背中合わせの二人;BBB | ナノ
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7


彼女のことを好きだなぁと何とはなしに考えて、ではそれは肉欲の対象足りえるのかと自問する。――俺は彼女を抱けるのか?答えは簡単にでた。その日見た夢で、スティーブン・A・スターフェイズはそれをいやおうなしに自覚する。何度かいきがかりじょう目にしたことのある白い肌。その肌を這う傷。けれど、そんなものは全て付随品にすぎない。そんなものがあろうとなかろうと、彼女が彼女足りえるのだ。


「うちに来ないか?」
「いや」


すげなく誘いを断られてスティーブンは肩をすくめた。もちろん、今の誘いだって下心は一ミリくらいはあったがほぼ言葉どおりの意味なのだ。うちに来て、飲もう。それ以上を求めたりする関係にいまのところないのだから。


「うまい酒が手に入ったんだよ」
「ミスタ・ビーストと飲めばいいでしょ」
「クラウスの苦手な奴でさ」
「じゃあ私もそれは苦手ってことにしておく。銘柄だけ教えてくれる?」


ぐうの音も出ない。何故だ。知り合ったのはスティーブンが先だったはずにも関わらずいつのまにやら彼女の中での地位がクラウスのほうが上になっている。


「……やけにクラウスにあわせるね、もしかして惚れちゃったのか」
「ああ、ばれちゃった?内緒にしておいてよ」
「………」
「ちょっと、何真顔になってるのアイスマン」


怪訝な顔でスティーブンを覗き込む。ああ、キスしたいななんて思うがそれを欲望のままに実行すればもうこんな風に無防備にこちらを見上げてはくれなくなってしまうだろうから自重する。しかし、自分が今どんな顔をしているのか。少し想像がつかない。表情を取り繕うことは得意なはずなのに、どうにもうまくいかないのは柄にもなくこれが“本気の”恋だからだろうか。


「驚いてる」
「何真に受けてるの。いつもの冗談でしょ。」
「似合いそうだ」
「?」


想像してみて、あまりのお似合いぶりに吐き気がした。割って入れる気がしない。まっすぐにひたすらに諦めない二人は、本質的な部分で惹かれ合っているのだろう。そこにスティーブンが入り込める余地が見当たらない。
「ほんとに冗談?」と自分で自分の傷を広げようとしているあたり大概である。実は、と打ち明け話をされたらどうするつもりなのだ。


「ミスタ・ビーストより実は執事さんの方が好みなのよ。今度お茶にさそっておいてくれない?これは本気。将来あんな感じになる人を見抜くスキルが落っこちてないかしらね」
「ギルベルトさんがくれた紅茶があるけど、うちに来ないか?」
「……悩ましいわね」


とりあえず紅茶の入れ方をならってみよう。


「予定があるわけじゃないだろ?」


最近まで付き合っていた男につい先日振られたことは知っているが勿論黙っておく。


「借りっぱなしのレンタルDVDの消化が忙しいの」
「うちで見れば?大画面、大音量、更にはプロの牙狩りによる解説付き」
「オーケー、わかったお友達に振られて寂しいわけね」


面倒見のいい彼女は少し寂しげに求めれば、渋々ながらも甘やかしてくれるのだ。ここまで長い道のりだった、と振り返る。じわじわと、少しずつ。こうやってスティーブンを甘やかすから、恋人達に振られているのだと気づいていないあたり、割りに罪深い女性である。


「君がいるから寂しくないさ」
「きしょくわるい」
「心外だなぁ〜、本音だぜ?」
「おべっかはいらないから」


彼女がスティーブンを少しも男として意識してないのを知っている。つい少し前までは、スティーブンだってそうだった。あんな夢を見るまでは、男同士のように男女の性を越えた友人であるのだと。けれど。


「俺が本音でしゃべるのは君くらいなもんさ、ハリー」


いつものように「愛称で呼ばないで」とすげなくされて、でも出会ったばかりの頃ほどの棘のない声音に心はわき立った。


「それに、“慣れない体”で一人過ごすのは不安だろ?」


ぴたりと、ハルの動きが止まった。いつものように、いつもの調子で、あたりまえに話していた会話が途切れる。
スティーブンはむっとした表情になる彼女をニコニコしながら見つめている。いつもなら“見下ろす”彼女の顔を、真正面から。


「……あんたが罹れば良かったのに」
「一人で歩いてたら商売女に喰われちまいそうな美青年ぶりだよなぁ、いやこれなら野郎もほっとかないか」
「あと半日もこのままだなんて!」


とある事件でとあるウィルスが流行していた。発生源となる異界植物の違法栽培を行っていたマフィアの摘発と、そのマフィアが雇っていたブラッドブリードの殲滅。HLPDとライブラの仕事がかち合った現場で、その悲劇は起こった。犯人の最後の悪あがきで、ハルがそのウィルスに感染してしまったのだ。


「“男前”だなぁ、ハリー」


目の前にいるのは自分と同じ背丈の“同性”だ。
くっくっくと笑いを噛み殺しながら体をゆすっていると、ドスンと一発ボディにパンチを喰らった。おっと、このパンチも普段より効く。げほげほと笑いながら、スティーブンは咳き込んだ。
“チェンジング”と呼ばれるそのウィルスに罹患すると一定時間、性別が逆転してしまうのだ。


「それに、それ俺のスーツだし?」
「なんで、ほかに、サイズが、あわなかったんだ!」
「いやぁ、運命じゃないか?俺のでサイズぴったり」
「最悪よ最低よ、スーツの趣味だけはいいのがほんとに腹立つ!」


しかしまぁ、この体なら襲われる心配もないかと溜息まじりに「お邪魔するわ」とハルが言う。ニコニコと笑いながらスティーブンは考えるのだ。――俺は彼女を抱けるのか?何度かいきがかりじょう目にしたことのある白い肌。その肌を這う傷。けれど、そんなものは全て付随品にすぎない。そんなものがあろうとなかろうと、彼女が彼女足りえるのだ。つまるところ、それは多分彼女が男だろうが女だろうが関係ないということで。


「男同士ってのも中々イイらしいけど記念に試してみるかい?」なんて軽口を叩いたら、案の定手痛いアッパーを食らわされた。












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