仕置きと愛と独占



「あっ……あ、ん……っや」

 こりこりとした強い快感、頭の中がぐちゃぐちゃに掻き乱されるような慣れ難い感触。ベッドのシーツを力強く握り締めて耐えようとしても耐えられない声に嫌気が差した。まるで他人のもので中身を掻き回されるように何度も気味の悪いそれを弄くり回す。空いているらしい手で女の体になってしまった俺の局部を慣れた手付きで弄んでいる。
 男とはまた違う体に奔る感覚に気が狂いそうだった。しかし、いつもとは違った感触を持つそれにはひたすら不快感を得ている。温もりも何もない、冷たい塊のように思える。いくら頭の中が白くなる程の快感を得ても、頭の隅ではどこか現実を見ている気がする。中が擦れて体中が火照る感覚とは裏腹に、心のどこかから冷えていく感覚が追うように這い上がる。拒絶と寂しさが落ちていく――それを知られたくない一心で、行為に意識を向けた。気持ちの良い場所を探るかのような弄ぶだけの指が、指だけが温もりを感じられる。それだけが救いのように思えた。
 自分の声とも思えないそれを抑え付けるため、唇を噛み締める。視界が微かに滲み始めているが、それを気にしないように。体は素直とはよく言ったもので、荒い呼吸も高鳴る鼓動も抑え付けられないが、何かを掴んでいれば気が紛れる気がした。

「……ベル」
「あっ……!?」

 不意に囁かれる熱い吐息と共に熱の隠る静かな声。耳を奔る痺れと快感にぞくぞくと背中に奔る奇妙な感覚。ちら、と横目でその顔を見れば、煽るような、挑発するような表情をしたノーチェが笑う。「やっぱり玩具の類とか苦手なんだな」と分かりきったように呟く。獲物を見付けたかのように舌で唇を舐めあげる姿が格好良く見えてしまうのは、惚れた弱みか――。
 ノーチェの手が髪を退かすように首元を掠めた。触れられた場所が疼き始める。そのまま口を開いて顔を近付けたかと思うと、鋭い歯で首元を突き刺した。不快感を上回る小さな痛みと、肌に当たる舌の温もり。血が抜かれていくような、喉を鳴らす音。その後に傷口を舐めあげるように首元を這う艶めかしい舌に思わず吐息を洩らせば、「早く欲しいんだろ」と耳元で呟かれる。

「ん……欲しい……っ」

 それに素直に答えるとノーチェは満足そうに体を離して、入れたままだった不快の原因に手を掛ける。

「ぅ、あ……っ!」

 それを一気に引き抜いて、床に投げ捨てたようで、何かが落ちるような音がした。「これに懲りたら女になったからってからかうんじゃねえぞ」――そう言って局部に擦れるノーチェのそれに、やけに敏感に飛び跳ねる自分の体。下半身から波のように押し寄せてくる快感に耐えかねて、全身に力を込めて迎える絶頂に吐息混じりの喘ぎを洩らした。
 男とはやはり違ういき方に戸惑いさえも覚えていると、穴を広げて入り込む感覚があった。大きさも硬さも温もりも、先程の玩具なんかより遥かに違っていて、途端に体中に熱が迸る。孤独も拒絶も寂しさも塗り潰すかのような大きさに、思わず「おっき……ぃ、っ……」と口を突いて出る。
 腰を持ち上げられて迫るそれにこの上ない快感を覚えていた。慣らすようにゆっくりと奥に入るそれが進む度にぞわそわと擽るような、形容し難い感覚に、自分でも自制が利かない程迎える回数が増えた気がする。

「っ……そんなに、欲しかったのかよ……やらしい奴だな……」
「あっ、や……! のっ、ちぇ……〜〜っ!」

 弱いと知ってか、やたらと耳元で囁く低い声に体を振るわせるのと、奥を突かれて頭の奥が痺れる快楽に堕ちるのは同時だった。締めすぎ、と吐息混じりの声が上から降り注いでくる。玩具を使われていた時の見知らぬ男に抱かれている感覚が、何よりも愛してしまった男がくれる愛情に塗り潰される喜びが蔓延っていく。
 ふと、ノーチェが呟いた。――奥、好きだろ。どんだけ激しくされても文句言うなよ、と興奮するように息を切らしながら。覆い被さるような感覚が消えた――それと同時に男らしい手が、女の体になってしまった俺の腰を固定するように這って、そのまま掴む。微かにノーチェのが抜かれると思うと、勢い良く再度奥を突いた。先程よりも明らかに違うその強さに息をする事を忘れてしまう。

