背中合わせの二人;BBB | ナノ
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9


あなたはわかってない。

HLPDで何度か見かけたことのある青年だ。おそらく、ハルの部下だろう彼は唐突にスティーブンに告げた。

ーー貴方は、ずるい。

ふてくされたように、青年は言い募る。さて、言われたことにとんと覚えがないスティーブンは首をかしげた。

「あの人がどれくらい貴方に許しているか、貴方はちっともわかってないくせにまだあの人に何かをゆするんですか」

「ゆする?」

「愛を」

愛、愛、愛!おかしくなってきたスティーブンは緩んだ口元を隠すように手を当てた。
若き青年は苛立ちながら続けた。

「あの人に近づかないでください」

まるで姫君を守らんとする騎士のようだった。



***


「ーってことがあったんだよ」
「さっそく、近づいてるじゃない」
「従うとは言わなかったからね」
「可愛いやつ」

グラスを揺らしてハルは酒を煽った。

「俺が?」ととぼけてみせると、冷めた死線がつきささる。

「可愛い可愛い部下の話」

気分がいいのか、ハルはすかさず次の酒を注文した。

「まぁ、アイスマンが狡い男というのはいい線はいってるけれど。割に迂闊なところもあるのに誤魔化すのがうまいところが一番厄介なところよね」

ハルの中のスティーブンは、仕事においては有能だが私生活においては不器用といったところである。慣れていないのだろう。
ひとつところに留まることに、スティーブン・A・スターフェイズは慣れていない。牙狩り、という長らく世間の裏側で生きてきたらしいスティーブンは、世界各地をそれこそ飛び回っていたのだろうことはその豊富な言語スキルで簡単に推測できる。
ひとつところに留まり、同じ街で、人間関係を長期に渡り築く。秘密結社、とはいえ以前ほどの隠密性もなくなったヘルサレムズ・ロットでそのはじめての体験に、実は浮かれているのだろう。

「迂闊?あんまり言われたことないなぁそれ」

スティーブンが首を傾げる。それすらもきちんと自分がどうみえるかを計算しているかのように完璧だ。

「迂闊でしょ。何回おかしなのにひっかかるわけ?おともだちえらびの才能はさいていよ」

「最近はそうでもないだろ?今度パーティーに誘われた」

「またひっかかったのね。今度はどこのどいつ?参考までに聞いといたげる」

「ロイヤル・ダイナー」

「ちょっと!!聞いてない!私は聞いてないわよポールっ?!」

ハルご贔屓のダイナーの名をあげられて、目を剥いた。
カウンターから非難を向けられた店長であるポールは素知らぬ顔だ。

「その日は出張でD.Cだろうがよ」

ポールはあくまでもそっけなくいった。

「酷いわ!私がいない日にやらなくてもいいじゃない、アイスマンそのドヤ顔やめて腹立つ」
「いやー、いいダイナーを教えてもらったよハリー。ありがとう」
「ハリーって呼ばないでちょうだい。そして誰も教えてない!あんたが!勝手に!ついてきたの!」

カウンターに吠え杖をついて舌打ちした。まさか、この男がここまでこの安く小汚い店を気に入るとは想定外だった。

「ハリー」

視線だけを隣の男へと向けた。隣りで同じように片手で頬杖をついた垂れ目の男が笑っている。

「君のそういうとこ、好きだよ」
「何の話だか」
「またまた。わかってるだろ?」
「知らないわよ。私はあんたのそういうとこが割りと嫌いだわ」

わかっている。ついてきていたのだってわかっていた。巻こうと思えば巻けたのだ。地の利はハルにあるのだから。
ただ、あの夜は。
ポツンと閉店したトラットリアを眺めるこの男が、普通の人間だったから。

「言っておくけどこの店がやるパーティーはあんたの想像の斜め上よ。精々覚悟しておくのね」

「肝に銘じよう」

注文したフライドポテトを突っつく。あの夜の、あの情けない顔を思い出す。約束を守られなかった、おいてけぼりをくらったような子供の顔を。
それが今、隣りでこうして呑気に笑っている。

「ハリー、そうやってダメな男を量産すんな」

「は?馬鹿言わないでポール!アイスマンは最初からダメな男よ、私のせいじゃない!ていうかこれまでだって別に私のせいじゃない!そもそも歴代元彼とそこのダメ男を並べないで」

「はははっ」

「笑ってんじゃないわよアイスマン!」

彼の心配がわかるなぁ、とダイナーを出て行ったハルを見送ったスティーブンは呟いた。お前さんが言うな、とポールがぼやいた。

わかっていないわけじゃない。ハルは厳しいくせに、時折甘い。突き放しているようで、最後の最後で見捨てない。
そこに甘えてつけこんでいる自覚は、スティーブンにだってあるのだ。








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