背中合わせの二人;BBB | ナノ
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -


8


「で?」

突然街中で巨体の男に担ぎ上げられそのまま誘拐されてきたハルはご機嫌ななめだった。この年で男に俵担ぎされる屈辱を味わうはめになるとは、と舌打ちもした。誘拐犯は申し訳なさげにあわあわと背中をまるめている。

「えっと、ですね…」

絶対零度の視線(これは別にハルの言うところの氷男の技ではない)にさらされて、説明役をおしつけられたレオナルドはハハハと引き攣り笑いをこぼす。

「もうハルさん以外に頼れる人、思いつかなくて」

レオナルド・ウォッチは土下座した。華麗に。隣で彼の上司であるクラウスもそれに続いた。椅子に縛り付けられているハルの足元に生真面目な二人がはいつくばる光景は中々にシュールである。
しかし二人はもうなりふりかまっていられなかったのだ。


「「僕のために二人ともごめんな」」


奥の部屋の暗がりから現れた、お人よし二人に感謝を述べる二人の男。その顔を見て、ハルの顔が心底嫌そうに歪んだ。

「……アイスマン、あんた双子だったの」

顔に傷のある色男。ライブラの副官にして、ハルの天敵。スティーブン・A・スターフェイズが“二人”して困ったように笑って見せた。

「「まさか」」

ジーザス!と天を仰いだ。一人だけでも厄介きわまりない男が二人!悪夢である。
レオナルドが説明するにはことの起こりは数時間前に遡るらしい。HLの悪戯仕掛け人。堕落王フェムトの悪戯で不幸なことにスティーブンが犠牲になった。二人に分裂させられてしまった、一方は本物で一方はコピーのスティーブン、本物がどちらであるかを24時間以内に見分けないと大爆発を起こすらしい。


「で?」


ハルは同じ台詞を繰り返した。それが何故自分の誘拐の理由になるのかがさっぱりわからない。


「どっちが本物か、わかりませんか?」
「なんで私にわかると思うの」
「え、」

仲が良さそうだから、と言ったら撃たれそうだとレオナルドは冷や汗を流す。椅子にしばられているのだからムリなのだが視線だけでも弾丸のようだ。

「ミスタ・ビーストの方が付き合いが長いでしょう。そこは男の友情で見抜いてあげるところなんじゃないかしら。見抜けないなら仲良く一緒に爆発してしまえ」
「む、う……」
「むう、じゃないでしょう」

だいたい当の本人ときたら自分が二人になったのをいいことに倍の早さで仕事を片付けているのだ。期限時刻まであと30分らしい。もはややけになっているともいえるかもしれない。
30分後には爆発。この顔を見るのもこれが最後かしら、なんて呑気にその横顔を眺めた。

「「そんなに見つめられると照れるなぁ」」
「ユニゾンしないで気色悪い」

同じ顔が同じタイミングで書類から目を離してハルの前に並ぶ。一人が後ろに回り椅子の紐をゆるめた。
そのまますぐさま勢いよく振り上げられたハルの足をもう一人のスティーブンが受け止めた。

「最後かもしれないし蹴りよりもハグがしたいな」
「愛の力で見抜いてくれよハリー、頼むって」
「ハグはしないし、愛はないし、というか二倍鬱陶しい!」

解放されたハルは立ち上がり「帰る!」と背を向けるが伸びてくる四本の腕が逃がそうとはしなかった。

「「ハリーっ」」
「愛称で呼ばないで爆発男」

同じかおが二人していつものやりとり幸せだなぁ、みたいな顔をするのがまた腹が立つ。

「ハルさん、ほんとやばいんでお願いしますっ!神々の義眼で見てさえも区別つかないくらい精巧なつくりなんですよ!」
「われわれはスティーブンを失いたくないのだ」

ちょっと他力本願もいい加減にしろよライブラ諸君。お願いしますおまわりさんとか言って一般庶民顔で目を潤ませるんじゃないレオナルド少年!というか彼を説得役に選んだのは十中八九スティーブンであろう。ハルが少年に甘く、心配をしていることをあの腹黒男が気づいていないはずもないのだ。
そして何より二人して「「最後だしキスでもしとこうかハリー」」なんてハルの周りをうろちょろするアイスマン。
ハルはきれた。


