10:Vamos al cinema?~Return~
(映画に行きませんか?再)
じゃぱにめーしょんの傑作「も○のけ姫」を異界風にリメイクした「ばけもの姫〜プリンセス・ビヨンド〜」を映画館に見に行きそこなってからというもの、アリスは今日という日を指折り数えて待っていた。
発売日当日に届くようにネットで予約し、指定日は朝からずっと郵便物が届くのを今か今かと待ち構えていた。さぁさっそく見るぞ!とうきうきしていたところに、折り悪く堕落王の暇つぶしやら何やら事件がかさなって、とてもではないけれどのんびりアニメ映画を見ている空気ではない日々がそこから四日も続いた。もう逸る気持ちは抑えられない。
普段なら「スティーブンさんとは映画見ません」主義のアリスも、この日ばかりはもうそんなことにかまってはいられなかった。
執務室のテレビにdvdをセットしてソファに陣取る。ポップコーンにコーラ、クッションにブランケット。準備は万端である。
(……が、しかし。なんか、ちょっと狭、い?)
アリスを挟んでソファの右にはクラウス(これはこの映画をレンタルした暁には絶対に一緒に見ましょうね!とアリスと約束したためである。勿論これは映画を一緒にみてムードを高めよう大作戦も兼ねている)が、左になぜか書類を眺めている(仕事机でやれよ、という突っ込みをする時間も惜しいのでするーすることにした)スティーブンが陣取っている。
三人以外は出払ってしまっているこの広い執務室で、仲良くソファに並んでいる。大の男が二人も横にいればそりゃあ狭い。だがもう、それを改善する時間も惜しかったのでアリスは迷うことなく再生ボタンを押した。
(やっと見れる……!)
麗らかで平和な午後、そんなこんなで三人の映画鑑賞が始まった。
『生きろ、そなたは美しい』
名言は名言のままに、異界も人界も変わらぬこともある。
舞台は森を異界に、たたらばを人界ヘルサレムズ・ロットに見立て、異界で育った少女とヘルサレムズ・ロットにやってきた青年が世界の均衡をいかに保つかを葛藤しながら恋に落ちる、というストーリー展開になっている。
ぶらんけっとをにぎりしめ、小さく「かっこいい!あ○たかさまかっこいい」とアリスは大興奮である。
その横で、真剣な顔をして異界と人界の均衡についての風刺がこめられているこの映画をくそ真面目に見まくっているクラウスが画面にかじりついている。おそらく真面目に見すぎて胃をいためはじめている恐れがあるが、そんな二人を書類を裁きつつ映画そっちのけでスティーブンが愉快げに眺めていることは二人とも気づいていない。
『そなたは異界で、わたしはこの街《ヘルサレムズ・ロット》で、――共に、いきよう』
ふたりは異界と現世が交わる街、ヘルサレムズ・ロットできょうも生きていく……。
そこで「おわり」と字幕があらわれ、エンドロールが流れる。エンディング曲もおりじなるのおまーじゅで、結構なできばえだ。
「おもしろかった!かんどうした!」
「うむ、世界の均衡はこうして保たれているのだな」
わきあいあいとかみ合わない感想をアリスとクラウスが言い合っていた。
「最後のあれかっこいいですよね!共に生きようーって!言われてみたい」
「そうなのか?」
「ヒーローかっこよかったですけど、クラウスさんたちがしてることと似てますよね。はっ、真面目で礼儀正しく強くてやさしい……クラウスさんがモデルなんじゃ?!」
「アリス……それは言いすぎだ」
滝汗を流しながらクラウスがすっとんきょうなアリスの意見に反論した。
「ちょっとだけ!ちょっとだけ言ってみてください。『ともにいきよう』ってとこ!絶対かっこいい!りあるひーろーだし!」
絵空事の言葉よりももっとかっこよく聞こえるに違いない、とアリスは期待に目を輝かせまくってクラウスが根負けするのを待っている。
口をつぐんで、この期待に満ち溢れた目を失望させぬにはどう答えるべきかを悩みまくっているクラウスにスティーブンはもうこらえきれずに笑いだした。
「あ、何笑ってんですかスティーブンさん」
「いやね、君ら二人のやりとりがおかしくって」
「どこがおかしいってんですか。というか映画見てなかったくせに」
「見てた見てた」
顎を突き出し、書類ごしにアリスの耳元に近付いて、
「“そなたは美しい”――、だろ?」
甘い声音で囁いてやれば、口をぱくぱくと開けたり閉じたり、もう顔が真っ赤で言葉にならない何かと格闘をアリスは始める。
それはべつにすてぃーぶんさんにいってもらいたいせりふじゃないんだもっとさわやかさがたりないんだていうかなんかえろい!こんなんちがう!私が求めてたのは、
フリーズしたアリスの反対側の肩がそっとひかれた。
「その、……アリスを異界へやる予定はないのだ。離れて暮らすよりも共にいることを君に望んでは困るだろうか」
なんて、ようやくはじきだした真面目なクラウスの言葉に、あれだけ楽しみにしていた映画だったのにもう頭の中から内容がふっとんでいきそうなくらいアリスは恥ずかしかった。
映画の中のヒーローの百万倍かっこいい人たちに挟まれて、現実にこんなことがあるなんて……!と贅沢すぎる悩みにアリスは打ち震えた。
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