上司サンド:BBB | ナノ
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Between the Sheets


『クラウスをね、アリスの婿に狙ってるんだ』


いけしゃあしゃあと電話口の向こうの男はのたまった。


『けどまぁ最悪、子供の一人や二人こさえて帰ってきてくれるんでもいいな。クラウスによく似た出来のいい、見てくれだけはアリスそっくりの子供なら、さしもの私だって愛せる気がする』


だから、だめだよ、と男は続けた。なんの脈絡もなく『だめだよ、スティーブン』とまるで聞き分けのない子どもをなだめすかすような口調で。


『君でも悪かぁないのだがね、だが最善じゃあない。私はさ、あの子に苦労して欲しくないんだよ。可愛い可愛い妹だからさ』


クツクツとしのび笑う声が耳障りでしょうがない。


『クラウスがいいんだ』
ソレがあの子の幸せってものさ、と言う。それを君が警戒していたことも、代わりに自分がたらし込んでしまえばいいというのもわかってるんだ。だがね、もう決めたんだよ、と。


『――聞いてるかい?』
「もちろん」


あんな血統書にしか価値のなさそうな平凡きわまりない少女に大した執心だ。ロリコンにしてシスコンだから独身なのだ、という噂は本当かもしれない。


『あ、今きみ失礼なこと考えてたろう。』
「…まさか」


アリスが持たされている携帯端末に繋がれている、恐らくは裏の業界の人間たちが涎をたらして欲しがるであろうローゼンシュタイン次期当主への直通ホットラインで、自分よりもはるかに権謀術数にまみれた男は『だからね、』と、そこで一呼吸おいて、言った。


『こんな真夜中に、どこの馬の骨ともわからん奴に可愛い可愛いアリスの携帯端末に出てもらっちゃあ困るんだ』


ただの小娘だったろう?君の好みの女性とは程遠い。血統書つきの駄犬なんて揶揄される。そう、ローゼンシュタインの末娘という肩書きひとつが世間一般における彼女の最大にして唯一の価値だ。ライブラのことは気に入っているし、ぶっちゃけ妹のことなんかなくても援助は続く。そんなことは、互いに言葉にせずともわかった。だからスティーブンは自分が言うべきことを間歇に告げることにした。
――もう手遅れだ、と。


「・・・・アリスなら今、寝てますよ」
『こんな真夜中に起きてるほうがおかしいさ』
「俺の自宅の、俺の寝室の、俺のベッドで、俺の横で寝てますよ」
『……ばかだなぁ、君も、アリスも』


可愛い妹がろくでなしにひっかかってしまったという、兄の嘆きも知らず、隣でくうくうと寝息を立てるアリスの髪をすいてやりながら、スティーブンは哂った。自分でもかなりの愚策をうっている気はしているのだ。何のメリットもない、もしかしたら裏の世界をあまねく牛耳る一族のトップに居座る男の逆鱗に触れるかもしれない、そんなデメリットばかりが浮かぶ。


『クラウスに、しときゃいいのに』
「それは俺じゃなくアリスに言うべきでは?」
『我が妹ながら見る目がなさすぎる』
「酷いな」
『後悔、しても私は知らんぞ』


寝返りをうってはスティーブンに無意識にすりよってくるアリスを腕の中に抱え込んだ。
よだれをたらして眠りこけている幼さを残した色気のかけらもみあたらないおこちゃま。


「障害があればあるほど、恋ってのは燃えるものですよ」


欲しかった。この子供みたいな、女らしさのかけらもないアリス・V・ローゼンシュタインを誰にも渡したくないと気づいてしまった。それこそ長年の友人のほのかに芽吹き始めた恋に気づいていてもなお、諦めることなぞできずに。


『選ぶのは“アリス”だ。好きにすりゃいいさ。せいぜい頑張ってみるといい。だがね、何度も言うがわたしはクラウスが最善だと今でもなお信じているんだよ。それは君だってわかってるだろう?』
「……」

