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「海色の娘か」
重々しい空気に口の中の水分が引いていくのがわかる
中学1年生の時、焦凍くんとの顔合わせの日以降は会ってなかった、卒業式で見かけた時も会釈しかしていない
そして先ほど聞いた話
「何の、用ですか…」
どうしてこの人がこんなところにいるんだと警戒していると、エンデヴァーはこちらを見下ろしたまま黙り込む
「あの…」
「焦凍の嫁に相応しい戦いを期待している」
フラッシュバックするのは初対面の時に許嫁を拒んだ焦凍くんの姿
私はずっといい子でいた、それは両親のためだ
決してこの人のためじゃない
「…生憎ですが」
自分でも驚くほどの低い声
ずっと外面良く生きていたからこそここまで感情が出るのはいつぶりだろうか
エンデヴァーをまっすぐ睨みつけた私は知らなかった、焦凍くんが角を曲がったところでこの会話を聞いていることを
「私は両親のために大人しくしているだけです、許嫁の話も納得したわけじゃない」
「お前が納得しているかどうかは関係ない、これはお前の親と俺の合意だ」
「一方的な押し付けが合意になるんですね、それは知らなかった」
「…口の聞き方には気を付けろ」
ギロっと見下ろすエンデヴァーの冷たい瞳
焦凍くんの左側と同じで綺麗な水色なのにどうしてこんなにも違うんだろう
「私は両親のためなら自分の人生を差し出すことも構いません…けれど焦凍くんが誰を選ぶかは自由なはずです」
「何だと?」
「彼に自分を投影するのはやめてください、1人の息子として見てあげてください」
「部外者が知ったような口を」
「いいえ、関係者に…許嫁にしたのはあなたです」
焦凍くんのことを守れるならこの立場を利用だってしてやる
「焦凍くんの将来を決めるのは彼自身です、あなたじゃない
彼が選んだ人が私じゃない別の人だとしても…たとえ何があっても私は最後まで彼のことを守ります」
「守る?焦凍はお前よりも強い」
「ええ、それでもです」
エンデヴァーはしばらく私を見たあとで目を閉じた
「試合前にすまなかったな、もう行け」
そう告げられて私もエンデヴァーから視線を外し、控え室に向かって歩みを進める
「(言いたいことは言った、あとは焦凍くんが決めることだ)」
控え室につくと身体の力が抜けるのを感じた
思いの外その威圧は凄かった、流石No.2ヒーローだ
「…私、焦凍くんのこと何も知らないんだなぁ」
聞かないようにしてきたせいで何も知らないまま時だけが過ぎていた
もし私が聞いたら焦凍くんは嫌がるだろうか
嫌われたくなくて踏み込み過ぎないようにしてきたけど今更知りたいと思ってしまう
そう考えていると、控え室がノックされた
「海色さん、準備お願いします」
「はい」
どうやら焦凍くんは瀬呂くんを一瞬で凍らせたらしい
多分エンデヴァーに会ってイラついてたんだと思う
入口のところで待っていると、帰ってきた焦凍くんとすれ違った
今日はほとんど話してないので目を伏せる
すれ違い様に聞こえた「勝てよ」という言葉
すぐに振り返るけれど、焦凍くんは相変わらず背を向けたまま歩き続けている
『ステージを乾かして次の対決!!
ここまで上位キープし続けるシャボンガール!海色雫!
対
スパーキングキリングボーイ!上鳴電気!
START!!!!』
ああ、だめださっきの一言だけで負ける気がしない
単純かもしれないけれど世の中の女の子は好きな人に声をかけられるだけで舞い上がってしまうものだと思う
バチバチと音を立てて帯電する上鳴くん
「なぁ海色、体育祭終わったら飯とかどうよ?」
「え?」
「多分この勝負一瞬で終わっから」
相性のことを言ってるのか分からないけど、不敵に笑む上鳴くんに微笑み返した
「勝てたらね」
瞬間、突っ込んできた上鳴くん
すかさず避けて水の壁を作る
「水は効かねえよ!」
「じゃあこれなら?」
水の壁を上鳴くんを囲むように作り出し、それを瞬時に凍結させる
そして上鳴くんの頭上までシャボン玉を使い駆け上がり、そのまま眼下にいる彼に狙いを定めた
「ごめんね」
上鳴くんの頭を覆うように水泡を作り出し、彼の呼吸を奪う
慌てて放電する上鳴くん
しかし、水は通電性があり、その攻撃はなんら意味を持たない
しかもよりにもよって放電しすぎたためのウェイモードだ
流石にこのままだとまずいので即座に手足を水のリングで縛り、頭の水泡を解除する
「げほっごほっ!!…ウェ…」
「上鳴くん行動不能!海色さん2回戦進出!」
「ごめんね、水飲んでない?」
慌てて上鳴くんに駆け寄るものの、親指を立てて大丈夫とアピールしてくれている
すごく小刻みに震えてるけど本当に大丈夫だろうか
良かったと一息ついてから上鳴くんを支えてフィールドから降りる
「(客席に戻る前に上鳴くんをリカバリーガールのところに連れていこう)」
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