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Dogs never bite me. Just humans.


犬は決して私に噛みつきません。裏切るのは人間だけです。

(マリリン・モンロー)



仲間の一人を始末した。CIAだかMI5だか、とにかくライブラの情報を奪おうとする組織から送り込まれてきたスパイだった。何度目かもわからない、もう数えることも随分と前にやめてしまった。物言いたげなクラウスの視線から、とにかくスティーブンは逃げ出した。

裏切るのは人間だけ。偉大な女優はそう言ったらしい。スティーブンにはそこに但しクラウスを除く、と続くが誠に至言であろうと思う。裏切ることも、裏切られることも、クラウスにさせたくない。あの高潔な男をそんなことで汚してしまうことは何より許しがたいと思うから、いつだってスティーブンは彼の盾であらんとする。あらゆる汚い些事から遠ざけて。

裏切るのは人間だけ。仮眠室の扉に背をおしつけて自嘲した。

「わん」

だれもいないとおもっていた仮眠室で、まぬけな鳴き声がした。

「わん」

ベッドの上にアリスがいた。

「……ついに頭に虫がわいたのかい」
「犬は決して噛み付かないって、スティーブンさんが言うから」
「は?」
「擬似アニマルセラピー?的な」
「君が犬か」
「首輪はついてませんけども」

血統書はついてますよ、とベッドの上をごろごろと転がりけたけたとアリスが笑う。

「キャンキャン煩い小型犬?趣味じゃないなぁ」
「ひどいなぁ。スティーブンさんはあれっぽい、ほらロシアかどっかの犬」
「ボルゾイ?」
「そうそれ」

犬は昔飼ってみたくて本でよく見てましたよ、とアリスが続ける。彼女の兄も愛犬家らしい。一番の愛犬は多分言わずもがなである。

「クラウスさんは軍用犬っぽいですよね。シェパードとか!玄関先を守ってくれそうな感じ」
「裏切らないしね、あいつは」
「ばうわう」
「馬鹿みたいなことしてるって自覚あるかい?」

スティーブンは呆れた顔をする。

「お手」
「わん」

にこにこと、差し出したスティーブンの手に小さなアリスの手が重なる。

「三回まわってわんって鳴いて」
アリスは言われたとおりにくるくる回り、わんと鳴く。人間としてのプライドをどこにおいてきたんだと、いっそ心配になってくる。そもそもこの小型犬だって信用ならないのだ。こうして懐いてみせていても、彼女の主人は兄だろう。
ふれていた手が離れて、そっと扉を背にずりおちしゃがみこんだスティーブンの髪にそっと指先が触れる。


「ボルゾイは、厳しい寒さに強いオオカミ狩りの猟犬でロシアの貴族に飼われてたんだそうです。主人の指示を忠実に守るんじゃなくてむしろ自分の判断で行動する傾向強くて、優雅な外見からは想像できないけどひょうきんで人懐っこい犬なんですよ」

確かに似ている。
牙を狩る、ドイツ貴族の犬で、主人の指示そっちのけで、行動する。
そして、僕は決して彼に“噛み付かない”


「胃捻転注意だそうですけど、胃、だいじょうぶですか?」
「……だいじょうぶにみえる?」
「今晩は、ギルベルトさんとジャパニーズお鍋しようって話してます。胃に優しげですし一緒に食べましょう」


小型犬はスティーブンの手を取り立ち上がらせた。












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