「綺麗」



 何気なく夜を堪能していた散歩道。息を洩らせば微かに視界が曇る。どこまでも人間に近い体を持った事への驚きを半分、冬の闇に溶け込もうとする無意識を抑える半分。凍えるような冬の寒さも、不定期に感じる拒絶の念と孤独に比べればなんて事はないのだが――やはり、体の芯から冷えていく感覚は心までも冷ましてしまいそうだった。
 ふと見上げれば夜空には雲一つ広がってない満天の星。大小も色も様々で、いやに綺麗に見えてしまう。ああ、あれは爆発を繰り返しているだけではなかったか、と見知らぬ思考を一つ。頭を小さく振って、その傍に爛々と輝くものへと目を移す。星に比べれば遥かに大きく、目が眩む程の美しさを湛えている。あれは太陽の光を受けて光り輝いているのではなかっただろうか。夜空に輝く一際明るい満月を見て、感嘆の息を洩らす。

「なぁんだ、こんな所に居たのか」

 そう声を掛けられて振り返れば、いつの間にか傍に居る事が当たり前だと思ってしまう人間が居た。真っ白な左右非対称の髪が月明かりに照らされていやに綺麗に輝いている。普段の紫色が多い瞳は満月を主張するかのように、透き通る金の輝きを湛えていた。――それは、何を見るよりも遥かに綺麗だと、呼吸を忘れる程に意識を奪われる。
 何か用か、と呟きながら微かに首を傾げる。忘れていた呼吸を思い出して、月を持つ男を見る。月明かりによってか、先程よりも遥かに美しく、眩い光を浴びているような心地になった。「部屋行っても返事がねえからよ」そう言って隣に来るや否や、夜空を見上げてほお、と笑った。

「やたら寒ぃと思ったら冬だし、今日は満月だったんだなー。月が綺麗だな」

 どこかあどけなさが残るそれは、ここ最近で芽生えた愛しさを妙に掻き立てるもので、月明かりに照らされているその顔を訳も無く俺はやたら綺麗だと思ってしまう。白い髪も、満月のような瞳も、ほんの少し幼さが残るようなそれも――酷く愛しく思えるのだ。
 風が後押しするように背中を撫でた。コート越しのそれでもやたらと冷たく、寒さに体を振るわせる。それでも尚言葉を紡ごうとする口を閉ざす事は出来なかった。

「……俺は――お前の目の方が綺麗だと思うぞ、ノーチェ」

 そう呟いた後だった。ノーチェはそれを聞くや否や少し驚いたように呆けた顔をしていて、「そうか?」と微かに首を傾げる。俺を見上げながらのその仕草は衝動を掻き立てるには十分すぎて、らしくないと思いながら欲しくなってしまった俺は徐に顔を近付けてみる。――それに気が付いたノーチェは微かに笑みを浮かべてから、そっと手を伸ばしてきた。
 触れ合う唇の感覚に小さな満足感。頭を弄る手は人知れず眼帯を持ち上げて、顔を離す際に取り外されてしまった。性能の良い視界が暗闇に溶けず、昼間のように明るい世界を写し出してしまう。

「今日は目の色片方お揃いだな」

 そう言って眼帯を俺に差し出した後、ノーチェは俺を見上げて「あー」と呟きを洩らした。

「どっちかっつーと、ベルの方が綺麗だと思う」


前項 | 次項

[ 49 / 50 ]
- ナノ -