「オーケー、いいわ」


了承し、自分を捕まえる腕の持ち主二人を振り仰ぐ。そして慣れた仕草で流れるように、右手を懐につっこんだ。懐になれた感触。その冷たい塊、愛銃を一瞬で構えた。


「“愛してるわ、スティーブン”」


甘く、優しく、凄絶な色気とも殺気ともとれる気配で、ハルはとびきりの笑顔を浮かべて男に告げた。
二人のスティーブンが目をまんまるにして、それからこれまでは全く同じ反応を繰り返していた二人が全く違う色へと表情を変えた。
え、二人ってそういう関係だったの?という疑問を周囲が抱くよりも早く、一発の銃声が部屋に響いた。


「今わのきわに、呼んであげるって約束だったものね」


愛銃を男の胸にあて、引き金をまようことなく、引いた。
喜んでいたスティーブンががくりと膝をつく。隣で自分と同じ顔を見下ろす真っ青な顔をしたスティーブンが、どこか焦燥と憧憬をその瞳に滲ませたのをレオナルドは見た。

「さよなら、“スティーブン”」

パリパリと、スティーブンの顔にヒビが入って、精巧な人形は心底幸せそうな顔をして「愛してるよハリー」と呟き、壊れかけの身体を強引に持ち上げハルの唇に口付けた。身動きひとつせずに、ほんのすこし眉をひそめたハルが溜息をつく。コピーとはいえ、最後の最後まで気障ッたらしい男だ。
そのままハルはぐっと拳を握り締めた。渾身の右ストレートを残されたスティーブンにむけてお見舞いした。もちろん顔面直撃コースだ。反射的にそれを片手でスティーブンは受け止める。
こんなときぐらい大人しく殴られていればいいものを、とハルは舌打ちする。


「爆発せずにすんだんだから、一発ぐらい黙ってくらっておきなさいよアイスマン空気読んで」
「愛の力だなぁ、何で僕が本物だってわかったんだい?」

嬉しそうにスティーブンはハルに詰め寄る。だが返しはすげない。

「知らないわよ。私は私がむかついた方を撃っただけ。一人でも持て余しているのに二人もいたら私、発狂する自信あったもの」
「……見抜いたわけじゃ?」
「ない。残った方も爆発してくれると私の生活が潤うのだけど」
「……」

二人の会話にレオナルドはどんびいている。ザップも大概に酷いが、この二人の関係ってなんだ。これが大人の関係というやつなのか。

「ちょっと、少年!そんな目しないで!君が分裂したんだったら私だってもう少し慎重にやる、というかアイスマン以外なら大抵普通にもっと穏便にやれるわよさっきのはなんていうかついうっかり。」
「ハリー、もう一回、もう一回さっきみたいに名前で呼んでみてくれよ」
「愛称で呼ばないで。さっき?もう忘れた」
「ずるいぞ!あれはいわば僕の偽者なのに、当の本人である僕よりも先に君に名前を呼んでもらえたなんて」
「うるさい。」


二人分煩くなった!一人にした意味がない!と愛銃をかまえかけるハルの間にライブラがメンバーがわってはいる。「お、おちついてください」とレオナルドが縋れば故郷にレオナルドほどの弟がいるのだと言っていたハルは渋々銃をおろした。


「愛してるっていったじゃないか君」


不満げにスティーブンが言う。


「不意打ちで殺る時は相手が意表をつかれる台詞を言うのが一番効果的なの、覚えておくといいわよ少年」
「…う、うす」
「君に殺された“僕”が羨ましい。ずるい」
「ねぇ、今すぐもう一回実行していいかしら?」
「ハル!ギルベルトが紅茶を用意したのだが!!」

滝汗流しながらクラウスが叫んだ。
今日もヘルサレムズロットは平和だ。銃声は一発鳴り響いたが、爆発音は響かずに。盛大な花火を楽しみにしていた堕落王だけが不幸せな午後が、過ぎていく。










prev / next