「欲しがりも良いけど」



 さも当たり前かのように腰を持ち上げて奥まで突き上げてくるそれにただならぬ色気と、目眩を覚えてしまうような艶めかしさを覚えた。顔を逸らして口元に手を当てて声を抑えようにも、奥を突かれる度に洩れてしまう声に嫌気が差す。こんな生き物の筈じゃないと自尊心と羞恥心の葛藤が制限を課していくが、それを崩しに掛かるような癖になる行為に意識がどろどろと溶けていくような感覚がする。
 相変わらず当然の如く俺の寝室が場所だった。締め切った筈のカーテンの隙間から見え隠れする月が欠けているのが分かる。いやに輝いているあの姿を見る度に綺麗だと、惚ける自分が居る。それと同じように俺を見る鋭い獣のようなその瞳には、欠けた月明かりがよく映える。何も考えられない頭でああ、綺麗だ、と――水の中で反射して煌めく光を見たときのような感動さえ覚えるのだ。
 薄暗い橙色の明かりが点いた部屋では自尊心も羞恥心も忘れそうになる。滑りやすくとぶちまけられたぬるぬるとした液体と、その容器は床に投げ出されて、中を掻き乱すようにノーチェはただ俺が良いと思う所を探る。時折「ここ、良いんだろ」と笑いながら核心を突いて、俺が喘ぐのを見ては満足しているようだった。やたらと大きさを保つそれに理解すら追い付けない俺は、その満足そうなノーチェの表情を横目で見て背筋に奔る快感を覚える。ぞくぞくと、やけに心地が良い。

「……んっ……」

 ――と、気を抜いていた時に洩れてしまった声に怯えるような自分が居る。聞かれてしまった、可笑しく思われるのではないか、なんて自分らしくもない弱音を吐きそうになる。ただ一度、突かれた場所がいやに心地良い場所だったというだけで声が出た――それが、やはり受け入れがたいのだ。畏怖されている筈の存在がこんな目に遭うのが可笑しいと。
 ただそれをノーチェが嗤うのかと、侮辱するのかと問われれば恐らくそうではないのだろう。静かな部屋で、ベッドの軋む音と共に聞こえたであろう声に彼は小さく、満足げに微笑んで「ここ」と呟く。

「ここも……好きなんだな……?」
「――ぅ……あ、っ……」

 指先で肌を撫でて、見付けたらしいそこを何度も小刻みに攻め立ててくる。下から迫り来るぞくぞくとしたその感覚が堪らなく心地良くて、突かれる度に浅く吐き出す吐息に混じって声が洩れる。それを耐えようと口を噤むが「んっ……」と押し出されるそれに混乱も混じる。無様な姿を晒す度に脆くなる建前と、それに比例するように増していく欲求――もっと欲しいと口の端から言葉が溢れそうになる。
 自分でも分かる程徐々に息遣いが荒くなる。呼吸をしているようで、浅すぎて全く出来ていない。心地良さに身を委ねすぎて何気なくそれが近いのが分かる。肌がぶつかる音も、ベッドが軋む音も、その端整な顔立ちも、それを呼び起こす要因にしかならないのだ。

「んっ、く……ぁ……っ」

 咄嗟に口元に置いていた手をベッドのシーツに移動させて強く掴む。それを迎えたら負けたような気がしてならないのだ。ノーチェの思い通りになるのは妙に不服で、けれど体はやたらと素直で、耐えようとする感覚がまた堪らなくて――。

