北斗くん頑張ってる | ナノ

北斗くん頑張ってる

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 北斗はJupiterを愛しているので、そのメンバーである冬馬と翔太が珍しく拳一つほどの隙間を空けて座っているのを見て少し不安になった。普通なら十分近い距離だが、なにせ接着されているのかと疑うほどのあの二人がこれだけ離れていたら何かあったかとも思うだろう。訊いてもいいものかと悩んでいたら、二人が同時にゆっくり傾いていって肩をくっつけた。いつもの感じだ、と見ていると数秒も保たず「あっつ……」とこれも同時に唸って反対側に倒れる。なるほど、と北斗は合点がいった。
 ちょうど今朝事務所のエアコンが壊れたのだ。社長がパッションパッション連呼したために室温が上がりすぎたらしい。午後には業者が来る予定で、Jupiterを除くユニットは皆あちこちのスタジオやどこかに避難していた。三人もプロデューサーが来しだい現場に向かう手筈だ。
「暑い……溶けちゃう……」
「暑いって言うな……」
 プロデューサーとの約束までまだまだ時間があった。並みの暑さならば平気で越えてきた三人だが、社長のパッションの名残りが漂う常軌を逸した暑さである。だいぶ参っていた。
「水分はちゃんと摂ってね、二人とも」
 北斗としても、汗だくなのは不快だったし何より二人が心配だった。まだ子供の体には特に負担だろうし、いつもくっついているものが離れていると収まりの悪さを感じる。この間までこれが普通だったのになあ、と思いながら北斗はペットボトルのスポーツドリンクを飲み干してしまう。
「……コンビニ行くか」
 空のペットボトルをゴミ箱に投げ入れ、北斗は嫌そうに呟く。コンビニ自体は涼しく好ましいが、今事務所の前はちょうど日光が真っ直ぐに当たる時刻だった。
「コンビニ? 良いじゃねーか俺も行く!」
「えー……じゃあ僕も……でも外暑そー……」
「おまえここで待ってろよ」
「この暑いのに一人は死んじゃうって」
 昼寝も出来ない暑さだ。三人は立ち上がる。日光を警戒し、北斗は日傘を手にする。家族に勧められて買った折りたたみの量産品だが、案外重宝している。
「入れてっ」
 日傘を広げると翔太が陰に入ってきた。すると反対側から冬馬まで押し入ってきてぎゅうぎゅうになってしまう。もう暑すぎて日傘の意味は無くなっていたが北斗はJupiterが大好きなので許せた。多分二人はいつも近いせいで人との距離感がおかしくなっているのだろう。他の人にはしないように上手く伝えなくてはならないという新たなミッションに頭を悩ませながら北斗は歩き出し、二人もそれに並んだ。
 少し進んだところで、北斗は背中側で交わされる会話に気付く。日傘の陰に入るために北斗を囲うようにしながら、二人がこそこそ話していた。
「……おい、おまえ北斗に近すぎねぇか」
「え? なにそれ。冬馬君こそ近いじゃん」
「日傘が小せぇんだよ」
「僕だってそうだよ」
「でもおまえが先に入っただろ」
 これは、と北斗は気付く。これはもしや痴話喧嘩の火種になってしまっているのではないか。欠片も望んでないのに。
 そうこうしているうちに目的地にたどり着く。日傘を畳むと二人も離れて涼しくなる。完全に本末転倒だった。
 涼しい店内に入っても、翔太と冬馬の距離は縮まらない。人目を気にしているというよりは拗ねている。バラバラに商品を見て回る二人を気にしつつ北斗は大きめのスポーツドリンクと飴を選び、それから二人を呼ぶ。
「アイス奢るよ。一人一つね」
「いいよ俺が買うって。リーダーだし」
「僕どっちでもいいよ」
「今日は俺が連れ出したんだから、俺が買うよ」
「……じゃ今日はありがたく」
「ありがとっ、北斗君」
「うん」
 アイスケースのあっちとこっちで選ぶ二人を見ながら、北斗は寂しさを感じる。自分に一切非がないと分かっているが原因になってしまったのは確かだ。アイスで機嫌が戻ればいいのだが。
 帰りはアイスを食べるために日傘は差さなかった。正直それは言い訳で、もう挟まれて蒸されるのはごめんだという気持ちが強かった。
「おいしい?」
「うん! ありがとー北斗君」
「サンキューな、北斗」
 なんとなくまた火種にされそうな気配を感じた。いくらなんでも理不尽だ。北斗は「道塞いでるから」などと言いながら移動し二人の後ろに着く。
「まだ怒ってるの? 冬馬君」
「怒ってねえ」
「だって日傘入ったのは冬馬君も一緒じゃん」
「分かってるけど……」
「けど?」
「おまえ、俺が好きなんじゃないのかよ……」
 完全に拗ねた子供みたいな口調で言うものだから見ているだけの北斗さえ反応に困って無意味に辺りに視線を配る。直球で受け取った翔太も言葉を探してまばたきを繰り返した。
「えっと……冬馬君は、僕が冬馬君のこと嫌いになると思う?」
「思わない」
「当たり」
「でも俺よりもっと好きな人ができるかもしれないだろ」
「しれなくないよ。冬馬君は僕より好きな人できるの?」
「できない」
「ほらあ」
 ただでさえ暑い上に目の前の会話のせいで目眩がした。なんだこれ。
 だが会話の中身はさておいて仲直りしたのは喜ばしい。北斗は二人を微笑ましく見守りながら、プロデューサーが帰ってくるまでに二人の距離を適切に調整しておく手順を考え始めた。
20180727

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