上司サンド:BBB | ナノ
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a sunny place.


どうしてこうなった。
アリスは柔らかな日差しの中でうとうとしながら自問する。なんだこれ。



その日はとてもいい天気だった。あんまりにもいい天気だから、何かしたいなと思った。暇だったのもある。皆が急な事件で出かけてしまっているから、オフィスにはアリス一人きり。何もせずおとなしくしておくのが正解なのだとわかっているが、やっぱり“寂しい”。ほんの数年前までは一人なんて当たり前で、そんな感情なんて抱いたこともなかったのに。
寂しい。ぼんやりと待っている間にも皆戦っているのに自分は天気がいいなぁなんて呑気に考えて、ひとりぼっちの静かな空間に耐え切れなくなりそうになる。

一人での外出は厳しく禁止されている。そのせいで巻き起こされる新たな事件で、手間取らせることになるのは目に見えているから自重した。
では、今何が出来るだろう?せっかくのいい天気を仮眠室のベッドにごろんと横になりながら窓越しに眺めて。

ごろんごろん。

布団を抱きしめて転がる。
ああ、そうだ。思いついた。


「布団干そう!」


いい天気だし、ライブラの建物は見晴らしもよければ日照りも抜群だ。仮眠室にある布団を干して今よりももっとぽかぽかのふかふかにする。いい考えじゃないか!布団をひきずって干す。これだけなら問題の起こりようだってないはずだ。だいじょうぶ、これくらいならできる。がんばれわたし、と自分を奮い立たせて勢いよくベッドから飛び起きた。

そういえば皆が出て行ったのは昨日の夜も遅くだった。あれからもう朝がきて、太陽は真上にのぼる正午になった。きっと帰ってきたら眠たくてくたくたのはずだ。それぞれが自分の家に帰る可能性のほうが高いし、仮眠室じゃあ落ち着かないだろうけれど。もしかしたら。誰か心底疲れて家に帰るのさえ億劫な人がいるかもしれない。
布団を干して、ふかふかの布団で、快適なベッドを用意しておこう。

それくらいしか、できないのが申し訳ないのだけれども。




どうしてこうなった。なんだこれは。
再びアリスは自問する。




事件が解決して帰ってきた人のためにできることをしようと思った。どこで布団を干そうか、ライブラの建物の中で一番日当たりがいい場所を探し回って。見つけたベストポジションへと布団を運ぶ。小柄なアリスには軽い布団といえども運ぶのは結構大変だった。勢いよく布団を広げ、太陽の下でぱんぱんとはたいて。とばされないように、部屋をひっくりかえして見つけた洗濯バサミ(おそらくはギルベルトが普段使っているのだろう)で挟んでやる。

いい仕事したなぁ、と一息つく。まだ、耳慣れた誰の足音も聞こえてこない。風にのって街の喧騒が耳を掠めていく。クラクションの音や、人の叫び声や笑い声、爆発音なんかも聞こえた。あの音のどれかの中でライブラのメンバーが奔走しているのだ。
いつもどおりのヘルサレムズロットの音だ。だから大丈夫。寂しいけれど、いつもどおりだ。遠くの賑やかな音が少しだけ小さくなれば、この静かすぎる部屋が今度は賑やかになる。

ギルベルトが入れていってくれた、もう温くなってしまったミルクティーを自分のマグで飲む。膝を抱えて耳を澄ます。
きっと皆は飲まず喰わずだ。以前は、こういうとき申し訳なくって何も食べれなかったし、飲めなかったし、眠れなかった。自分だけ呑気に、そんなことしていていいんだろうかって。でも、帰ってきたみんなを見るなり安心してばったり倒れてしまうことを繰り返していたらクラウスとスティーブンにこんこんと説き伏せられた。

クラウスには真摯に。
スティーブンには呆れ気味に。

ひとりでもちゃんと食べなさい。ちゃんと飲みなさい。ちゃんと寝なさい。それでも、と子供のように途方にくれて愚図ってしまう。
家ではちゃんと聞き分けれていたのに。ライブラに来てから、どうにもうまくいかない。

帰ってくるなりアリスさんが白い顔でばったり倒れられる方がお二人は堪えるのですよ、とギルベルトさんに言われて。ああ、そういわれれば倒れて目を覚ました後はいつも二人は困った顔をしていた。
いつもどおりのアリスさんでよろしいのですよ、と。



さびしいし、もうしわけないし、ふあんだし、しんぱいだ。
ひとりがこわい。
なんてことだ、こんなわがままゆるされない。
いつもどおりってなんだろう。



いってらっしゃいと、無能者のわたしじゃあ効果なんて望み薄なのに“祝福”を送るようになった。
普段よりは少な目のご飯を食べて、おんがくをぼんやり聞いたり、本を眺めたり、花に水をやったり、デスクを意味もなく濡れ雑巾で磨いてみたり(最後のは絞りがあまくて一度書類が濡れてへにゃへにゃになってスティーブンに怒られたこともあったが)。
ベッドで大人しくは眠れなかったからライブラ中のいろんなところでうとうと浅く眠る。資料室のすみっこや、クラウスやスティーブンの執務机にあつらえられた椅子。ソファや、時々はふかふかの絨毯の上で。
結成初期のライブラは今よりも人手が足りなかったから、一人で待つ時間も多かったけれど、月日がたってそれなりに落ち着きを見せ始めた組織となって、以前に比べればそうした時間も格段には減ってきているのだが。

いつもどおり。
皆がかえってきたら、おかえりなさいとハグをする。
それが一応、アリスが無能者の自分にできる精一杯なのだからと。



日が傾いたのに気がついて、眺めていた本をデスクに放り投げて干した布団をとりこみにいく。時間は三時を少しすぎたころあいだろうか。二時間近く干した布団はふかふかで、太陽のにおいがした。
布団ひきずってあるかないように、注意して、慎重に慎重を重ねて。せっかくのふかふかを死守しようと思った。
が。
アリスの記憶にあるのはそこまでだ。そのあと、自分はどうしたのだ。



三度考える。
どうしてこうなった?



