激しい夜



 甘い痺れが脳裏に走る感覚を得ていた。綺麗にシワを伸ばしていた真っ白なシーツを手で握り締め、心地の良い枕を顔に引き寄せる。窓は開いていない、ついでにカーテンも閉め切られている。ほんのりと部屋を照らす橙色の明かりだけが雰囲気を作り上げているようだった。喉の奥から出てきそうになる声を押し殺して迫り来る快感に耐えるよう、全身に力を込める。穴を無理矢理抉じ開けて入り込んだそれが何度も奥に行っては戻っていったり。大きくて硬いそれが中に入るなんて思ってなかった頃に比べれば幾ばくかは慣れていて、――いや、慣れやしないのだ。
 体のラインをなぞるように指が背中を這っていく感覚がした。擽ったいよりも深く、思考を奪うような痺れが堪らなく心地良い。それでいて、耐え難い。耐えられずに指に習うように背中を逸って腰元が疼く。「はっ……あ……」――つい奥から押し出すように声を洩らしてしまって、咄嗟にシーツを口許に寄せる。

「我慢、する事じゃねえだろ……?」

 なあ、そう耳元で艶かしく低い声で彼は優しく、吐息混じりに囁いた。「ひあっ」耳から伝わった普段では味わえないような強い快感に咄嗟に下半身に力を込めてしまった。耐えに耐えた筈の折角の頑張りを台無しにするように、溜まりに溜まったそれを思い切り外に出してしまう。熱の籠った奇妙な匂いに、シーツを握り締める手から力が抜けていく。
 「……ん、イったな……」それに気付いた様子の彼が小さく呟きながらも彼は腰を振る事を止める気もないようで、何度も何度も奥を擦り上げる。肌がぶつかる度に移る熱。動く自分の体が布団に擦れて、触れられていない場所が酷く気持ちが良い。胸が、自分のものが擦れる感覚は彼とはまた違った感覚だ。当然彼にされている方が気持ち良いのだけれど、同時に別の場所を攻められているような気分で頭が真っ白に塗り潰されていく。

「ん……ぅ……ぬい、抜い……て……」

 このままでは気が狂いそうだと思い、腰を押さえる手に自分の手を被せ、動きを止めてもらうために微かに力を振り絞る。――と言えども快楽に満ちた体では掴める程の力なんて残されてはいないのだが――。彼は簡単に振りほどけるであろう俺の手をほどく事もせず、手を舐めたようで生温くぬめぬめとした感覚が伝わった。
 それに驚いて肩を震わせると、「抜いて欲しいのか」と再確認するように復唱された。

「抜けって言われてもなあ……」
「――あっ……!?」

 俺の要望に応えるように奥まで入っていた彼のものが唐突に引き抜かれる。それについ体が過剰に反応してしまって、先程と同じように背筋が微かに逸ってしまう。その上妙に腰に力が入ってしまって、抑えている筈の声が洩れていく。掴んでいた手に耐えるための力が込もって、彼の手を強く握り締めてしまっている気がした。
 それに気にする事もなく彼は俺に悟らせるように「な?」と言った。

「抜こうとするとベルのここ、すげぇ締めてくんだぞ?……本当に抜いて欲しいのか……?」

 彼は途中まで抜く素振りを見せてから動きを止めて俺に聞いてくるのだ。既にいっぱいいっぱいの俺はただ自分の動きが止まっている事に妙な安堵を覚えてしまう。布団のシーツに擦れる事はない。だが、指摘される事に自尊心が音を立てて崩れていく気がするのだ。――最も彼は俺の地位を蹴落としたい訳ではないのだろうけれど、そこはかとなく屈辱的な気分になる。
 俺の中の何かが酷く脆くなっていた。紡げる言葉は命令的ではなく、懇願するようなものだった。「抜いて」とシーツに顔を埋めるように小さく顔を伏せる。中断して欲しいのかと訊かれれば「止めないで」と言ってしまうだろう。しかし、この状態でどちらも攻められてしまっては自分を投げ捨ててしまいそうで恐ろしかったのだ。
 相変わらず俺は彼に背を向けたままで言葉を紡ぐことしか出来なかった。動くほどの力など残されてはいない。彼に懇願するほど弱々しい姿を見せられるのは彼だけだと言うにも関わらず、いつまで経っても俺はこれに慣れることが出来なかった。

