少しは借りかえしましたから!」

「借り?」

「じゃ!」

自分の顔の血はぬぐいもしないで、身をひるがえした少女は東と気絶したままの唯我少年を残して走り去っていった。








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