月見から早くも数週間経った月末。ノーチェは終焉と歩く街並みの変化に、ぼんやりと目を配らせる。
そこそこだった飾りつけは華やかに。家や店先にはくり貫かれたかぼちゃがどっしりと身を構えている。中は空洞になっているようで、目や口のような形をした隙間から、ちらりと何かが見えた。
蝋燭か何かか――。何らかの面影が見えたような気がして、じっと覗いていると、声を掛けられる。「ノーチェ」と、相変わらず耳障りのいい低い声色だ。
ふ、と振り返ってみれば、案の定終焉が無表情のまま立っている。片手に袋を携えて、帰ろう、と一言だけ紡いだ。
毎日の恒例となった荷物を受け取る動作だけをすれば、一度渋ったあとに袋を手渡される。がさりと音を立てて胸へと飛び込んできたそれを、彼は落とさないように支えた。
中身は普段のように野菜や果物、夕食に使えるようなものばかり。今日は何を作るんだろう――、そう小さく心を躍らせていると、ふと気が付いてしまう。
男の片手にはまだ袋が携わっている。それも、先程ノーチェが手渡されたものと同じ程の量だ。
重そうには見えないが、軽そうにも見えない。ちらちらと顔を覗かせる袋――小麦粉だろうか――が見えた。その他に何が入っているのかは分からない。
しかし、ノーチェはそんなことを気にするつもりもない。自分にできるのは、あくまで力仕事だけ。だからこそそれも受け取ろうと手を伸ばしたが――、すんでで終焉がノーチェの手を避けた。
「これをノーチェが持つ必要はない」
たったその一言だけが告げられて、制止を食らった彼は小さく口許をへの字に曲げた。まだ頼りない貧相な人間だと思われているようで、何故だか妙な苛立ちが胸に募る。
初めて出会った頃に比べれば体つきは良くなった。肌の質感も変わり、髪の毛は柔らかさを取り戻した。毎日出される食事の所為で肉付きも良くなり、そう易々と野垂れ死にするような人間ではなくなった。
早く死にたいのに死なせてもくれない男についてきた結果、着々と健康に近付いているのは確かだ。
――それなのに、一向に得意な雑用は任されないものだから、不機嫌にもなってしまう。
そんなに頼りないのだろうか。
初めこそはふて腐れていたような表情を浮かべたものの、次第に彼は頼りにされないことに落ち込みを見せる。ほんの少し視線を足元に落として、終焉の後を追おうとする足は僅かに重くなる。
特別頼られたいわけではないが、月日を跨いで尚頼りにされないことが、少し寂しかった。
そんなノーチェの様子が気になったのか、何かに違和感を覚えたのかは分からない。だが、終焉は一度振り返ると彼の頭に手を置き、相変わらず愛でるようにくしゃくしゃと頭を撫でる。
まるで犬でも愛でているかのような手付きだ。
――だが、ノーチェはその終焉の手が嫌いなわけではない。手袋越しにある手のひらから、表に出てこない男の感情が分かるような気がした。
慰めだか、気紛れだかは分からない。ただ一思いに撫で回して、ノーチェが「もうやめて」と言えば、大人しく離れる。
特別嫌な気持ちにはならないが、人だかりの多い場所でやられるには少し気恥ずかしい。――そんな気持ちを汲み取ってか、一度辺りを見渡してから終焉は「帰ろうか」と呟いた。
「なあ、それ。それ、何すんの」
わざわざ歩幅を合わせてくれる男に話し掛け、彼は反応を窺う。こっそりと横目で終焉を見上げるが、男は前を見据えたまま「ああ」と生返事をひとつ。答えてくれるのか、くれないのか。その狭間で揺れているように見える終焉に、ノーチェは期待を寄せる。
コツコツと足を踏み鳴らす終焉の答えが欲しくて、彼は耳を澄ませていた。
実際は返事などもらえなくても構わないのだ。終焉には関係があって、ノーチェには関係はない。それは、ノーチェ本人もよく分かっていることであって、下手に返事をもらおうなどとは思っていないのだ。
だからこそ街を抜けた頃に彼は「答えなくてもいいや」と言った。終焉が答えあぐねているように見えるのは、彼の勘違いかもしれない。普段の無表情からは終焉の考えごとなど、読み取れるはずもないのだから。
