猫を追いかけて
公安の詰所を出てから、春は安室の仕事を片づけを引き続き行いながら、ずっと気にかかっている案件に取り掛かっていた。ずっと音楽が流れ続けていた。それは会話の邪魔になるほどの音ではなかったが、少なくともこれだけ『聞こえ続けている』ことは経験がなかった。音楽は細く細く流れ続ける。小川のせせらぎに耳をすませるようだった。
「迷い猫の『キティちゃん』、どうも隣町みたい。あともう一匹の茶色毛並みの『ユーイチくん』のほうはね、カジノタワーの近所。どっちから先に回ろうか・・・どっちからが楽かな」
「やれやれ。人使いが荒いですねえ。隣町からまわってこちらに戻る方がいいんじゃないですか?」
運転手の沖矢がぼやくのを無視して、スマホに表示した地図を確認する。
「隣町にあるビルが『視えた』から間違いないよ。範囲も絞りこめたし、見つけられると思う。それより、ラジオ切るね」
沖矢が返事をするよりも早くに、春が音を消す。普段はつけたい、と主張するタイプなので訝しげな顔になる。
「音が聞こえなくなるから」
「音?」
「そう。ずっと遠くで聞こえてる。――白鳥のみずうみ」
最初は警視庁だった。その後ふいに聞こえてきたタイミングをすべて書きだしていく。警視庁、公安刑事、そして橘境子。最初の日の、警視庁来訪者のリストの全てを見て、共通項がないかを探っていたが、結局そこはまだわかっていない。音をたぐりよせていくと、迷い猫の居場所が重なっていた。偶然か、はたまたこれは何かの必然なのか。
「白鳥か・・・・そういえば《はくちょう》でNAZUは今頃大忙しだろうな」
「口調」
「車内だぞ?」
「口調と顔が一致しないと気持ち悪いからやだ」
やれやれ、と『沖矢昴』が肩をすくめた。
「NAZU・・・・かぁ」
その言葉にメロディの音量がかすかに増した。太平洋への着水ミッション、NAZUは総力をあげてかかっている。何か問題があろうはずもない。聞こえているメロディを鼻唄でなぞっていると、赤井が途中で首を傾げた。
「今の曲も《白鳥の湖》だったか?」
「え?」
いくつかのメロディが聞こえていたが、有名なメロディラインは白鳥の湖だったから、良く知らない部分もそうなのだとばかり思っていた。スマホで検索をかけると確かに違う曲だった。混じっていた戦慄は《ロミオとジュリエット》だ。
「・・・・・また悲劇」
ここ数日、能力がやけに働きすぎていて、恐ろしくなる。未来というよりも現在によっているけれど。
「あ!!」
春が大声をあげた。依頼されていた迷い猫が車の前を横切って公園の中に走りこんでいった。
「秀兄とめて!」
「沖矢さん、の間違いでは?」
「ああもうっ、どっちでもいいから!」
路肩に車が止まるなり、春は飛び出して猫を追いかけた。ふと追いかけながら、昨晩みた夢を思い出す。瓦礫の中にいた猫は果たして、あの猫だったろうか?
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