言葉を紡ぐという方法は、私にとって伝える手段に他ならない。手足が使えなくとも脳と口だけ動いていれば、相手には伝わるのだから。私は私の個を主張する知識を吐き出させられた。手足は拘束されて身動きもままならない。精神的苦痛と肉体的な痛みは思考回路を乱していった。
 私が言葉を紡げば人間はそれを聞き入れる。命を植える方法、動物を狩る方法。それに留まらず、お父様への干渉を、世界を呪う方法を、厄災を呼び起こす方法を、全てを壊す方法を私の口から吐き出させた。無論、それは本意ではない。お父様への干渉は私達への侮辱。禁に触れるものである。
 それへの憤りに加え、私は畏怖していた。核心に近付くにつれ、私という存在を抹消させる為の禁忌に触れようとしていたからだ。……いっその事、消してもらえれば楽になれるのだろう、と何度思った事か。浅はかな私は傷だらけの裸体を床に投げ出して、虚空を見詰めていたものだ。
 ――その時だっただろうか。自我を無くす程に虚無に塗れた私に、鬼が「我を呼び起こしたのはお前か」と呟いたのは。なかなか威勢の良い呟きに目の見えない私は聞き耳を立て、「あなたは」と言った。反面、鬼は言うのだ。「其方のような存在が都合の言いように扱われているのは可笑しな事よ」

「何故、抵抗しない」

 鬼の言葉に私は力が入らないのだと、目が見えないのだと言えば、鬼が呟いた。

「ならば我がお主の目になろう。パンドラの眠りから起こした礼だと思え。鬼神たる我が居れば、お主の自由も利くだろう。のう、大鴉よ」


 目を、開いた。動悸が激しい。この私が過去を思い出す。憎き情景。私は人間が嫌いだ。ならば、手駒として扱えば良い。捜さなければ。彼らの子孫を。根絶やしにしなければ。憎しみの根源を。

「……百鬼、そこに居るかい」

問い掛ければ鬼がほう、と煙を吐いた。

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鬼と鴉


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