無類の紳士と張り合えるはずもない。だからこそ、先手をうったのだ。恋に戸惑う少女をたぶらかし、そそのかし、つけこんで。

「そんなこと、百も承知の上ですよ」


二人並んで、肩が触れ合うだけでもどぎまぎして、そうして水遣りに興じるような。甘い恋の芽を早々に摘み取った。はじめはクラウスとライブラのためにと言い訳して。騙すように、誘惑した。
けれど、気づいたときには自分のほうがどうにもならないほどに、のめりこんでいて。

通話を終えて、横に寝ているアリスを抱きしめる。そう、百も承知の上なのだ。いつか、彼女が悪い男に騙されていることに気がついて、真実彼女を大事にするオウジサマの存在に気づいてしまわない限り。こうして捕まえて、逃がさないように縛り付けて。


こんな夜が永遠に続けばいいと、スティーブンは思っているのだ。




「スティーブンさん」

翌朝、神妙な顔をしたアリスが、ベッドシーツにくるまったままスティーブンを呼んだ。顔は蒼白である。

「ん?」

彼女が何に顔を蒼くさせているかは承知の上で、素知らぬ顔をしておはようのキスを落とす。それにまどろむように答えながらとかされかけていたアリスは「き、きす禁止!」と手でスティーブンをつっぱねる。

「さ、さくばん……その、あの、」

もじもじと言葉を詰まらせる。「昨晩?そんなに良かった?じゃあリクエストにお答えしてもう一回しよう、か」とのしかかってやる。

「ちょ、待って!まってください!すてい!ステイですスティーブンさん!マッサージはもう十分です!」
「君を待ってたらいつまでたっても何も進展しないだろ」
「のろまな亀だって前進してますぅう!」
「亀の騎士は一人で十分だろ」
「話そらさないでくださいっ、これ!これもしかして、もしか、してですよ……あの、」


差し出された携帯の画面に残された通話履歴。示されている時刻は勿論覚えている。


「君の兄さんから電話があったな」


声にならない悲鳴をアリスはあげた。ぱくぱくと口を開け閉めして、なおまとなもな言葉がでてこない。「え」、「あ」、「ちょっ」、「ま、」。


「君に用があったみたいだけど、今は俺の隣で寝てるからと伝えておいたから」


クラウスを陥落させてこいという至上命題をうけているのだから当たり前だろう。それこそ、実家に連れ戻されてしまうのではないかと。しかし「選ぶのはアリスだ」と寛大なところだけ抜粋して伝えれば最悪の事態にはなっていなかったことに胸をなでおろした。

そこですっかり安心して忘れていそうなところをニッコリと指摘してやる。
「まあ、可愛い妹が俺みたいな“ろくでなし”に“夜遅くに一緒にいる”ことにはだいぶショックをうけてそうだったけど」

瞬間、真っ赤な茹蛸みたいに顔が染まって「うぁあああああ」とアリスはシーツの海に逃げ込んでしまった。


「保護者公認だな」なんてからかって。

家族への挨拶も済んだし、次は婚約指輪でも買いにいくかい?と続ければ理解の許容量を超えてしまったのかばったりとアリスは気絶した。艶っぽい会話のひとつもないのに、それでもどうしようもなく幸せで。

シーツの海に、二人して沈みこんだ。



***



「ちょっと、当主代理いい加減にしなさいよ」といったのは、腹違いの妹の一人である。

「スカーフェイスにアリスをやるつもり?許さないわよ私」

「まぁ、まだ様子見だな」

「食われちゃったじゃない」

当主代理は肩をすくめた。

「隣で寝ているとはいったが、喰ったとは言ってなかっただろ」

「・・・・はぁ?」

「可愛いブラフじゃないか。牽制してるんだろうが、アレが相手でそううまくことがいくものか」

「・・・・・まだ、そこまで、いってないって?冗談でしょ?」

「確かめてきたらどうだ?俺はここを動けんしなぁ。ちょっと様子を伺ってくればいい」

足を組み替えた美女は嫣然と笑った。

「そうね」

真っ赤なヒールがまるで武器のようだ。

「見てこようかしら、可愛いアリスをベッドで抱き枕にしてる優男を」











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