「多分、俺には関係ないと思うから」
そう言ってノーチェは視線を前に戻して、半歩後ろに下がってから終焉の背を追うように歩いた。道中、ほこりが口に入ったのか、喉に違和感を覚えてノーチェは咳をする。
けほけほ、と小さなものだったが、その咳に終焉がピタリと足を止めたのが分かった。
何せノーチェが終焉の背にぶつかってしまったからだ。
「わっ、ご、ごめん」
咄嗟に謝罪の言葉を口にして、ノーチェは終焉の顔を見上げる。
男は振り向いて彼の顔を見つめたあと、僅かに視線を逸らし、「すまない」と小さく口を洩らした。
意図しない突然の謝罪に、彼は目を丸くする。
「考え事をしていた。何か話し掛けてきたろう? 無視してしまう形になってしまった……何を作ろうか考えていたんだ」
空いている手でノーチェの頭を執拗に撫でて、男は機嫌を窺うようにじっと彼の顔を見つめていた。心なしか不安そうに見える赤い瞳に、ノーチェは「気にしてないから」と咄嗟に言い張って、撫でる手から逃れようと試みる。
手袋越しの冷たい手。その冷たさを相手に伝えさせないように、常時黒い手袋を着けているのだろうか。
わしゃわしゃと撫でる手を、自分の空いた手で掴み取り、「気にしてないってば」と言った。
一度でもノーチェが機嫌を損ねたと思わせたと思えば、男は機嫌を窺うように必死に取り繕うとしてくる。実際は対して気にも留めていない事柄だからこそ、彼はそれが少し鬱陶しいと思えてしまった。
「別に、俺はそんなに気にしてないから……」
「んむ……」
そう言って掴み上げた手を終焉に返し、ノーチェは屋敷に向かうために歩を進める。手を突き返された終焉は唇を尖らせて、不満げな表情を洩らしたが、男を待つ様子の彼を見て再び足を踏み出す。
歩幅が違う所為か、終焉はすぐにノーチェの隣に並んだ。黒く長い髪が前を向くノーチェの視界の端に映る。自分とは異なって、癖もなければ色も違う髪だ。
彼はそれを視野に入れると、もう一度終焉を見上げた。晴れた日差しの下で、隠すようにフードを目深にかぶっている。その隙間から長い髪が垂れて、歩く度にふわりと揺れた。
――思えば、街中でも終焉以外の黒髪を目にしたことがない。
ノーチェの一族であるニュクスの遣い≠煌F、白髪の持ち主ばかりだった。その所為で黒髪に目を惹かれるのかと思ったのだが――見慣れた筈の今でさえも、終焉の黒髪に視線が誘導されてしまうことがある。
その理由を彼は特に気にしてはいなかったが、ふと気が付いてしまったのだ。
ルフランに来て以来、ノーチェは終焉以外の黒髪を見たことがない。それは以前気が付いたことではあるが、どうしてかなんて気にしたことがなかった。
そんなものを気にするほど、男に興味を持っていなかったのだ。
それが今気になってしまうということは、少なくともノーチェは終焉に対して少なくとも興味を示しているのだろう。
――いや、示していると言っても過言ではないのかもしれない。何せ男は同性でありながら、ノーチェを愛していて、自分を犠牲にしてまで彼を守り通そうとするからだ。衣食住は完璧に整えて、何不自由ない生活を送らせようとしてくる。
明確に言葉にされた試しはないが、恐らく終焉はノーチェを奴隷から解放させたいと思っていることだろう。一番に鎖を切られた理由がそうであるとするならば、終焉がノーチェを庇うのもどこか頷けるような気がした。
――最も、それがノーチェを愛する要因になるかどうかはまた別ではあるが。
――なんて考え事をしている間に、二人は街から離れた屋敷に辿り着いた。柵の囲いから草が顔を覗かせているのを見て、終焉が手入れをしないと、と言葉を洩らす。
ほんの少しの乱れも許さない男の性分が、ここでも見え隠れするのだと彼は思った。あまり気にならないけど、なんて呟いてみれば、「見てくれは悪いだろう」と男は言う。
柵の合間から伸びるツルを見かねて、ノーチェもそれはそうかと小さく頷きを返した。
その足取りで屋敷の扉を開けて、二人は中へと入る。靴を脱ぎ、絨毯の上を歩きながらキッチンへ向かうのは、最早日常のひとつだ。