ふかふかの布団が自分の真下にある。そして。
布団の上にのっかっているのはアリスだけではなかった。

ちらりと視線を右におくれば、スティーブンが。左におくれば、クラウスが。
一緒になって眠っていた。アリスの両手をそれぞれとぎゅうと手をつないでいる。
三人で川の字になって、おそらくは絨毯の上で寝ッ転がっている状態。いったいいつのまにこんなことになったのか。
みじろいでアリスの手が揺れる。
んん、と二人が唸る。かちん、と瞬間体を固くする。疲れて寝ているのに、起こしたら大変だ。いやでもここで転寝はよくないのでは?窓から差し込む光はオレンジ色で。夕暮れ時だろうか。時計が目に付く範囲に見当たらないから正確な時間はわからない。どうやら布団を運んでいる途中で眠気に負けてしまったようだ。そうこうしているうちに二人は帰ってきたのだろう。
寒いか、と思いきや下の布団はふかふかだしいつのまにやら毛布もかけられていた。ギルベルトだろうなーとさすがのラインヘルツ家執事殿に心のなかで感謝した。
起こしてくれればよかったのに、と思いつつもきっと疲れていたんだろうなぁと思うから、大人しくそのままの体制を維持する。

(……もうすこし、いっか)

きっと、食事やなにかをギルベルトが用意しているに違いない。手伝いにも行きたいが、夕暮れ時の優しい陽と、二人の寝息。相変わらず部屋は静かだけれど、伝わる温もりにほっと胸をなでおろす。安心して、だからまた眠気に負けてしまう。だめだなあ、と自分に呆れつつ。
手放しがたい温もりに甘えて。

どうしてこうなっちゃうのか。
つぎこそはがんばろう、なんて甘えたことをまどろみの中で。



そしてきょうも、いつもどおり。
めをさまして、おかえりなさいのハグをして。
みんなで、ギルベルトが作ってくれたご飯を食べるのだ。



***



「あーあー、まぁたこんなとこで。今日は何してたんだ」

スティーブンは着ていたスーツのジャケットを放り投げネクタイをくつろげながら、床の上で布団に埋もれるアリスを靴で転がす。勿論クラウスに「スティーブン」と窘められた。

「毎度ながら困ったもんだ。これ仮眠室のだろ?」

これからまさにそこを使うつもりだったスティーブンはやれやれと嘆息し、どさりとおもむろにその場へと腰をおろした。

「帰ってきたときの我々のためを思ってくれたのだろう」

すうすうと眠り込んでいるアリスの横に同じように腰をおろしたクラウスが乱れた髪をそっとなおしてやる。

「途中で力尽きた、と。……あぁ、にしてもこの顔。こっちまで眠くなる」

うむ、とめがねをずらしクラウスも目をこする。

「穏やかな寝顔だ。起こすのは忍びない」
「起こさないで“おかえりなさいのハグ”しそこなったら煩いし面倒なんだけどなぁ」
「ん」
「おいおいクラウスつられてるぞ」
「……スティーブン、きみも瞼が重そうだ」

ごちゃごちゃとアリスを挟んで会話する男二人の気配に気がついたのか、んん、とアリスが唸る。細い腕が持ち上がり目をこする。うっすらと、まぶたが持ち上がってとろんとまだ眠りからさめきっていない瞳が二人を映した。

「ん……あ、あー、ふたりとも、」

寝ぼけてかすれた声で、へにょりと緩んだ笑みを浮かべ「おかえりなさい」とアリスが自分を覗き込んでいる二人に告げた。
いつのまに握り締めたのか、ぎゅうと横においていた手が小さな手に捕まっている。

「ただいま」の言葉よりもはやく「おかえり」を告げて満足したアリスはまた布団に沈み込んで眠りの世界へと戻っていく。握った手だけは離さずに。


「……」
「……」


二人で顔を見合わせる。そうしてふかふかの布団の上へと大きな男二人がのっかった。


「寝るか、もう」
「そうしよう」


ふりほどくのは簡単だけれど。
ぎゅうぎゅうと無意識に握りこんでくる小さな手の子供体温に眠気を誘われて。太陽の匂いがしそうなふかふかの布団に沈み込んだ。



「おや」部屋の片隅にで床に転がって仲良く並んで眠っている三人をギルベルトが優しげな眼差しで見つめた。すぐさま引き返して毛布をそっとかけてやる。やはり寒かったのか、毛布に無意識に三人がもぐりこむ。


「さて、お食事の支度でもしておきましょうかね」



そして今日もいつもどおり。









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