背中合わせの二人;BBB | ナノ
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10


「あーあー。派手にやってくれるぜ」
「ぐだぐだ言ってないでさっさと非常線をはるわよダニー」

白い霧が街を飲み込む。絶望王なる少年は歌うように告げた“第二次崩落”。
逃げ惑う市民。瓦礫の山と化していく建物。溢れかえる奇怪な格好をしたグールの群れ。

「最低最悪のハロウィンナイトだぜ」
「”Death Or Treat”って?笑えないわよね」

言いながら銃をかまえる。鉛弾をくらわせたところで足止め程度にしかならないのは承知のうえだ。

「まるで三年前の再来だ」
「はっ」

三年前。あの大崩落を思い出してハルは哂った。

「全然違うでしょ。全然。少しも。似てない」

立て続けに発砲する。3発のうち2発が外れ、最後の1発が命中しグールが崩れ落ちる。ストリートを市民の避難誘導をしながら移動していく。まっすぐのびた大通りに出たところで、ぱきりと、足元から音がする。氷を踏みくだいた独特の、ここしばらくで耳慣れたものになった音である。
大通りがまるでスケートリンクのように凍り付いてた。一瞬立ち止まり、その道の先へとハルは視線を向けた。
恐らくはこの騒動の中心地。建物が浮かび上がり、いくつもの光が交錯している。

悲鳴があがる。道の隅で子供が化物に追われて逃げ惑っていた。

「あっちは私がいく。ダニーはそのまま誘導を続けてて」
「了解だ」

少しも似ていない。まるで城のように積みあがっていたビルの残骸が宙に浮いている。確かにそれはかつての崩落を思い出させはするものの、決定的に違うことがある。何をすればいいのか、いや自分に何ができ、何ができないのか。それすらも分からなかったあの日とはまるで違う、ハルはもう知っているのだ。自分たちのすべきこと、できること。それはあの騒ぎの中心に向かうことでは決して無いのだ。


「そこの少年!こっちへ来なさい!!警察よ、避難場所への誘導をするわ」
「おまわりさんっ!僕、母さんとはぐれちゃって、それで、」
「このあたりの人はあらかた3ブロック先の教会へ誘導してるわ、とりあえずそこへ向かいなさい」

少年の肩を抱く。震えているのが伝わってくる。当たり前だ、ハルだって恐ろしい。人の理解を超えた領域に足を踏み入れることのなんと恐ろしいことか。少年は母のために震える自分を叱咤して、魑魅魍魎が跋扈する中へと足を踏み出していたのだろう。君はよくやった、あとはこちらに任せなさい。そう言って。少年の名をきいて、ハルは薄く微笑んだ。「 Goodboy,Steven 」いい子ね、と笑って、怖がりながらも少しだけ誇らしげに胸をはった少年の頭をそっと撫でた。
パリ、と足元の氷が割れる。少年の母が教会へと向かっていてくれることをただ祈った。





「つかれた」

どれくらい働きづめだったのかもわからない。とにかく寝ていないし、食べていないし、それどころか立ち止まることさえしていなかった。第二次崩落だなぞという未曾有の危機はとりあえず去ったのだろう。
だろう、というのは正確なところなぞ誰も知らないがゆえである。真相は闇の中、いや天秤の上、といったところだ。
ハルは数日振りに仮眠室へと足を運んでいた。ぐったりと身体を柔らかさにかけるベッドへと横たえる。靴を乱暴に脱ぎ捨て布団の中に潜り込む。

長い夜が終わって、朝が来たって警察の仕事は終わりになんかならない。

「ハル、生きてるか」
「死んでる」
「生きてるな」
「……」
「客が来てる」
「冗談やめて」
「何だ、誰か分かるのかよ。愛か?」
「………」

沈黙を一拍おく。おもむろに枕の下においた愛銃をのたりとハルは取り出した。

「オーケー悪かったよジョークだジョーク!さっさと行けって」
「ねむいの」
「気にしてたぞ」
「もう全部おわった」
「行っとけって恩は売っといて損はねー相手だろ」
「……あんなのに売る恩は無い」
「ハル」

真剣な声で最後通告をされてしまえば、この同僚にハルは敵わない。なにぶん長いこと付き合いがあるだけに誰よりもハルの弱みをにぎっている相手なのだ。

「仲間を売るなんて…」とぼやけば「店頭で見せびらかしてるだけだ。最高にいい女だからなお前は」なぞと言う。




「で、なんのよ、う、」

眠たくて眠たくてしょうがないのを堪えて、指定された路地に入ると突然伸びてきた腕にそのまま近くの扉にひきずりこまれた。とっさに応戦体制を取ろうとしたが、疲れのせいかうまくいかない。