「あっ、あ、んぁ……っ、あぁ……い、い……っ」

 もっと、口を突く言葉に何も言わずに応えるノーチェのそれが好きだった。肌がぶつかる音が心地良いと思うのは、すぐそこに居ると分かるからか、それとも熱を感じられるからだろうか。好きだと思う度に広がり続ける空虚を抑え付けたくて、キスがしたいと思った。ノーチェの顔が一番近くで見られる行為。綺麗な顔立ちと、思わず魅入られてしまう瞳がよく見られる行為。――それでも激しくなるこの行為も好きだった。ひたすらに奥を突いて、時折気持ちが良いと思う場所を探り当てて、ノーチェ自身がよく感じられる嬉しさがあった。
 ――何度目かの快楽に溺れた時、男の時と同じような感覚に陥った。中にあったものを外に出す感覚だ。それが、今もあって、「んんっ」とそのまま衝動に駆られると全身に力が込められなくなった。「そんなに、良かったか……?」と微かに言葉が聞こえた。自分が何度もいかされる中、時折下半身に吐き出されるような感覚が迸るのを感じる。特に何も出来ていないけど、俺でいけたのかと、熱に溺れる頭で考える。こいつの欲を満たせるのかと、満たせる為の何かがあるのかと、俺の空虚を埋めるだけの何かを際限なくくれるのかと――。
 そこまで朦朧もする意識の中で考えていた。止まる事を知らないノーチェの動きにまた終わりの見えない絶頂が見えた。あと何回迎えればこれは終わってしまうだろうか――そう思った矢先、ノーチェが荒い呼吸をしながら言う。

「……悪ぃ……もう、これで最後な……っ」

 女遊びをしすぎたらしい、という。そう言って数回強く腰を振ってノーチェが俺の中を掻き回すように奥を突く。今までより強い快感だった。どんな記憶も塗り潰すように、挙げ句それ以外を考えさせないように。後ろからやられていて顔を見られない――それを良い事に、誰ものかも分からない甘ったるいだけの声を上げた。

「ん……っう、ああ……!」
「……あっ……」

 俺ばかりが変に声を上げる所為か、ノーチェから洩れたそれに止め処ない愛しさが込み上げる。中に出されたそれも、他に抱いた奴には無いものだと思えば思う程、好意が押し寄せる。徐に抜かれたノーチェのにほんの少しの虚しさを覚えると、「ベル」と俺の好きな声が呼ぶ。
 何かと思いながら小さく顔を向けたらノーチェの手が顔に添えられた。そのまま味を確かめるように深い口吻をされる。舌を絡めて角度を変えて、息を交わらせて、唇を離すと舌から伸びる唾液の糸が静かに切れた。蓋をするようなノーチェの口吻が癖になる程好きだ。
 不意に眠気が押し寄せてくる意識の中で、普段はあれだけ余裕そうに笑うノーチェがいやに真剣に、真面目な顔をして「好きだ」と呟くのを見た。

「ベル、好きだ……好き、愛してる……」

 そう、逃がさないかのように甘い言葉だけを俺の中に溢していった。口吻をする度に、何度も好きだと言ってくれる。創りものの体に染み込むように、胸の奥が熱くなる気がした。

「……ん……俺も……愛してる、から……」

 飽きが来るまでその手を離さないで、と口にしなかった。言えば怒られるかと思ってしまった。代わりに自分からの口吻を渡して、その息と言葉を互いに呑み込んだのだ。ノーチェの体は俺に安心感を与えるに十分すぎて、眠気を加速させてきて――。

◇◆◇

 一息吐いて、徐に離れたその場所。離れにある洗面所にある鏡を見て、ノーチェは溜め息を吐く。「まさか一途になるなんてなぁ」なんて言葉を洩らして、普段クレーベルトが見るであろう鑑を見つめる。体には何の痕も無い。付けてもらえば良かったかも、と体を撫でる。からかわれた反動でやり過ぎたかどうか、それを考える前に手のひらを眺めた。
 自分のものを入れる前に触れた体が、ほんの少し冷めていた事に何気なく気が付いていた。快楽に溺れて温もりを帯びている筈の体の中に冷える感覚。何を考えていたかなんて、ノーチェ自身には分かる筈もない。ただ、最後のそれをする為に合わせた目に、良いものは見られなかった。「命など主の為にあるものだ」――そう口にする事の多いクレーベルトの事だから、何を思うか予想も付かないが、捨てられる事を恐れるような目をしていたような気がする。

「……考えても仕方ねえよなぁ」

 そう呟いてノーチェはそっと踵を返した。どうせなら問い質してみよう、と寝室へ足を向けて、刺激をしないようにゆっくりとベッドに近寄ってみる――ほんの少し目を離しただけであった。そこに居たのは眠るどころか、気が付けば男に戻っているクレーベルトの姿があった。白い肌に蔓延る紫青の模様と、幾つかの傷痕。ああ、そう言えばベルはこの模様を嫌ってるよなぁ、とノーチェは徐にその隣に寝転がる。――酷く疲れているのか分からないが、クレーベルトが起きる気配はなかった。
 そろ、と頭を撫でながらノーチェはクレーベルトを抱き寄せる。冷めないように、温もりを逃さないように、万が一目を覚ましたら一番最初に見るのが自分であるように。

「…………孕まねぇかな……」

 なんて言葉を洩らしながら、独占欲塗れの瞳をゆっくりと閉じた。


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