無題



 女が相手である場合の彼のその行為は、男であった筈のクレーベルトに音を上げさせるほど深いものだった。
 月明かりもない暗い部屋。締め切った窓のカーテンは揺れることもなく、仄かに点された橙のランプは月の代わりに寝室を照らした。その暗い部屋に響くのは寝具の軋む音と、肌のぶつかり合う音、荒い吐息と――喘ぐ女の声だった。

「あぁ、ん……ッ」

 艶やかな唇から溢れる言葉を押し戻すように、彼は彼女へと深く口付ける。普段なら硬い体も今はしなやかに。胸元にある柔らかな胸を自分の体に押し付けながら、ノーチェは行為をやめることもせず、口付けを交わしながらも腰を打ち付ける。
 男の体にはなかったそれに自身を挿し入れて、熱く柔らかな肉壁を内側からひたすら刺激をする。
 ――そんな状況で舌も絡められる筈もないクレーベルトは、ノーチェが角度を変える度に、舌を吸われる度に空いた隙間から甘い声を洩らしてしまう。初めにあった異物感も、内臓を押し上げる圧迫感も、今ではただの快楽だ。
 開いた足の間に体を入れて、肌を打ちならしながら奥へと穿つそれに、クレーベルトの体が大きく反る。全身に力を込めて、「あぁ……っ!」と、一際高い声を上げながらそれを迎えた。シーツを掴んでいた筈の手は、ノーチェの背中に強く強く爪を立てている。
 ――もう何度目かの絶頂を迎える度に、彼の体を引っ掻いた。
 ――それでも彼は、腰を振ることだけはやめなかった。
 無意識だと思えるが、ノーチェの腰に絡まるクレーベルトの足は、彼を離さんとばかりのものだ。そのくせ「もうやだ」なんて言うのだから、体が強く求めていることはよく分かる。
 ガクガクと震える体をどうにかしたくて、唾液が端から溢れる唇を開いて、「や、」と言葉を洩らしたクレーベルトに、彼は「やだ?」と小さくほくそ笑んだ。

「まだ駄目、もっと抱かせてくれよ……」

 そうねっとりと絡み付くような言葉を耳元で囁いて、ノーチェは彼女の耳をゆっくりと舐める。ぬたぬたとした生温い感触と、温かな吐息がクレーベルトの耳を犯し続けるのだ。
 彼女は特別耳が弱く、ただそれだけでノーチェが抱え込んでいる体が強張るのが分かる。唇を閉ざそうとするそれに、彼は自分の指を口に突っ込んで、無理矢理抉じ開けてやる。そうして抑え込まれる筈の甘美な声を紡がせてやって、ノーチェは悦に浸るのだ。
 口に指を入れる分、唾液まみれになってしまうのだが、今ではそれすらも愛しいと思うほど。
 彼は無意識にほんの少し緩めていたピストンを元の速さに戻すと――、自分のそれに絡まる液体の量が増したような気がした。

「んっ、あっ、あぁ、ああァ――ッ!」

 再び一際高い声が放たれる。次は目の前ではなく、自分の耳元で。直接脳を揺さぶるようなクレーベルトの喘ぎ声と、彼自身をきゅうきゅうと締め付ける膣に、彼は堪らず「ん……ッ」と声を洩らし、欲を放つ。
 熱い体液が腹の中に放たれたと、クレーベルトは朦朧とした意識の中で理解した。傍らではノーチェがほんの少し悔しそうに呻きながら「気持ちい……」なんて、歯切れの悪い言葉を小さく溢す。それがいっそう彼に疲労を覚えさせるようで、動いていた筈の腰が、疎かになるのだ。

「……ベル……」

 そう言ってノーチェは指を抜いた後、再びクレーベルトへと唇を押し付ける。舌を捩じ込んで、息も絶え絶えの彼女の口内を犯し、じゅる、と音を立てて舌を吸っては唾液を絡める。
 その行為にまだ終えられないのだと理解する彼女は、目尻に涙を浮かべながら次第に欲を増して硬くなるそれに、小さく首を横に振る。これ以上はもう嫌だと、耐えられないとか細く抵抗するものの――、ノーチェはそれを制するようにただ貪るようにキスを繰り返した。
 ねっとり交じる唾液が温く、喉の奥へと流れる度にクレーベルトは軽く喉を鳴らす。その回数を重ねれば重ねるほど、彼女の欲もまた熱を増していくようで、不思議な感覚に陥った。
 ノーチェがゆっくりと唇を離す頃には、クレーベルトの抵抗など最早無に等しい。彼女は口付けを好いていて、繰り返される行為に随分と気を良くしたようだった。とろん、と熱を孕んだ潤む瞳にノーチェは気分良さげに微笑んで、「気持ちいいだろ」と呟く。

「唾液ってさ、媚薬効果もあるみたいだぜ」

 彼女の濡れた唇を指の腹で撫でた後、彼は自分の体を起こしてやる。寝具に手をついて、体を支えてやって、女になったクレーベルトの顔を真下にほう、と吐息を吐く。自分を従える筈の上司が、あられもない姿で部下に組み敷かれている、という事実があまりにも心地いいのだ。
 媚薬の言葉に僅かに反応を示したクレーベルトではあるが、抵抗すらする気も起きないのだろう。ぼんやりと彼の体を眺めながら、みっともなく開いた足を横目に「ああ、まだ終わらないんだなぁ」と他人事のように考える。何と言っても「まだ」と言って、唇を塞いでくるほどだ。どこかで蓄え続けた欲を彼女の胎内に流しきるまで止まる気はないのだろう。
 そう考えるクレーベルトとは裏腹に、ノーチェはぐっと下半身を押し付けるように力を込める。彼女は咄嗟に唇を噛み締めてしまって、獣のように鋭い八重歯が唇を捉えると同時に、微かに錆びた鉄の香りが漂った。
 ――不意に「なあ、」とノーチェが唇を開く。

「全部はいんねぇの、分かる? 子宮って降りてくるんだと」

 ベルの体が孕む気満々で嬉しいな。
 ――そう呟く彼の瞳は、満月のように一面が金色に染まっていた。


前項 | 次項

[ 27 / 50 ]
- ナノ -