「…………ああ、なぁるほど……?」
「っ!」

 突然それが抜かれたかと思えば一変、体の向きまでも強い力で変えられ、シーツで顔を隠していた筈の俺は見慣れたベッドと天井――彼の妖しげに笑う綺麗な顔立ちだった。白い髪が暗闇でよく見えないのに、夜空のような瞳は獣のように輝いているように見える。それに野性的な本能が警告音を鳴らしたのか、それとも全く違う理由か――全てを見透かしたような鋭い眼差しにぞくぞくと背筋に何かが走る。
 高揚する感覚、男らしい手が俺の足を持ち上げる。時折洩れていた吐息なんて欠片もない。主導権は全て彼にある。まだまだ余裕、物足りないと言いたげな顔がひたすら良いものを見付けたかのように笑っている。――なかなかどうして、胸の奥がざわつくのだろうか。
 彼の綺麗な手がわざとらしく俺の胸に当てられる。そしてそのままゆっくりと胸板を這って、「こっちも随分良さそうだな」と胸の突起を指で摘まんだ。驚いて――どこか気持ち良くて咄嗟に口許に手を当てる。指の腹で刺激を何度か加えられていると、布団に擦れるよりもまた違った快感が押し寄せてきて背筋がやたらと擽ったい。
 口許に当てるだけでは声が抑えられる訳もなく、遂には自分の手を噛み締めようとした途端――。

「させるわけねぇだろ」

 突然俺の手を掴み上げ、顔を思い切り近付けてきたのだ。綺麗に整った顔が近い。思わず口が震える。彼は自身の体に俺の足を支えるように体を密着させて、そこから手を離す。ろくに抵抗も出来ない俺の片手を空いた手で先程と同じように掴み上げると、両手を交差させて自分の片手で両手首を押さえ付ける。
 いつか見たその拘束にどこか良くない気配を感じると、彼は自身に似合う悪どい笑みを浮かべて「好きだろ?」と言う。

「尾てい骨に耳に胸――ベルは好きな所がいっぱいで、更に拘束も大好き。勿論、俺しか知らねぇよな? ド変態なベルちゃん……?」

 「下も随分余裕そうだしな。激しくても大丈夫だな」そう言って彼は自分のそれを俺に押し当てると、一呼吸置くこともなくそのまま中に入り込んでくる。――だけに留まらず、その調子のまま腰を大きく振るい始める。

「――っあ……いぃ……っ」

 艶かしい音が少し苦手だった。滑り気を帯びた液体をかき混ぜるような音が、抜き挿しを繰り返す中で何度も響いてくる。

「……そう……そのまま…………声、出して……」

 その中で聞こえてくる低い声が好きなのだ。従順な犬のように、彼に従う事は一つの喜びでもある。けれど、どこかそれに怯える自分が居て。それを紛らすように彼はひたすら俺の奥だけを突いて犯して――上下に揺れる俺の体に、彼の行動に対して悦を感じたかのように、俺のそれから液体が溢れ出る。
 酷く熱い夜だった、やけに激しい夜だ。俺が何度絶頂を迎えようが緩まる事のない激しい揺れに微かに自我を捨てかける。彼の先端が気持ちの良い箇所を探り当ててしまって、微かに視界が揺れる。

「んっ……く、ぁ……あっ、あ、っと……」
「ん……はぁ、泣くほど善がんなよ……最後まで、言って……」

 ――のくせして、決して緩める事のない腰の動き。息が詰まるような快感。俺の手を掴み上げる彼の手に強く力がこもる。がたいの良い体付き、 柔らかそうな白い毛髪、視界の端に俺の中に入り込んでいる彼のものが何度も上下している、羞恥。

「あっ……もっと、激しく……んっ、俺の……俺だけで、満足、して……っ」

 「俺の体だけ感じるようになって」――プライドは今は必要ない。ただ従順な貴方だけの特別でありたいと。それに、ノーチェは深く笑って――。

◇◆◇

 最近の日課だ。目を覚まして、覚醒を待って、覚束無い足取りで鏡を眺める。体中のそれを確認して、俺は一体誰の所有物なのかを一瞬だけ悩む。――そんなものが日課だ。ふと、目を覚まして茫然と天井を眺めた。くっと呆けた頭が引き寄せられる。

「まだ……まだ朝じゃねえよ。寝てて良い。俺は……俺だけがお前を愛してやる」

 辺り一面はまだ薄暗い。彼の言葉は子守唄のように落ち着いていて、疲れ果てた体には心地好すぎた。微睡む意識の中で独占欲が滲み出る。

「……ベルは、俺のもんだからな……」
 ――ノーチェは、俺だけの……。


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