SWAN LAKE BULLET:WT | ナノ
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猫を追いかけて A


何とかエッジオブオーシャンまではたどり着けた。なんとか、の過程の詳細は省く。もう春は思い出しくない。映画の撮影かな?とかいう顔で眺めていた人がいたのがいっそ笑えた。信じられます?ノースタントなんですよコレ。だが急げ急げと、何かに急かされるような感覚がやんでくれない。

どこから探すのか。断片的に視えた映像を総合させていくけれど、まだ足りない。赤井と分かれて(これには酷く反対されたが押しきった)、あたりを走りまわる。ふいに視界の隅を青いリボンがちらついた。足を止めて、リボンが消えた方向を視る。カジノタワーからほど近い。宵闇に、閃光が瞬く。爆発音だ。

公安の情報を車中で拾ったが、どうやら《はくちょう》が警視庁に落下するのは阻止できたようだった。だがまだ花火は見えない。まだ終わりではない。公安の無線通信を赤井に渡してある。猫のことは春が動けばなんとかなるはずだから、赤井は手にいれた情報を元に動くだろう。降谷と、コナンがうまく行けばそれでよし。
花火があがり、けたたましい音とともに屋根が崩れ落ちる。太いワイヤーがイキモノのように蠢いて、建物を破壊して。そして。
――にゃあ、と猫の小さな最後の泣き声がして、そこで春の視た《未来》は終わる。

そう、珍しくも自分は明確な《未来》を視ているのだと気が付いた。
『ゆういちくん』の飼い主であるポアロの近所に住む小学生の女の子を、春も知っている。毎日、あちこちを捜し歩いて、見つからなくてしょんぼりと親御さんと帰っていく。
春はくたびれかけた足を叱咤して、また走りだした。置いて行かれるのは大きらいなのだ。


『見つかったか』

耳につけた通信機から赤井の声がした。あちこちをうろつくからと変装用にかぶっていたウィッグが邪魔くさかったが、今さら立ち止まって外している時間も惜しかった。

「たぶん。《視えて》るからっ」

『やはりそっちに、』

暗がりに足を取られて、転がるように盛大にこけた。通信機が飛んで行った。一瞬、探そうかと躊躇する。だが時間がない。まだカウントダウンの針の音は聞こえてないから、きっと助けられるはずだ。それでも。その最善に手を伸ばす誰かが――自分が何か一つでもしくじれば、すべては泡と消えうせる。素晴らしい未来は、ただの妄想になる。目をそむけたくなる。このまま地に伏せて、何も視ずに。ひっきりなしに聞こえてくる音楽がうるさくて、頭がいたい。どうして私なんだ、と天に向かって叫びたかった。もっと優秀な誰かに、この素晴らしい贈り物がされていたら。

『  春  』と、声がした。通信機はもうない。あたりに人影もない。
自分以外の誰にも聞こえない声であることをもう充分に知っている。「なに」と返事をする。『もうちょっとだ』なんて励ましが降ってくる。
ある日突然に現れて、以来春の周りをうろちょろしている自分勝手な幽霊。
死んでしまいたかった。逃げ出したかったあの日に、春を世界につなぎとめた声が耳元でささやくから、立ち上がって走り出す。近頃よく見かける青いリボンが、暗闇の中で溶けるように消えた。




『 今、おれの声はお前にしか聞こえないんだ 』

『 なぁ、春? ほかのだれかじゃなくて、おまえなんだよ。おまえだけなんだよ 』

『 だから、こんなとこで死ぬな 』


かつて屋上から飛び出そうとした春を、そう言って呼び止めた男。
『運命って信じるか?』なんて呑気なことを言っているのを、全力疾走の最中だった春は聞き逃した。








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