SWAN LAKE BULLET:WT | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -



橘 境子


赤井が死んで(正確には偽装死だったのだが)からしばらくの間、春の面倒を見ていたのは降谷だった。だが多忙な男は数日間だけ自分の部下に世話を任せた。それが風見裕也である。唐突に女子高生の世話を丸投げされた風見裕也は当然ながら困惑した。同じ捜査官の中で女性に相談にするかとも思ったが『降谷直々』の命令なのだ。よって風見は自分の『協力者』である女性に頼ることにした。

「橘、仕事を」

彼女に仕事を依頼するのは随分と久しぶりだった。事務所をたたみ、ケー弁になり、以前よりも対応がそっけなくなったのは仕方ないことだと理解している。風見の依頼で受け入れた事務員が逮捕されたのだ。そして、公安の取り調べの結果自殺した。
始めは忙しいと断られたが『親しい人を亡くした被害者』であることを伝えると、了承してくれた。
人形のように反応の薄い女子高生の世話に、橘境子は尽力した。身一つで丸投げされたので、少女のための下着や服、生活に必要と思われるものをそろえた。親身な橘に、少女もかすかにお辞儀をした。それでも彼女は少しもしゃべらず、与えられたわずかな仕事をやることに熱中していた。
八嶋春と、橘と、それから風見で。狭苦しい部屋の中で、コンビニの弁当をつついた。
数日後には降谷の迎えがあり、ほんのわずかな時間ではあったけれど久方ぶりに穏やかな橘と向かい合う時間だった。本当ならその時に、もっときちんと話すべきだったのだと気が付いたのは随分と後になってからだ。

《2291》それが彼女に与えられた番号。
風見が選んだ、協力者。
携帯の中に登録されたメールアドレスを呼び出す。毛利小五郎を犯人に『仕立て上げた』。事故として処理されかけていた案件は、彼のおかげで無事に事件化に成功した。違法捜査の後始末の段取りをつけておく必要がある。引き受け手のない毛利小五郎の弁護人となり、無実を証明するようにと委細は知らさずに要件だけを伝えた。









「橘先生」
「こんにちは」

春が声をかけると眼鏡をかけた女弁護士は、にこりと笑う。

「随分元気そうになったのね」
「・・・・その節はお世話になりました。毛利さんの弁護を申し出たんですね、弁護士会に聞いたとか」
「そうよ。何せケー弁だもの、多少不利な事件でもやっていかなきゃいけないの。それに、毛利小五郎なんていう有名人の弁護なら、弁護士として知名度をあげるにはうってつけだわ」

建前をつらつらと橘は暗記でもしてきたかのようにそらんじる。
毛利小五郎の弁護を引き受けてが見つからず、妃たちが困っているところへ現れた女性弁護士『橘境子』は、風見の、つまりは公安の民間人協力者だ。違法捜査による事件化は成功しつつある。その後始末のために、あらかじめ彼女を呼び出したのだろう。

「新しく事務所は構えないんですか? 風見さんが気にしてました」

公安側の都合で彼女は事務所を『失った』。だからこそ、その後何度となく新たな事務所開設への後押しをと申し出ていた。彼女はそれを断り続けている。


「いいのよ、今はこれで割と楽だから」


ふいに、また聞きなれたメロディーが耳をかすめた。白鳥の湖だ。
あの日、初めて口にだし意識した日。警視庁で、橘を見かけていた。この舞台の上で、演じる役者の一人なのだとしたら、一体どんな役割を?


「貴方も、公安の『協力者』になったの?」
「え。いや、」

なったつもりはない。公安に居候している、というのが一番近い表現だ。正式な身分は何一つない。

「やめておきなさい。ろくなものじゃないから」

橘に視線が俄かに鋭くなった。

「橘、せんせい・・・・?」

橘は春に背を向けた。仕事があるの、と去っていった。









prev / next