ヒロアカaqua


▼ 04



「まだ出してねえのか」

呆れたような視線をこちらへ向ける焦凍くん
そんな彼の前で頬を膨らませた私は子供っぽいんだろう

「違うよ、出したけど先生が受け取らないだけ」

「どのみち同じだろ」

たまたま帰り道で出会した焦凍くんに進路のことをぼやいたのが始まり
先生はどうしても私を雄英に行かせたいらしい
そりゃあ教え子が雄英なんて鼻も高いだろうし気持ちはわかるけど利用しないでほしい

「大体雄英以外にも良い学校はいっぱいあるでしょ、士傑とか
それなのに雄英、雄英って…」

雄英はトップの名門校
ヒーローになるには一番の近道だけれど良くも悪くも注目される
そんな学校に行けば居心地が悪そうで考えただけで頭が痛くなる

「じゃあ士傑にすんのか?」

「うーん、そうだね…」

東の雄英、西の士傑
ヒーロー科と言えばこの2校が有名
この前取り寄せたパンフレットの中に士傑のものもあったけれどあそこも注目されそうで出来るだけ避けたい

「まだ迷ってる」

その回答にため息をついた焦凍くん
小言でも言われるのかなと目を向けるといつも通り無表情の焦凍くんが前を向いたまま口を開く

「別にお前が選んだことなら文句はねえよ」

「だよね」

良くも悪くも適度な距離感でいようと決めたのは私たちだ
その想像通りの回答に納得した私だったけれど、焦凍くんの目がこちらに向けられる

「けど…お前が雄英に行くなら俺は嬉しいけどな」

焦凍くんのその言葉に思考が止まる
え?ごめん、聞き間違いかな?今焦凍くんはなんて…?

「まあ俺もまだ受かってねえけど…じゃあまたな」

自然な流れで背を向け歩いていく焦凍くん
残された私はぽかんとしたまま帰路につく

正直あまりぼーっとしないタイプなんだけれど今日は違う
ご飯を食べてる時もお風呂に入ってる時も宿題をしている時もずっと焦凍くんの言葉が反芻してしまっていた

「え?あれどういう意味?」

友達としてそれなりに仲はいい
けれどあくまで許嫁破棄同盟の協力者としての関係なはず
だから最初に距離感も決めたし、学校でも普通の友達として接している

それに今まで焦凍くんも私もお互いの進路や考え方には口出ししてこなかった
端から見れば許嫁かもしれないけれど私たちは他人だ
相手に干渉したところでそれがお節介だと知っている

焦凍くんも私も妙に冷めているからその関係が楽だしこの先もそうだと思っていた
そんな焦凍くんが"嬉しい"だと?

「どうしたんだろう…まさか風邪?」

だとしたら心配だ、けれど焦凍くんは自分の体温調節は自由自在って前に言ってたからそれはないだろう、多分

「うーん、全然寝れない」

どうしようと唸っていると、少女漫画が目に入ってきた
暇つぶしに読むことにしてパラパラと捲っていく
話の内容的に卒業間際らしい、ヒロインの女の子とその友達の女の子が離れることを寂しがっている描写があったので手を止める

「(焦凍くん…もしかして私が思ってる以上に友達と思ってくれてる…?)」

私も色々友達はいるわけで、みんなと離れるのは正直寂しい
でもそれは人それぞれ進路は違うし仕方ないよなとも思える

「(なら焦凍くんは?)」

たまに学校で会うと他愛ない話をしたり、一緒に帰ったり
個性も似ているから相談することもあるし、何より彼の隣は居心地がいい

そんな焦凍くんと高校が離れる
想像しただけでもやっとしたものが心に広がった

「そっか…私…もっと焦凍くんと仲良くなりたいんだ」

いい子でいるようにしてきた私が素でいられるのは焦凍くんの前だけだ
似た境遇だから勝手に親近感が湧いているのかもしれないけれど

自分で境界線を引いたくせに勝手な話だが、焦凍くんが嬉しいと言ってくれたことが嬉しい

翌日、朝一で進路希望用紙を提出した私は先生の静止も聞かずに職員室を飛び出し焦凍くんを探す

渡り廊下の向こう側に見えた彼の姿に自分でも口角が上がったのが分かった

「焦凍くん!」

らしくもなく廊下を走って彼を追いかける
品行方正、物静かという印象の私がそんなことをするんだから周りの生徒はびっくりしているけど今はそんなことどうでもいい
こちらを振り返った焦凍くんは私が取り繕っていないことにギョッとしていた

「雫…?お前どうし」

何かを言おうとした焦凍くんの手を握る
初めて触れた彼の手は片方冷たくて片方暖かいという不思議な感覚がした

「あのね、私も雄英目指す!」

本当にらしくない
それでも心は妙にスッキリしていたし、目を丸くする焦凍くんの姿にちょっとした満足感もある

許嫁破棄同盟、それだけの関係
そう思うには焦凍くんという存在は大きくなりすぎた
大切な友達、無理に離れる必要はない
ううん、離れたくない

「一緒に雄英行こうね」

そう言った私は焦凍くんへ笑顔を見せる

思えば最初から焦凍くんには素の自分だった気がする
あの時から既に私は焦凍くんのことを特別に思っていたのかもしれない










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