ヒロアカaqua


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目の前ですやすやと眠る雫
対して全く寝れる気配のない俺

「(これは…よくねえよな)」

冷静になって考えればこの状況がまずいと誰でもわかる
万が一他の奴に見つかったらかなりまずい
少し離れようとするが、手を握ったまま寝ているので離してくれそうにない

「(つかよく寝れんな)」

部屋に招いたのは俺だが、一応男の部屋というものだし警戒くらいすんだろ普通
…男として見られてねえってことはないと思う、多分
それとも雫は性別関係なくこういう距離感なのか?

"100%自然体なのは焦凍くんの前だけ"

昔は俺以外には外面を被ってたからそれはないか

夢を見てるのか「いただきまあす」と言った雫に笑ってしまう

「どんな夢見てんだ」

思えば雫とももう4年目の付き合いだ
親父が決めた許嫁、それだけの関係だったはずなのに気づけば雫がいることが当たり前になっている

"焦凍くんの1番仲良い女の子は私がいい"

"今度は照れないで会ってすぐに褒めてね"

"誰にでもお節介焼くほどお人好しなんかじゃない"

前に誰か他のクラスの連中が雫のことを「穏やか」とか言ってたがそうでもない
結構感情表現は豊かだし喜怒哀楽もはっきりしている
そう見えるのは遠くからしか見てねえ証拠だろう

"ね、もしかして雫ちゃんのこと好き?"

思い出したのは舞羽の言葉
好き…って何だ?舞羽曰くずっと一緒にいたいと思う事…らしい

雫に対してそういう感情があるのかどうかはわからない
だが、合宿の時…雫に手が届かなかった時の感覚はまだ覚えている

「(まるで冷や水に浸かったような感覚…)」

舞羽も緑谷もあの時酷く後悔していた
そんな2人を見て俺も悔しいと思ってるのかと理解させられた

雫が殺されるかもしれねえ
そう思うと良いとか悪いとか横に置いて救けに行くことしか頭になくなった
だから舞羽が無事に雫を救出したと聞いて酷く安心したのを覚えている

爆豪も雫も口には出さねえがオールマイトの件を自分のせいと思ってるんだろう
時々思い詰めた顔をしている時があるのは知っていた

そんな雫の力になってやりたいがこれは俺じゃなくて爆豪にしかわからない感情だとも思った
だからなんて声をかけていいかわからなくて少し距離があったと思う

それが今日爆発した
夜嵐に告白されたと聞いて、夜嵐が"雫さん"と呼んでいることに気付いて苛立った
夜嵐だからというのもあると思うが、それ以上に雫が誰かと付き合うかも知れねえという方が気がかりだった

もし雫に彼氏が出来たら許嫁の件は一刻も早く解消してやらねえといけねえ
それに距離感も考える必要がある、今みたいに手を繋ぐなんてこともあり得ねえだろう

別に俺は雫の許嫁なだけで恋愛感情はない
そのはずなのに雫が他の奴を好きになるのは嫌だ

"焦凍くんが誰を選ぶかは自由なはずです"

俺に自由な恋愛をしてほしいと願う雫に対して、俺はこいつに自由な恋愛をしてほしくないと望む
ずっと許嫁でいられたらいい
そう思い始めたのはいつからだっただろうか

「(そうか…俺は…雫が…)」

こんな気持ちになるのも、雫を見てるともやっとしたモンが広がるのも全部そういうことか
腑に落ちれば飲み込むまでは一瞬だった

握ったままの手に少し力を込める

「雫、好きだ」

口に出した途端心が軽くなった
ずっとつっかえていたものが取れるようなそんな感覚になる

好きだから力になりてえと思う
好きだから傍に居てほしいと思う
好きだから誰のモンにもなってほしくないと思う

全部、好きだから

「(許嫁の件…どうすっかな…)」

雫が解消したいと言うならそうする
けれど俺から解消することはもう二度とないだろう
結果的に親父の思惑通りになっているがこれは俺が選んだことだ

「しょ…おと…くん」

また寝言を言った雫
俺の夢を見てるようで名前を呼んだ雫に心が暖かくなる

仮免を取得して一足先を歩く雫に早く追いつかなくちゃな
そう思い目を閉じた









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