ヒロアカaqua


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試験終了後

リカバリーガールの元で処置を受けてから帰宅準備をする唄ちゃんを送り届け、教室へ戻ってきた
私は無傷だったのでこのまま帰っていいらしい

と、その時1番に試験をクリアしていた焦凍くんと百ちゃんが帰ってくる

「雫」

「あれ、2人ともおかえり」

「どうしたんですの?治療は…」

心配そうな百ちゃんに試験の一連の流れを説明した
自分が水になれることも簡単に話して無傷であると伝える

「私たちもクリア出来ました…と言っても轟さんのおかげですが」

「そんなことはねェだろ、八百万の作戦があったから勝てた、ありがとな」

「いえ、そんな…っ!」

焦凍くんの言葉に頬を染めた百ちゃん
褒められて嬉しいんだろう、試験前の自信喪失は克服できたようで安心する

けれどそれと同時に生まれるもやもや

「(そっか、2人はいいコンビなんだ)」

私と唄ちゃんがそうなように焦凍くんも百ちゃんもそうなんだろう

「(やだ、なんか上手く笑えそうに無い)」

クリア出来たのも百ちゃんが元気になったのも2人がいいコンビなのも全部が良い事のはずなのにどうして素直に喜べないのか
そんな自分を悟られたくなくて久しぶりに貼り付けた笑顔を浮かべた

「さすが推薦組ペアだね」

上手く笑えてるかな
久々のいい子はぎこちなくて、今までどうやって貼り付けていたのかさえ思い出せない
そんな私を見ていた焦凍くんは何も言わない

なんとなく居心地が悪くて荷物をまとめて「用事があるから先に帰るね」と告げ帰路につく
いつもなら焦凍くんと帰る道を1人で歩いていると心に穴が開いたような感覚になった

焦凍くんへは片思い
そんなの最初からわかり切っていたこと
焦凍くんが誰を選ぶかは自由、私はそれまで彼を支えるだけの役割

「(自惚れてた)」

近くにいるのも彼を1番理解しているのも私だと、そう思って自惚れてたんだ
じわりと滲んだ涙を拭おうと手を顔に近づけた時、その腕が掴まれる

「何で泣いてんだ」

目の前には焦凍くん
追いかけてきたんだろうか、少し息が上がっている彼は心配そうに私を見ている

「さっきお前の様子が変だったから何かあったんじゃねェかって思った」

そう告げる焦凍くんに唇を噛む
外面で着飾ったのがバレたんだろう、よく気が付くのも焦凍くんらしい

「何でもないよ」

だから離して
そう言ったはずなのに焦凍くんの手の力が緩むことはない

「そんな顔の奴を放っとけるかよ」

お願いだからそんなこと言わないで
私は馬鹿だから、単純だから、期待してしまう
自分の立場を弁えないといけないのに求めてしまう

「…焦凍くんの1番仲良い女の子は私がいい」

「は?」

思わず声に出してしまったそれにハッとする
誤魔化しようがないので俯いていると、腕を掴んでいた彼の手が離れた

「何だそれ」

呆れたような声に追い討ちをかけられていよいよどうしようもなくなったので観念して顔を上げると、こちらを見る焦凍くんの顔はちょっとだけ赤くて恥ずかしそうにしている
初めてみる表情に私もポカンとしてしまった

いつもは無表情かちょっと口角が上がるくらいなのに、今の彼は違う

「え?」

背を向けて歩き始めた焦凍くんをしばらく眺めていたけれど慌ててその背を追いかけた
隣に並んで顔を覗き込めばやっぱりまだほんのりと赤い

「あんまこっち見んな」

「やだ、焦凍くんのその顔レアだもん」

「…さっきまで落ち込んでたくせにころころと忙しい奴だな」

まじまじと見つめる私に嫌味を言う焦凍くん
落ち込んだよ、けどやっぱり私は単純でとっても都合よく捉えるみたい

好きだよ、そう言ったら彼はどんな反応をするんだろうか
困らせたくない、でも困っている顔も見てみたい
本当に自分勝手な私自身に嫌気が差す

「(私結構わがままなんだよ、知ってる?)」

欲張った私は焦凍くんの手をそっと握った
手が触れたことにビクッとした彼
けれどその手は私の手を握り返してくれて、あんなに不安だった気持ちが消し飛ぶ

「(好きだなあ)」

「(何だこれ…落ち着かねェ…)」

焦凍くんが何を思うかはわからない
けれどこの時の私は確かに幸せだった










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