上司サンド:BBB | ナノ
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My Foolish Heart


この子はどこまで知ってるのか。

スティーブンは時折、アリスというお嬢様をはかりかねる。
能天気で素直、人見知りの元ひきこもり、誰かと会話するのが怖いけど幸せ、というより誰かと一緒にいれるだけでとてつもなく幸せ、お兄さまが大好きで、大好きな兄に言われるがままにクラウスとラブコメをやっている。

スティーブンが、優しく優しく懐柔してクラウスから遠ざけようとしていることも、仕事の山を押し付けては泣いて逃げ出すのを待っていることも、クラウスが知らないところでスティーブンがどんなあくどいことをしているかということも。
知っているのか、いないのか。
能天気なお嬢様のくせに、時折霞のようにつかめない顔をする。

甘やかして、懐柔して、とりこんで、そうすればいいカードの一枚になるだろうかと思っていた。
事実、それは成功しているはずだ。

「スティーブンさん、ま、まだ書類あるんですか?!休憩しましょう休憩。わたし、サブウェイ買ってきますよ?」

「サブウェイまでの道で迷う君をお使いにはださない」

「うぐ……こ、こんどこそ!今度こそ大丈夫です!レオくんと練習したし」

「道を歩けばトラブルにあたる君を一人で外に出したら、書類が少しも頭に入らなくなるからやめてくれ……」

「じゃ、じゃあ一緒にいきましょう!気分転換のお散歩がてら。それにサブウェイの店長さんスティーブンさんが最近来なくなったーって心配してましたよ?」

ひきこもりが常のアリスが珍しくもねばる。アリスの言葉にスティーブンの書類を裁く手がわずかにとまる。

「明日やろうは馬鹿野郎です!ほら行きましょうって」

どこまで気づいている?
スティーブンが徹夜しすぎていることだけ?
それとも、スティーブンが仕事以外のことをシャットアウトしようとしていることまで?

トラットリア・ザムドの一件以来スティーブンの足は確かに重くなっている。仕事以外の、大事な日常がある日牙を剥く。よくあることだ。はしゃいでいたって、すぐに切り替えはできる。
それでも、スティーブンは確かに億劫だった。いつも行く場所を、避ける。仕事場と、家を行き来する。なるべくそれ以外の場所を排除して。

そんなところへ、これだ。
気づいていて、言っているのか。それともいつもの思いつきなだけなのか。わからない。いつだって元ひきこもりのフロイラインの思考は、スティーブンの想定外をいく。

なんでもないことまで怪しみ出してしまうのはある意味職業病だ。

この間、パーティーが台無しになったあの夜だって、ずいぶん都合のいいタイミングで電話がかかってきたと思えなくもない。
そして、なにより彼女は腐っても″謀略の薔薇″と名高いローゼンシュタインの人間なのだ。

どこまで、知っていて。
どこまでが、計算なのか。

ローゼンシュタインからやってきたフロイラインをずっとスティーブンは、掌握しようとしているのに。これなら簡単だ、と思ったはずだったのに。

気づけば深みにはまってしまっているのは自分のような気がしてしまう。
アリスの計算でなくば、これはローゼンシュタイン次期当主殿の計算だろうか?クラウスを狙っているとみせかけて、実は狙われていたのは自分だった?


「スティーブンさん?」
「……まぁ、アリスだしなぁ」
「え、褒められて、ませんよね?なんか馬鹿にされてますよね?」

サブウェイにスティーブンさん狙いで通ってたお姉さんがいまして連れてこないとしんでやるーって叫んでたしいきましょう?ね?、とアリスは続ける。

「連れてきたらお菓子くれるって?」

「な、なぜそれを?!あ、や、そんなまさか!売り切れ続出なアンヌ・マリーの限定ケーキにつられたとかそんなんじゃなくてですね」

「俺を菓子で売るとはいい度胸だ」

「ちちちちがいますって!ほんと!」

これがすべて計算尽くなら、つくづくあの一族を敵にまわすなんてことはしたくないものだと心中でスティーブンは毒ずいた。

「もちろん、アリスの奢りだろ?」

「げ!」

「ん?」

「……イイトモー」

しぶしぶと財布の中にあるお嬢様とは言い難い雀の涙ほどだけ与えられたこづかいを数えだす。

「人の金で食うメシはうまいよな」
「貧乏人にたかるとか色男が泣きますよ!」
「アリス相手に色男きどっていいことあるのかい」
「ぐ、ぅ」

二人でサブウェイへ行った。




***



「スティーブンさんは優しいですよね」
アリスがぽつりとそういった。
「そうかい?」と相槌を打ちながら自分がこっそり裏でやっていることを知ってなおそう言えるだろうか、と詰ってやりたくもなる。何も知らないくせに、と。それを言うのはあまりに大人気ないから、黙っている。そうかい、と鷹揚な笑みを浮かべて「ありがとう」と答えてみせる。

「人がやりたくないことを進んでできる人って、優しいと思うんです」
「……」

人のやりたくないこと、とは何だ。一体どこまで知っているのだ。と、いつものように身長に意味を図る。
いや、まさか。このお嬢様が?ありえないだろうと思うのに、何故だが胸が騒いだ。この感覚はローゼンシュタインの人間と対峙するときにいつも抱く感覚だ。できそこない、能無しと揶揄されてもやはりアリスは薔薇の一族なのだろう。

「わたし、ぜったい嫌ですもん徹夜なんて!」
「……徹夜、ね」
「書類の山を悪夢に見ます」
「山というほど任せてないだろ」
「だって、私には結構な量なんですよ…」

書類をめくる手を止める。

「そんな私にも仕事くれるし、やっぱりスティーブンさんは優しいなぁって。だって自分でやったほうが早いでしょう?でもちゃあんと割り振って、簡単で私にもできそうな仕事くれるんですよ?」

にへらぁっと、笑う。クラウスの瞳よりも濃いエメラルドグリーンの瞳が緩む。

「そうゆう、優しいところちゃんと知ってますよ」

書類を握りしめ、片手で思わず顔を覆った。別に優しさでやってるわけじゃない。ただ、何もしないでいるのは所在無さげで、自分の居場所にとまどっていたから。ライブラのスポンサーの娘に気分よく過ごしてもらうためにやっていただけであって別に。
『終わりました!』と嬉しげに自分の所へ書類を持ってくるアリスの顔が好きだからとか、そんなわけでもない。そうだ、全ては計算だ。計算どおりじゃあないか。気分よく、書類をこなし、そしてそれを自分に感謝している。アリスはどこにも行かないだろう。このライブラで気分よく過ごして。
つまりだから。優しさなんてものじゃあないのだ。

「スティーブンさん?」

騙されやすい、単純で、馬鹿で、素直で、どじばかりだが懸命で。

「……ばかだなぁ」

数え上げていく欠点が、最後にはひっくるめてすべてが美点のような気がするのだから手におえない。









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