「……、ハリー」
「愛称で呼ばないでって言ってるでしょ、アイスマン」
「………」
「ちょっと、アイスマン?私疲れてるんだけど」
「僕だって疲れてるよ」
「じゃあ離して」
「……」

男はぐずるように額をハルの肩口にこすりつけて、笑った。

「“スティーブン”からの伝言を預かってるよ“かっこいいHLPDのおねーさん”?」

疲れているせいで上手く頭が回っていない。何のことだか分からなくて、眉間に皺がよった。それを気配で察したのか男は喉を鳴らす。

「妬けるなぁ」
「何が」
「“ Goodboy,Steven ”、おねーさんがそう言ってくれたんだって、そりゃ嬉しそうに言ってたぜ?」

教会に向かう途中で、また戦闘に巻き込まれたらしい少年は見ず知らずの幼い少女とその母親を必死にまもろうと声をはりあげていたところを今度は男に救われたらしい。

「『いつかおねーさんみたいなHLPDになるから待ってて』だそうだよ」
「……わたしみたいな、ね」

果たして自分が少年に何をしてやれただろうか。結局、違う場所で彼はまた襲われそれを助けたのはハルではない。母親と再会できたのかさえわからない。ハルはただ、示しただけだ。彼が向かうべき場所を、教えただけ。それ以外何一つできないのに。

「助けてやったおにいさんは視界に入ってもないというね」
「おじさん、の間違いなんじゃない」
「あ、それ言う?」
「自分で言うのはずうずうしいにも程があるわよ」
「君だっておねーさんって歳かい」
「私は別にそう呼べって言ったわけじゃない。ほんといい子よね、つくづく先が楽しみな少年だわ」

首筋をくすぐる癖毛を手持ち無沙汰にすくいあげて、指に絡める。

「アイスマン」
「んー?」
「ありがとう」

ぴくり、と肩が緊張して固まったのが伝わってきた。

「貴方達“ライブラ”に感謝する。」
「なんだい、突然に」
「突然じゃないわよ、別に。いつも、思ってる。貴方達がいてよかった」

もしも彼らがいなかったら、この街は街としてたちゆかないだろう。この混乱の中で、ハルたちがハルたちの役割を躊躇うことなく選択できるのは、何とかしてくれる“誰か”がいるとわかっていたからだ。三年前と、違って。

「死傷者は、随分減った。規模自体以前の大崩落より小さかったこともあるけど、それだけが理由じゃないはず」

何をしていいかもわからず、どうしたらいいのかさえわからず、ただ混沌のふちにあった三年前ははるかに遠い。

「私なんかよりももっとかっこいいヒーローが、この街にはいるのに、あの子も物好き。あの名前のやろうどもはそろいも揃って趣味が悪くなる呪いでもかかってるのかしら」

彼らのようになれたら、彼らのような力があれば、と思わなかったといえば嘘になる。無力な自分が歯がゆくて、認めたくなくて、噛み付いてしまいたくなる日が幾日もあった。

「見る目あるぜ、あの少年」
「あっそ」
「ハリー」
「……呼ぶなって言ってるでしょ」
「俺には?」

大きな手が伸びてきて両頬を捉えられる、覗き込んでくる紅茶色の瞳がへらりと笑いながら弧を描く。

「可愛くないからイや」
「酷いなぁ」

額があわさり、息がかかるほどに距離が近い。

「私、眠いのよ」
「僕も変わんないさ」
「……いい子だから離してアイスボーイ」
「………」
「仮眠したらまた後始末なのよ。」
「……」

両手に手を重ねる。最後の距離をそっと詰めた。傷跡が這う頬に触れるだけの口付けを送る。右頬に、左頬に、傷跡を辿って、額に、鼻先に。

「……君はほんっとずるい奴だよ」
「うるさい、私は寝る」
「いいのかい?どこかもわからないようなとこでさ」
「ベッドは当然私のものでしょう?」
「クラウスが寝たってまだ余裕があるくらいのキングサイズだけど」

瞼がおちて、力が抜ける。悔しい思いは確かにある。まだ余裕のありそうな男の方がよっぽどハードな戦場にいたにもかかわらず、おちるのは自分が先だなんて。

「俺が何かするとは思わない?」

男の声が遠のく。何か?この男が自分に?それに一体どんなメリットがあるというのか。恐らくはライブラのセーフハウスの一つだろうとあたりはつけてある。ライブラ関係の場所ならば安全性はむしろ署の仮眠室よりも高い。
口元が緩む。


「“ Goodnight,my hero. ”」


ここ以上に安全な場所なんてないのだと、知っているからハルは男のたわごとなんてどこ吹く風にと眠りにおちた。












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