眠る度に、目を覚ます度に「夢であればよかったのに」と何度思ったことだろうか。
 体を起こして噎せ返るような気怠さを抱える胸に、彼はそっと手を添える。普段なら落ち着いたように小さく動く心臓が、この日ばかりは大きく脈を打っていた。
 焦げた茶色の髪がぱさりと頬を撫でて落ちる。冷えた体を温めようと手を擦るが、何の意味も持たないことはよく分かっている。恐れるように脈打つそれは、彼自身の罪の重さを思い知らせるようだった。
 生温かい体が冷えていく感覚。力が入らずだらりと倒れる体を支えたときの重さは今までに感じたことはない。笑っていた筈の顔には血の気はなく、死んだ魚のように虚ろな瞳がふたつ。目を閉ざしてやって、最期にまともに顔を合わせたのはいつ頃だろうか、と考える。
 気付いてやれなかったことへの罪悪感と、彼女に出会ってしまったという後悔が波のように押し寄せた。胸に当てていた手を見れば赤い血が付いているような錯覚に陥る。
 彼は忘れたことはない。彼女の月のような微笑みも、太陽のような明るさも、季節が巡るように移り変わる表情も、胸の中で生き絶えた静寂も。一度たりとも忘れたことはない。

「…………ああ……愛していたよ、本当に」

 罪を抱えたまま、ポツリと彼は呟きを洩らした。

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ずっと忘れない


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