食材が詰まった袋を机に置いて、冷蔵庫にしまうものを選別する。分からないものは終焉に訊いて、言われた通りのことをこなす。たったそれだけのこと。
それだけの作業を終えると、終焉が携えていた袋が音を立てて倒れてしまった。
「あっ」
――幸い、割れて困るようなものは入っていなかった。
声を上げたノーチェに対して、慌てもせず平然とした態度の男がそれを立て直す。
袋の口から溢れるように出てきたのは、やはり小麦粉。それに、牛乳やら、バニラビーンズやら、チョコチップやら――お菓子作りには欠かせないものが入っていた。
無論、彼自身もその材料がお菓子を作るためのものであるのは分かっている。甘いと言われるものの数々、お菓子作りに必要不可欠な小麦粉。卵――は十分な量があるから追加で買ってはいないようだ。
――それらを見かねて、ノーチェは終焉が何かを作ろうとしているのは分かった。だが、その量と数が普段よりも多く思えて、小さく首を傾げる。
「……今日、いっぱい作んの?」
何気なくそう訊ねてみれば、男は材料を一瞥してからほんの少し視線を逸らし、「まあ」と言った。
「収穫祭の雰囲気には乗ろうかと思って」
机を撫でて、「何を作ろうか悩んでいたんだ」と告げる様は、悪戯を白状する子供のようにも見えた。
秋の祭りである収穫祭は、子供達が仮装をして街を徘徊し、大人達に菓子を強情る祭りだ。
本来、収穫祭はその名の通り、秋の収穫を祝う行事とされている。その祝いに先祖の霊が家族に逢いにやって来て、数日の間は滞在するものであると言い伝えられているのだ。
――だが、その先祖に混じり、悪霊が一緒にやって来ると言われていた。
名の通り悪霊は小さな悪戯から、大きな悪戯まで――作物を荒らすことから、子供攫いまでやると言い伝えられている。
その悪霊達への対処に、彼らはこちらが幽霊の仮装をして驚かせることを思い至ったのだ。
生身の人間の筈が幽霊のような見た目をしていたら、相手も驚き、逃げ帰るだろう――という考えで。
――その風習が今も強く根付いていて、彼らは秋の祭りには仮装をして街を巡り歩くのだ。
仮装をした子供達のお決まりである台詞は、悪霊達の真似事でもしているのだろう。
ほんのりと軽く説明を溢した終焉に対して、ノーチェは僅かに考えるような素振りを見せる。何だろう、どこかで聞いたような気がする――なんて思って、眉を顰めると、男と目が合った。
――そこで、ふと思い出すのだ。
「――あ、そっか……アンタの部屋にある本だ」
確か本にそれらしいのが書いてあった気がする。
小難しい顔をしながらノーチェは終焉を見つめて、記憶の糸を辿る。流し読みしていた本には「お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ」なんて台詞があったような気がして、一人で納得したように「そっか」と呟いた。
説明をしたが、彼自身にそれなりの情報があることを知った男は「話が早い」と言う。詳しい話はする必要もないと思っていたが、話をしなくとも彼は事の流れをそれなりに理解しているのだ。
だからこそノーチェは、参加しないんじゃないの、と終焉に問い掛ける。
以前独り言のように呟いていた言葉は、収穫祭には参加をしないといった旨の言葉だ。そうなれば余計なお菓子作りも、費用も掛からなかった筈なのに、手元には沢山の材料がある。
結局参加するのかと何気なく問い掛ければ、終焉は「万が一に備えてな」と言った。
「万が一……本物がこっちに来たら危ないから」
何気なく呟かれたであろう言葉に、ノーチェはいよいよ理解が追い付かなくなった。
生地を切るように混ぜて、型に流し込んで、焼いて完成。
――その行程を目にすること数回。ノーチェは皿に盛られた焼き菓子を見つめて、「うわぁ」と小さく口を盛らす。
カボチャの色に染まったクッキーならまだ許せる範囲だが、紫色に染まったそれには流石に引け目を覚えた。着色料か何かを使っているのかは、生憎ノーチェには分からない。
