背中合わせの二人;BBB | ナノ
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5


「水もしたたるいい女、かい?」

雨が降っている。霧の街ヘルサレムズロットにだってこんな日もある。憂鬱だ。水溜りでスーツに水はねが出来るのは忌まわしいが、術の発動のさせやすさという点においてなら良い天気といえるだろう。だが、こんな日に限ってヘルサレムズロットは平和だった。ささやかな騒ぎに、秘密結社の出番はない。ただ気に入りのスーツが少しばかり汚れてしまうだけの日。やはり憂鬱だ。
だからこそ、目の前を歩く友人に、スティーブンはとりもなおさず声をかけた。

「ハリー、そのままじゃあ風邪ひくぜ?」





おなじみの真っ黒なスーツに身を包んだハルは、水溜りをものともせずに鼻歌さえくちずさみながら、ステップを踏むように歩いていた。

「……せっかくの休日が台無しになった」
「雨のせいで?」
「雨に罪があろうはずもないわ。あんたよあんた。アイスマン。お願いだから面倒ごともってこないでちょうだい」

まあ、雨に免じて今日はあんたのことも許してあげるわ、と彼女は殊更に楽しげだ。雨がすきだったとは知らなかった。ハリーの情報にそっと新しい情報を足しておく。そんな情報が何の役に立つのかはわからないが、彼女に関してはどんな些細な情報でも逃してしまうのは惜しい気がしている。だって彼女はいつだってスティーブンに壁を設定するのだ。いつだって仕事、仕事、仕事。彼女の個人的な情報をスティーブンは知らない。いや、裏に手をまわせばいくらでも手には入る。事実一通りの経歴は知っているが。知りたいのはそんなことではないのだ。

「風邪をひいても看病してくれる恋人がいるから問題ないわ」

つれないせりふだ。お前の傘には入る気はない、と拒否されたことに地味に傷つく。

「三日後、マフィアの抗争に異界の重鎮が関わってるかもしれない案件の合同捜査する手はずだろう?」
「……天秤は、そんなところまで管理したがるわけ?」
「心配してるんだよ」
「雨の中、傘を差さずに踊る人間がいてもいいでしょ?――それが、自由ってものよ。私はそれを満喫しているの」

野暮言わないで、と彼女は挑戦的に笑う。このHLの刑事さんは、どこまでいってもスティーブンの思い通りになんかいかないのだ。
おもむろにスティーブンは傘をたたむ。買ったばかりのスーツに、雨がしみをつくっていく。それでも、それが憂鬱だとはもう思わない。

「……何しているのよ」

傘を閉じて、自分の隣に並んで歩き出したスティーブンをハルが心底嫌そうに見た。

「君の言う、自由とやらを満喫してる」
「傘、持ってるんだから差せばいいでしょ。それもまた自由よ」
「君と一緒なら濡れるのも悪くないな」
「そのまま凍りつけ」

ぱしゃんぱしゃんと、雨が地面を叩く。ずぶ濡れになりながら、二人は歩きなれた道をいく。軽快なステップを踏むように。

「今、発動させたら君も道連れだ」
「さいっあくね!」

それはそれで最高だ、とスティーブンは笑った。
雨が降っている。
子どものように、はしゃぎだしたい気分になっている自分が不思議だった。わざと水溜りに勢いよく足を突っ込んでは、隣へ水しぶきを飛ばしてみる。隣のハルの歩くペースがあがるのにあわせて、また繰り返せば、同じ事をやり返される。「はははっ」と笑うスティーブンと、舌打ちするハル。

雨の日の、平和なヘルサレムズロットで繰り返される、イマドキ子どもだってここまではやらないだろうという低レベルな争いが、スティーブンは愉快で愉快でたまらない。


傘を持っていかれましたのに、どうされたんです?なんて家政婦に心底不思議がられたが、スティーブンはご機嫌に「そういう気分だったんだよ」と答えた。
雨の日は、憂鬱だ。けれど、こんな平和な雨の日なら何度だって繰り返したい。
雨が降るたびに、傘を差しては街を歩く。
どこかで傘も差さずに、歩く彼女を探して。そうして彼女の流儀にのっとって、雨の日のささやかな自由とやらを満喫するのだ。













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