「幸せなんだ」



 不思議と気分が良かったのだろう。心が落ち着くような呼吸を繰り返している。一つ実感をしてしまったのだ。それが良いことなのか、悪いことなのか判断し難い。彼は俺の顔を見るや否や驚いたように目を丸くして、じっと凝視し始める。酷く澄んだ真冬の夜空を瞳に移したような色が俺の顔を捉えていた――なかなか面白く、いやに心地の良い感覚だ。つい、「何だ」と問えば彼は数秒間を置いて口を開く。

「……何か良いことあった?」

 ――なんて。突拍子もない問い掛けに俺は首を傾げ、あるように見えるのかと訊く。顔に出てきてしまう程嬉しい事なのか、そうでないのかよく分からない。彼は未だ不思議そうにこちらを見つめているものだから、俺は素直に胸の内を明かすのだ。

「らしくないだろう? 今、幸せなんだ」

 「幸せだと思ってしまっているんだ」そう呟くと、不思議と表情筋が緩む。それは、俺の生活が彼――ノーチェを中心に回ってきていると、暗示しているようだった。


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