上司サンド:BBB | ナノ
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Ojo por ojo, diente por diente.


(目には目を歯には歯を)



仮眠室を出るなり、ソファに座る面々に爆笑された。
――よろしい、ならば戦争だ。

にっこりと笑う。足元でパキンと氷が張る音が聞こえている。おずおずとチェインに手渡された手鏡に映る自分を確認して一層室温が下がった。ザップは爆笑している。あとで殺す。

「少年、アリスはどこだい?」

第一声で犯人を指摘すれば笑えばいいのか恐れればいいのか分からないといった風に大混乱していたレオナルドの目が盛大におよぐ。
彼は心優しき兄である。“妹”というイキモノにすべからく甘い。おねがいおにいちゃん、の一言を無碍に出来ないのだろう。安心しろ少年、それは君の愛すべき妹ではない。君が優しさをわけてやらずとも上に12人も兄姉がいる典型的末っ子だ。

「ザップ」

であれば、矛先を変えればいい。こちらはあっさり「デスクの下に隠れてるっす」と居所を暴露した。

「ザップのうらぎりものぉおおお!」と、途端に犯人が姿を現した。即座に頼れる優等生ツェッドの後ろへと逃げ込んだ。まったくこういうところばかり学習している。彼もまた大概アリスに甘いのだ。

「アリス、俺に言うことがあるだろ?」
「……ない!ないです!」
「酷いな、こんな弄んでおいて」
「もて、っ?!いやいやあそんでない!あそんでないです!」

デスクの上に広がっているカードから推察するに、どうせゲームの罰でやらされたとかそんなところだろう。だが、ここまでやったのは君だろう?
スティーブンは“真っ赤に染まった”唇の端を持ち上げて笑う。髪のあちこちに結ばれていたリボンをひとつひとつはずしては床におとす。おとした先から氷付けにしているせいか、アリスの表情も凍りつく。

「ざ、ざっぷが!ざっぷがやれって!あの、わわわたしはやめとこうよって言ったんですよ?!」
「俺はね、嬉しいよ」
「ひょえっ?」
「あの身なりに興味のない君が、おしゃれというものに目覚めたんだろ?おめでとう祝福しよう。寝ている俺に悪戯したくなるくらい欲求がたまってたのに気づいてやれなくてすまなかった。だが、安心してくれ」

唇の"赤"を指でぬぐうさまをみせつけてやる。

「今度は、僕が、君に、してあげよう」

悲鳴があがった。
スティーブンはあっという間に捕まえたアリスを小脇に抱え、鼻歌まじりに隣室へと姿を消した。

「いぃ〜〜〜やぁあああだぁあ〜〜〜!」
「こら暴れるな」
「うわっ、や、ちょっ、」
「はいはい手ぇあげて」
「さて、とりあえず可愛い下着から選ぼうか」
「そんなフリフリすけすけ無理ぃいいい」
「白のレースが流行らしい」
どうしてあんたが女性下着の流行を知っているんだ。と突っ込む人間はここにいない。
「アリス?いい子にしてないと手元狂うぞ?」
「ひやぁっ?!ど、どこさわって、あ、ちょっ、んんっ〜、」
「ん?」

下着だけにひんむかれて、あらぬところを手が撫でていく。ああ、これまずい。スイッチが入ってしまっている。それをまさに字のごとく“肌で”感じる。

「髪はきれいに編みこもう。コサージュがいくつかあったはずだからそれでまとめて」
指先が首筋を撫でる。ぞくぞくぞく、と背筋を這い上がる感覚に震え上がる。
「スティーブン、何か悲鳴が、」
「クラウスさんっ!」
天の助けとばかりに「たすけて〜」と手を伸ばす。だが、しかし。
「ああ、ちょうどいいや。クラウス、君のその花に“ぴったり”の使い道があるぜ」
「む?」
両手に温室からきってきたであろう花をかかえていたクラウスは助けを求めているアリスよりもスティーブンの申し出に心を持っていかれてしまっている。
「ほら、この髪の編み込みにさ、生花で飾るといいんじゃないか?」
「やめましょうってばぁ」
「服は何色だろうか?」
服は何色だろうか、じゃあない。ぶんぶんと首をふってそんな花が勿体無いですと必死で訴えるももうどちらもアリスの主張なんて聞いていないのだ。
「白のワンピースにするから彩りは何でも合うよ」
「うっ、うっ」
「アリスの髪は長いから飾りがいがある。女性を美しく飾ることができれば花もきっと喜ぶだろう」
「こらアリス動くなルージュがはみでる」

元来自分を飾るということにとんと頓着しないアリスを、この二人は着せ替え人形にするのが大好きなのだ。一時期ときたら、毎朝が地獄のフルコースだった。正直、自分をそんなに飾ったって大してきれいだとも可愛いだとも思えないアリスにすればまるっきり時間と労力の無駄である。
やりすぎですよ、と泣く泣くギルベルトにお願いして注意してもらってからはだいぶ落ち着いていたのに、下手なきっかけを与えてしまった。ザップ許すまじ。終わったら絶対股間をけっとばしてやろうと、もはやお嬢様の思考回路ではないことをアリスは密かに決意した。



数時間後。

「た、だいま…」
ぐったりとした女性と、ご機嫌な顔のスティーブンが戻ってきた。その横には途中合流したクラウスもニコニコと立っている。「アリスさんはどうしたん、すか?」と恐る恐るレオが聞く。きょとん、と珍しい表情をしたスティーブンは直後に破顔する。

「ここにいるじゃないか」

ぐったりした、綺麗な女性の腰を抱き寄せてその髪へとキスをした。伊達男はどんな仕草も様になる。
クラウスがそれを微笑ましげに見つめ、いとおしげに花が飾る髪を撫でた。

「え」
「は?」
「あー、楽しかったなアリス」
「……うう、」
「よく似合う」
「……」
「何だ、せっかくキレイにしたのに」

男二人に傅かれ、世の女性達が見れば涙を流してうらやましがるだろう光景だ。当の本人は半ば魂がとんでいるが。

「…こんなの似合いませんってばぁ。だいたいこんなおめかししたってお出かけするわけでもないし……いつもの格好がいちばんらくち、」
「せっかくだ、美しく着飾った君を食事に誘っても構わないだろうか?」
「モルツォグァッツァをさっき予約しておいた」
「ひえっ、あ、あああそこに?!いやいや無理!無理です!おいしすぎて目が廻るし!ヒールでなんか出歩いたら私はどこかに頭ぶつけて死にます!生存率著しく低いです」

上司ふたりに脇を抱え込まれてアリスは逃げようのないミッションに震え上がった。
いたずらなんてするものじゃあない。










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