ただ、普段のものを見ている分、紫色のそれを食べたいとは思えなかった。
本で嗜んだ程度の知識を得たノーチェは、「確か、『ハロウィン』って言うんだっけ」と言うと、同じようにクッキー達を見つめていた終焉が「そう」と答える。
「本来のものは儀式的な……こんな菓子を集り歩くようなものではなかったようだが」
私にはよく分からない。
そう言って紫のそれを手に取り、一口。祭りの雰囲気に乗るためか、珍しくカボチャやコウモリなどの形をしたクッキーを食べて、終焉は頷く。
味は悪くない。そう呟くが、どうにも次には手を伸ばそうとはしない。
「味は悪くないぞ」
「色味が悪いよ」
それとなくノーチェに勧めてきたが、食欲をそそる色ではないそれに、彼は言葉を返した。
終焉が次に手を伸ばすことがないのは、やはり色味が原因なのだろう。腕を組み、小さく唸ってから「色は重要なんだな」と納得するように呟く。
まるで「初めて知った」と言わんばかりの声色で――、この人もまだ知らないことがあるんだ、とノーチェは男を見た。
完璧な生き物だとしても、やはり欠点はあるのだ。
彼は終焉を化け物扱いはしない。その分「人間」の中で「完璧」の部類だと位置付けている。奴隷である自分にとっては、男は貴族のような人間なのだと。
――思っていたが、やはり完璧な人間などいないようだ。
「……アンタも大概人間なのな」
何気なくひとりごちる。
「私を人間扱いするのはノーチェだけだよ」
ノーチェの独り言に終焉は素知らぬ顔で返事をした。ほんの少し、口許を緩めたように見えたのは彼の気の所為ではないだろう。
人間扱いが嬉しいのかと思うと同時、ノーチェの視界の端で何かが動く。人間の動くものを目で追う仕組みが、例に漏れずノーチェにも働いた。
何だろう――そう思って目を向けた先には、どこから出したのかも分からないマフィンが載った皿が、終焉の手元に収まっていた。
ココアのように深い茶色。きつね色に染まる色。二種類のマフィンに手を伸ばして口直しと言わんばかりに頬張り、男は咀嚼をする。
「色を変なものに染めるのはやめよう」
甘いそれを呑み込んで、思い立ったように発した終焉の言葉に彼は「そうだな」と言う。
いつ出来上がって、どこから取り出したのか――ノーチェの頭にはその疑問だけが浮かんでいて、独り言に生返事をしてしまう。
そもそもの話、嫌だと思うのなら可笑しな色に染めなければいい話なのだ。味は間違いなくとも、見た目から食べたくないと思わせるものなら、尚のことである。
それでも終焉が紫色に手を出した理由は――。
「見た目は……ノーチェの色なんだがな……」
ぽつりと呟かれた言葉。それに時間を掛けて理解を示したとき、彼は咄嗟に自分の目元に指を添える。
ほんのり黄色に寄せたプレーンの色味と、紫を彼の瞳の色と見立てたようだ。思えばいくつかの形の中に、器用に三日月の形をしたものが混ざっている。
それらを的確に手に取って、ひとつひとつ丁寧に並べ始める。
三日月から始まって、半月を迎えて、満月になる。そこからまた半月になり、三日月を迎えて、新月を紫の生地で再現したクッキーが順番に並ぶ。
今年は貴方がいるから遊んでしまった、と終焉は呟いた。心なしか、声色が弾んだように聞こえるのは気の所為だろう。
たった一人、世話をする人間がいるだけでこんなことをするのか。
食べてもいいぞ、と言ってくる終焉にノーチェは「そのうち」と答えた。
自分がモチーフになったものがあるというのは、どこか嬉しいと思ってしまう自分がいる。――しかし、それを食べようと思える色味ではないことが一番の問題である。
彼は並べられたクッキーを回収して皿に戻した。味に問題はないと言った終焉の言葉を信じるのなら、相変わらずの美味しさを誇っているのだろう。ほんのりと甘くて芳ばしい香りが鼻を擽るのは相変わらずだ。
並べられたうちのひとつ――三日月を摘まみ、口へと運ぶ。プレーンの見慣れた色味だけは食べられる筈だと噛み砕き、咀嚼をする。噛む度に漂う芳ばしさに胸を躍らせながら、喉の奥へと流し込む。
