上司サンド:BBB | ナノ
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Black Coffee


スティーブンさんが、怒っている。
大人の余裕でいっつも私をしようがない子だなぁと、笑って許してくれる人が。もう三日も口を聞いてくれない。私のことがまるで視界にはいってなんかいないみたいに、いつもどおりに過ごしている。
どうしたらいいかわからない。どうして彼があんなにも、怒っているのか。いや、そもそも彼は怒っているのだろうか?もしかしたら、そう、もしかしたら、私は――。

ずきり、と頭が痛む。
巻かれた包帯は、つい先日突発的に巻き込まれてしまった事件でおった傷だ。

どうしたらいいのか。
途方にくれる。
怒っていてくれたらいい。何度だって許してもらえるまで謝る。誰かと喧嘩なんてしたことがないから、上手にあやまれるか不安だけれど。
けれど、もしも。もしも、嫌われてしまったのだとしたら?
何かとんでもなくスティーブンさんの気に触ることをしてしまい、それで、嫌われたのだとしたら。
その場合、もう謝罪なんて鬱陶しいだけだろう。

どうしよう。

また痛む。今度は背中だ。
突然襲われたせいで、衝撃で橋から落下しそうになった私をスティーブンさんが捕まえてくれた。数メートル下は瓦礫の山だ。そして、私は見上げた瞬間に、「ぜったいに離すなよ」というスティーブンさんの言葉さえきかずに、思い切り手を、離した。そして背中から落下して、このざまだ。
言うことをちゃんと聞かなかったのがいけなかったのだろうか。でも、だって。
多分、わたしは何度同じ場面があったって手を離す。たとえこれをしてしまったらこの先嫌われますけどそれでも手を離しますか?なんてゲームの選択場面が出てたって離す。

見上げた先に、スティーブンさんめがけて襲い掛かる異界のモノを見てしまえば、どうするべきかなんて明らかだ。
邪魔なお荷物を片付けさえすれば、スティーブンさんが負けることなんてないのだから。

「すてぃーぶんさん」

彼の執務机の前で、勇気を振りしぼり名前を呼んでみる。けれど、やっぱりスティーブンさんはちっとも聞こえてないみたいに仕事を続けている。
そうして今日も、一日が終わって。スティーブンさんはさっさと仕事を終わらせ、執務室を後にする。ちっとも相手にされていないのに、わたしはそのまわりをうろうろうろうろして、スティーブンさんの一挙一動を見つめている。

じくり。頭でも背中でもなくて、胸が痛い。
ばたん、と扉がしまる音がした。どうしたらいいのか。


「君は少しもわかってないだろ」


スティーブンさんの声がした。


「君はちっともわかってないくせに、口先だけで謝る。クラウスの説教だって本とは少しも理解できてない」


クラウスさんにこんこんと「自分を大切にしなさい」と言われた。わたしはこくんと頷いた。頷いたけれど、きっと同じ事をまたしてしまうだろうなぁとぼんやり思っていたのが、どうにもスティーブンさんは気に入らないらしい。


「だって、」
「だっても何もない」
「だって、スティーブンさん」
「聞きたくないね」


だって。“わたしなんか”のせいで二人に何かあったら。そんなの許されない。他人ではなく、私自身が私を決して許せない。


「“わたしなんか”」


ぎくり。背筋が凍る。スティーブンさんは今の一言で何か技でも放ったのだろうか。


「わたしなんかの命より、二人の命の方が大事?って、そう言い訳するんだろ」
「……」


そのとおりだ。それが私の中の真実だ。
なのに、スティーブンさんはそれこそが間違いなのだとその目で責める。どうしてだか少しも分からない。


「君はそうやってすぐ逃げる」
「……」
「僕はクラウスみたいに優しく待ってやるつもりはないよ。次に同じ事を言って、同じことをやったらライブラからは出て行ってもらう。それこそ、大口のスポンサーを失うことになってもね」
「でも、」
「アリス」


めったに。めったに私のことを名前で呼ばないスティーブンさんが。私の名前を呼ぶ。
怒っていると、思ったのに。なんでだろう。そのとき見たスティーブンさんは少し違う顔をしていた。


「二度と、しないでくれ」


わたしは、こくんと頷いた。わからない、どうしてスティーブンさんがあんなにつらそうな顔をするのか。ほんとうに分からない。けど、なんとなく、少しも私が二人の言うことが“わからない”ということがそんな顔をさせてしまっているのだろうなということだけはわかった。


「君は、酷い」
「すいません」
「ちっともわかってない」
「ごめんなさい」
「馬鹿で愚かで、どうしようもない」
「…めんぼくないです」


でも。それが私だ。


「また何かよくないこと考えただろ」
「滅相もないです!」
「正直に言う。迷惑だ。僕らのせいで君に何かあれば結局スポンサーの機嫌をそこねることになるんだから余計なことしないで僕の言うことを聞いてくれ」




そっけない口調でスティーブンさんが言った。べつに君のためじゃない、と。
デスクから立ち上がったスティーブンさんに促されて応接用のソファに座った。ついで隣にボスンと勢いをつけてスティーブンさんが座った。ソファーに投げ出していた手がぎゅうと握りこまれた。


「スポンサーの機嫌を損ねたくないんだよ」


それが言葉どおりの意味だけじゃないことを私は知っている。握り締めてくれる手から伝わる温度に、じわりと心も温まる。

「仲直り、してもらえました?」
「君が反省したならね」
「・・・・・」

「そこで即答しないのが君だよなぁ」
「ごめんなさい、でも、あの、これ以上口を聞いてもらえないと挽回のために何かこうムキになって頑張った結果ものすごいドジをしてしまいそうな気がするので仲直りして欲しいです」
「それ、僕を脅してる?」

スティーブンさんが面白そうに笑った。私を見て、仕方がない奴だな君は、と伸びてきた手が髪をかき回す。

「いいぜ、仲直りだ」
「仲直りの印にコーヒーいれます!」
「仲直りしたと思ったんだが嫌がらせが待っていた」
「最近は失敗してないですよ?!」
「仲直りのしるしは僕がやるよ」

スティーブンさんがコーヒーをいれてくれた。口をつけるなり、私は固まる。

「・・・・にがい」
「砂糖とミルクぬいてあるからな」

私はいつも半分はミルクをいれてカフェラテにしているのをスティーブンさんは知っているし、いつもコーヒーを入れてくれるときはそうしてくれていた。

「これはまあ、おしおき」
「仲直りのしるしって言ったのに・・・」
「それより苦い思いを飲み込まされた僕の気持ちを知るためにもしっかり全部飲むように」

そんなことを言われてしまったら、甘くなんてもうできるはずもない。私は苦いコーヒーを一息に飲みきった。










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