≫ 大事件の裏側で
都内某所。
ホテルの一室で、話しをしていた三人はテレビの中での大騒ぎを比較的冷静に見つめていた。
『本日行われている東京サミットのため厳戒態勢がしかれている東京都内で、次々に起きている不可解な現象について、警視庁からはまだ正式な発表はなく、国内だけでなくサミット参加国を中心に不安と批判のこえが日本政府に届いています。 パソコンや電気ポットが突然発火したという情報もあり、』
「根付さんが見たら顔を青くしそうですねぇ」
「迅から出張前にスマホを身に着けるなと警告があった時は何でだと思ってましたけど、これ視えてたんでしょうかね」
「可能性のひとつとしては視えていたんだろう。未来は『確定』するまでわからないと常々言ってはいるな。だが確定した。この『現在』は迅が視た『未来』に」
今回の出張を割に迅は強く参加を促した。このままつつがなく、何事もないはずがない。何かがある。そしてそれは《ボーダー》の利益につながるはずだと、迅がした判断を城戸正宗は判断した。
だからこそ、滞在を一日延期する決断をしたのだ。
「そういえば、昨晩どなたかにあの後会われてましたね」
唐沢が話をむける。城戸は表情を変えない。
「ああ。古い知り合いだ」
だがそれも、かつての仲間ほど古くもなければ、長い付き合いでもない。かつての古巣に、未だ現役で立ち続ける男と煙草一本吸うほどの短い時間だが、会っていた。
「占師の話をした。そういうのなら自分も知っていると言っていたが、どうもほんとうに流行っているらしい」
そこで城戸の携帯が鳴った。
城戸は相手を確認すると通話をスピーカーに切り替えた。
『城戸司令、』
昨晩顔を合わせた、唯我の支社長である。三門出身だが、今は遠く離れた支社にいて、ボーダーに好意的だ。親族がボーダーに救われたことがあると、話していた。
『これは私の独断ですが、あなたの『経歴』を鑑みた上でお話しします』と前置きは短く彼は本題を切り出した。
『尊お坊ちゃんが浚われました。つい、先ほどの話です』
この騒ぎに乗じた馬鹿がいたらしい。唯我の子息を誘拐し、身代金を要求でもするつもりなのか。
『勿論警察にも連絡は入れましたが・・・・この騒ぎです。個人よりも大勢を優先されるのは致し方ない。とはいえ、手をこまねいて見ておくわけも行きません。お耳に入れておきます。』
支社長は、そこで一度深呼吸をした。
『坊ちゃまはこれまでもたびたび誘拐されてらっしゃいます。それを奥さま憂えてらっしゃった。この件で拗れれば、唯我は日本を離れて海外へと拠点を動かすかもしれません』
それでは三門は。三門はどうなるのか。
『ボーダーと、御縁があるといい。そう思っております』
通話が終わる。三人が顔を見合わせた。城戸はすぐに迅へと電話をかけた。
『はいはい、こちら実力派エリート』
「迅、お前の視た未来を『確定』させる。何か言っておくことは」
迅が何点か、視えたことからの意見を出す。誘拐された場所がピタリとすべて言い当てられるわけではない。言われた現場に見合う場所を東が素早くスマホで検索をはじめている。
『大丈夫、うまくいくよ、』
迅はおきまりの台詞を言いかけたが、城戸は無情にも通話を終了させた。
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ボーダー本部にて。
「大丈夫、うまくいくよ。おれのサイドエフェクトがそう言ってるって、あ、切られた」
「なんだ迅、お前暇なら勝負付き合えよ」
スマホを眺めている迅に太刀川が近づいた。
「暇じゃないよ。暗躍で忙しいんだってば。それに太刀川さん呑気にしてていいの?中間考査で赤点とったら忍田さんが師匠やめるって真顔で言ってたよ」
「まじかよ。忍田さんひでーな。俺のような可愛い弟子を捨てるとか鬼かよ」
「酷いのは太刀川さんの成績でしょ。新しく入ってくる子も増えるんだしさ〜、上としてはボーダー隊員は文武両道ですって喧伝したいのに、その音頭とってる人の直弟子がこれじゃね」
「新しく人はいんの?」
「うまくいけばね」
「へぇ〜、強い奴はいるといいよな」
「そーだね」
まだまだ広すぎるこの四角い箱が、人であふれかえる未来を視ながら迅は太刀川と模擬戦をするべきブースに向かった。今は未だ、人が少ないから『しょうがなく』相手をしてあげているつもりだったのに、最近は単純に楽しくてしょうがないのだ。
「で、試験勉強は?」
「文武両道でボーダーの顔になるのは俺じゃなくても別にいいだろ。嵐山とかいるし」
「太刀川さんさぁ・・・・」
「別にいいだろ」
さぁ、やるぞ。と太刀川はご機嫌に笑っている。
「ま、太刀川さんもしっかり働いてね」
「なんか視えたのかよ」
「まだわかんないけどね」
未来は動き続けている。まだ足りない。最善に一歩でも近づくためには、必要なものが揃わない。
「太刀川さんがボーダーに必要な人を連れてきてくれるっていうイメージが視えた」
「へー。俺が?」
「可能性だけどね」
「じゃ、せいぜい感謝してくれ。ほら前払いでいいから模擬戦で」
太刀川に負けている自分が視えた。まったくあっという間に強くなった。トリガーの使い方では自分の方に一日の長があったはずなのに、その差は瞬く間になくなってしまった。つけていたハンデがひとつずつ減っていき、勝敗が逆転して。誰よりも強くなる人だと視えていたって、まだまだ迅だって負けっぱなしの未来を受け入れられるほど枯れてはいない。
「余裕そうな顔してられるのも今の内だからね、太刀川さん」
最善の未来を手繰り寄せるために暗躍尽くしの迅にとって束の間の、ほんのわずかに許されている、ただただ楽しいだけの時間を思う存分に満喫した。
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