――ああ、やっぱり美味しい。
癖がない筈なのに、他にはない味わいが終焉の手料理にはある。
特別他のものを食べた記憶はないが、他の人間が男の手料理を口にすれば同じように思うことがあるだろう。魔女であるリーリエさえも絶賛しているのだから、他人が食べれば舌を肥やす筈――。
「…………?」
「……どうした?」
ふと自分の思考に不快感を覚えていることに、ノーチェは気が付いて首を傾げた。黒い靄が胸の奥に募っているような、奇妙な感覚だ。
彼の一連の動作を見たであろう終焉が、どこか不安そうにノーチェに訊ねる。もしやあまり美味しくなかったか、なんて続けて言うものだから、彼は咄嗟に「美味しい」と言い放った。
「美味しい。美味しい、から――」
他のにはあげたくないなって。
――そう言いかけて、ノーチェは咄嗟に口を閉ざす。自分が何を言おうとしていたのかを考えて、終焉が不思議そうに見つめているのを見ていた。
思えばリーリエに色々なことを言われて以来、不思議と意識してしまうことがある。
好きだとか嫌いだとか、そういった感情が言動に影響を与えてくるのだとすれば、彼は少なからず終焉を好んでいるのだろう。料理、言動ひとつ取ってもノーチェ自身の感情に響くものが、ないこともない。
美味しいだとか、綺麗だとか、終焉に対する感想が好意から来るものだ。
ノーチェは終焉のことを嫌っている節はないが、明確に好いている感覚もない。ただ何となく、傍に居て悪くないという感覚で屋敷に居続けていることもある。
何をしなくても殴られることもなければ、怒られることもない。やたらと好意を寄せられているが、変に手を出されることもない。
――そういった事実から、彼は男の傍に居ることを選んでいるのだ。
ただそれを、明確に「好意」とまとめてもいいのかは分からない。
それでもこの独占欲は、好いているものへの感情であることは確かな筈だった。
「――これ、赤色はねぇの……?」
長くも短い沈黙のあと、固まった雰囲気を誤魔化すためにノーチェはクッキーを手に持つ。満月を模した丸い形のそれに、他の色はないのかと問い掛けた。
男は考えるような仕草を取ったあと、「他の色は作ってないな」と彼に答える。作ったとしても赤色は難しいのではないか、 と悩み、何故他を求めるのかを彼に訊いた。
終焉からすれば美味しそうと思える色以外は作るつもりも、もうないのだろう。
終焉の問いにノーチェは反射的に唇を開いて
「だって、これを黄色って見立てんなら、赤色作ったらアンタの……目の色に……なると思って……」
――と言った。
――咄嗟に口を突いて出た言葉ではあるが、ノーチェ自身も何を言ってしまったのか理解はできていない。目の色が揃ったとしても、ノーチェや終焉に得するものはないのだ。
誤魔化すためとして発した言葉に、ノーチェはおろか終焉さえも首を傾げる。「お揃いがいいのか」なんて男に言われて返答に困っていると、終焉は徐にポケットをまさぐってキャンディの包みをふたつ取り出した。
「どうせならこっちの方が美味しそうだと思わないか」
そう言って机の上に転がった赤と、黄色に染まったキャンディを見て、ノーチェも呟く。
「……俺もこっちでいいじゃん……」
こっちの方が食べやすい。――そう告げると、終焉も納得したように「それもそうだったな」と言って、視線を逸らす。
男は上機嫌のまま、赴くままに行動した結果がこの状態なのだろう。恐る恐る紫のクッキーを手に取って、口にしてみれば――見た目は奇抜だが、味は悪くはなかった。
美味しいからいいやと思ったと同時、終焉が再びキッチンへと向き直る。料理をするときに稀にしているポニーテールが尻尾のように揺れたのを、彼はじっと見ていた。
「まだ何か作るの……?」
ぽつりと問い掛けた言葉に、終焉が答える。
「取り敢えず、作れるだけ作ろうと思って」
私の食事にも必要だしな。
――そう言って用意されていく材料達を見て、あとどのくらい作るつもりなんだ、と彼は眉を顰めて椅子に座った。