背中合わせの二人;BBB | ナノ
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15


「そこ座ってもいいかい?」

声をかけてもハルは視線をちらとも動かさず、白と黒の盤面を見つめたまま「だめ、余所をあたって」と言う。
声をかけたのがスティーブンだというのも、勿論わかっているくせに、そっけない。

「相手になるけど」

ハルの見つめる先にあるのは野外用のチェステーブルだ。チェスは嫌いじゃない。スティーブンはよくクラウスとチェスをする。得意、といっても差し支えない。

「対戦相手なら間に合って。隣のテーブルが空いてるわよ」

おや、とスティーブンは目を丸くする。テーブルに左ひじをつけ頬杖をついていたハルが空いた右手ですぐ隣のテーブルを指した。彼女がスティーブンに席を薦めてくれるのは大変に珍しい。だからか、さっさと消えろと言われる前に、スティーブンはおとなしく言われた席に腰をおろした。彼女の右側の席に座れるのは奇妙な感じだ。
いきつけのダイナーのカウンター右から二番目の席が彼女の指定席だ。ぽつんと空いた右端の席に座ろうとすると彼女の愛銃が向けられ『 Sit or die? 』と着席か、それとも死かと笑顔ですごまれる。ハルがいると、いつもその席は空席のままだ。
だれだって秘密はある。ハルの右側、はスティーブンには触れることが許されない領域だった。
右側に座り、石の机にスティーブンも頬杖をついた。眺める横顔はいつも左側から見るものと何だか違って見える気がした。

チェスの盤面はハルの持つ白の駒の方がほんの少しばかり優勢だ。黒の逆転勝利は中々厳しい。戦局をそう読む。

「対戦相手は?」

向かいの席は誰も座っていないのだ。

「長考中みたいね。私が買ったらディナーごちそうしてくれることになってる」

ディナーでもどうだい?と切り出すつもりだったので先に制された気分になる。この局面からして、彼女とのディナーは対戦相手のものだろう。

「ハリーがチェスをやるとは知らなかった」
「愛称よばないで。こんなところで油売ってないで世界の均衡を守りに行きなさいよ」
「君とディナーできる幸運な対戦相手を人目見ておこうかと思ってさ」

友人かい?と聞けば「さぁ?」と要領を得ない。

「そういえば、名前を訊いてなかったわ」
「・・・・それ、逃げられたんじゃないか?」

負けを目前に奢るのが嫌になって逃げた。それで決まりだ。よし俺とディナーに行こうと誘いをかけたが、あえなく振られた。

「いつからここに?」
「今朝」
「相手が離席したのは?」
「さあ・・・・いつだったかな。」

逃げてるだろソレ。なんでそんな相手を待ってるんだ。

「帰ってこない相手を待ってるのかい。名前も知らないのに」
「そうね。だって、勝負自体始めたのは3年も前なのよ」

三年。

「そうか……」

その時間の重みを知っている。世界がひっくり返った日、スティーブンは車中にあり、傍らには絶対の信頼をよせる相棒がいた。

「毎年、ここに?」
「そう」

ハルは盤面から目線をあげて、誰もいない空席を見た。
互いに過去をべらべらと話す口ではない。ただ、三年前のあの日。ハルはここにいたのだろう。名も知らぬ、いきずりの相手と偶然チェス盤をはさんで向かい合い、たわいのない話をして。


「なぁ、ハリー」

愛称でよばないで、とお決まりの言葉にかぶせるように「次は僕とチェスしよう」とチェスの駒を横から一つさらっていった。

「言っておくけど、私は強いわよ」
「望むところだ」

一度もスティーブンを見なかった、ハルがゆっくりと視線をこちらにむけた。ゆるりと口元に笑みを浮かべた。












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