「……うあ……っ」

 ぞくぞくと体に奔る快感を得ながら外に出してしまう感覚を覚えた。頭が白くなって、微かに痙攣する体に羞恥さえ覚えてしまう。体を這う手に異様な悦びさえ感じてしまうのだ。ろくな呼吸もままならない、そんな中でつい「熱い、」と呟いてしまう。体のどこが、ではなく全身が。特に熱いのは触れ合っている所が。ああ、そう言えばノーチェとしている時はやたらと熱いな――なんて、働かない頭が想起を繰り返す。
 普段なら風呂上りにやる筈なのに、何故か今回に至っては入る前に抱かれてしまった。「止めろ」と行動に起こした必死の抵抗も、物理的な力ではノーチェに敵う事もなく、流れるような深い口吻も第二性感帯と謳われる場所を執拗に攻め立てる。ノーチェの舌にあるピアスが当たっては頭が痺れる感覚が襲い、次第に力が抜けていく事を良い事に押し倒された挙げ句、服も慣れた手付きで脱がされたものだ。一体何が目的なのか――なんて、俺に分かる筈もなく。結果的にはされるがままとなるのが手に取るように分かっていた。
 一刻も早く風呂に入りたいと思う反面、心のどこかではまだ続けたいなどと思う自分が居る事に嫌気が差す。ここまで欲深いなんて、欲しがるだなんて、そういうものは全部切り替えた後に知られたかった、なんて。あまりにも女々しい思考に気分を害される程だ。――しかし、やはり彼は違った。弱みを握れば誰もがそれを踏まえた上で侮辱する筈なのに、いやに嬉しそうに口角を上げ、恍惚の表情を浮かべる。

「……あー……やっぱ、欲しがりも良いけど……今もすっげぇ良いな」

 可愛いよりもエロいっつーか。そう言って俺の体を軽く指先で撫でる。模様と、いやに汚く思えるそれを気にせずに「本当に熱いな」なんて言って、舌舐めずりをする。「やらしいのはどっちだ」と何度言おうかと思った事か。がたいの良い体付きも、艶めかしい手付きも、妖しげな雰囲気も、好きになる者は好きになるんだろう。当然俺もその一人というわけで――何故だかほんの少し虚しく思う時があるのだ。
 空っぽの穴に落ちる感覚を一瞬だけ味わってしまった。それを知ってか知らずか――「今変な事考えたな」と休息を欲しがる俺の体に鞭打つように、深い所までそれを挿し込んでくる。それどころか片手で俺のを掴んで、ほんの少し、軽く擦り上げる。

「んっ……!?」

 甘く痺れる、どころではなく、思考を奪うような強い快感。思わず声を上げてしまえばノーチェは小さく笑って「他の事考えてんじゃねえよ」と呟く。そうして惜しみなくそれを離して耳元に顔を近付けてくる――微かな吐息が鼓膜を揺さぶった。

「もっと欲しいんだろ……? 俺だけしか居ないんだ、どんだけ欲しがったって良いんだぜ? なあ……ベル……」

 そう艶めかしい吐息混じりの言葉が快感を呼んで、思わず身を捩りながら呻くような声を洩らす。ほんの少しずつ、後押しされるように欲しがる気持ちが顔を覗かせてくる。「あ、」と呟けば、それに続いて出てきてしまいそうだった。その言葉を呑み込むように口を閉ざすと、同時に囁くように言葉を紡がれる。「ほら、もっと」そう言われる度に眉間に皺を寄せているつもりで――「ノーチェ」と呟きを洩らしてしまう。
 それは俺にとって麻薬みたいなものだった。一度味わえば後に引く事は難しい。加速していく渇望に俺は為す術も無い。

「俺を、欲しがれよ」
「……っ……ん……ぅ……欲し、い……」

 遂に口にしてしまった言葉に酷く羞恥を覚えてしまっていると、ノーチェは満足そうに笑って「ん」と言う。

「よく言えました。良い子にはご褒美が必要だよなぁ……?」

 そう言って体に指を這わせるノーチェに、俺は目が眩むような眩しさと、ノーチェから与えられる快楽に堕ちていく実感を得ている。きっと俺はノーチェが居なければ生きていけない程に、彼に堕ちてしまっているのだろう。――そう思えば思う程、貴方の唯一になれるように、と切に願う。


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