ヒロアカaqua


▼ 163



唄ちゃんと話した翌日

「喉も後少しで治りそうだね
火傷の痕はないけどまだ皮膚が弱っているから無理はしないようにね」

そう告げた病院の先生
セントラル病院は最先端の治療を受けられるため怪我の治りも段違いに早かった
病院で過ごすのはあと数日、両親は雄英に避難しているため向こうに帰ってから面会があるらしい

診察室を出て歩いていると唄ちゃんを見つけたので合流する
けれどどこか上の空の唄ちゃんに首を傾げた

「唄ちゃん?どこか痛むの?」

ハッとした唄ちゃんがこちらを見て眉を下げる

「ううん、ちょっと考え事してただけ…雫ちゃんは怪我の具合どう?」

「他の3人に比べてマシだから多分唄ちゃんの次に退院できると思うって先生が言ってた」

「そっか、よかった」

一緒に歩きながら会話していると、前から歩いて来たのは焦凍くん
軽く手を振るとこちらに気がついたのか目を丸くした

「お」

「轟くん」

にこりと微笑んだ唄ちゃんに焦凍くんも少し笑いかけた

「喉の調子はどう?」

「だいぶマシになった、けど念のためもう少し入院しなきゃならねぇらしい」

「そっか」

焦凍くんの怪我は燈矢くんの炎による火傷がほとんどで、私よりも喉も身体も焼けてしまっている
炎耐性のある彼でさえこんなに重傷を負うんだから燈矢くんの炎がエンデヴァーよりも強大だというのは本当なんだろう

「舞羽は明日退院なんだろ?」

「うん、一足先に寮に戻ってるね」

「ああ」

少しだけ口角を上げた焦凍くんが「そういや…」と何かを思い出したような表情になった

「爆豪が呼んでた」

「そっ…か…うん、わかった、ありがとうね」

そう言って爆豪くんの病室へ向かう唄ちゃん
ちゃんと爆豪くんと話せていないというのは明らかに見て取れた

「舞羽のことを聞いた…アイツ大丈夫そうか?」

「うん、唄ちゃんはちゃんと前を向いてるよ
それに爆豪くんがいるから…だから大丈夫」

唄ちゃんはとても繊細だけれど、その分たくましくもある
だから今回のことも絶対に乗り越えてさらに一歩なりたい自分へと近づくはずだ

「なりたい自分…か」

それは冷さんが焦凍くんに言った言葉であり、緑谷くんが思い出させた言葉
そして焦凍くんが飯田くんへ言った言葉でもある

保須の一件から一緒にいることが多い私たち4人は不思議な縁で繋がっている

「ね、焦凍くん…私ね、唄ちゃんみたいになりたいんだ」

「舞羽みてぇに?」

「うん…素直でまっすぐで…誰かの為に一生懸命な人
エンデヴァーが言ってた水鞠のお父さんみたいな人に」

記憶も思い出せない父の姿に思いを馳せていると、焦凍くんは「そうか」と告げた
蓋をしてしまうほどのショックな記憶を思い出したいかと問われると少し不安はある
でもちゃんと思い出したい
私が忘れてしまった5年分の思い出は確かにあったことだし、それをなかったことにしたくない

「記憶を取り戻しても私の傍にいてくれる?」

何て返ってくるかなんてわかってる
わかってて敢えて尋ねた

「当たり前だ、お前はお前だろ」

焦凍くんはいつも欲しい言葉をくれる
そんな彼といると自分の居場所はここなんだと言われているようで居心地がいい

「ありがとう」

にこりと笑いかければ、焦凍くんは表情を和らげる
私もちゃんと守れる存在になろう
守られているだけじゃなくて、彼の隣にふさわしいそんな人間に







その数日後
退院した私は雄英にて両親と面会していた

「黙っていてすまない…!」

応接室に入って来るや否や頭を下げる両親
水鞠の生き残りだということは引き取った時に聞かされていたらしい
けれど記憶を失っていること、存在が公になればまた狙われるかもしれないことを危惧し黙っていたとのこと

「顔を上げて、お父さん、お母さん…私怒ってないよ」

慌てて2人に駆け寄ってその手を握る

「前にも言ったけれど、育ててくれて本当にありがとう
2人がいたから今の私はいるんだよ」

お母さんは涙を流し、お父さんもお母さんの肩を抱く
私を守るためにずっと尽力していてくれた2人が大好きだ
感謝してもしきれない

「血は繋がってなくてもあなたは私たちの大事な子供よ、雫」

「そうだ…そうとも…!!自慢の娘だ」

手を広げる2人に抱きついてその温もりを確かめる

「許嫁の件も聞いたよ、お父さんたちは知らなかったんだよね…エンデヴァーが全部話してくれた」

水鞠のお父さんと決めたことだと告げたエンデヴァーは2人に私を焦凍くんの許嫁にするよう迫ったらしい
反論した2人へ過去に命を救った恩をチラつかせ、有無を言わせなかったと

今のエンデヴァーを間近で見ているためか、改めて昔の彼が如何に非道だったかが浮き彫りになった

「焦凍くんとも話したの、これから先どうしていくのか…
お父さん、お母さん…私は焦凍くんの許嫁でいたい
エンデヴァーが決めたこと、それでも私と焦凍くんが出会えたのは"許嫁"だったからなの

誰かに敷かれたレールの人生なんて御免だった、私の努力すら無に帰してしまうほどの権力が嫌いだった
それなのに焦凍くんと過ごす内にそんなことはどうでも良くなってた…都合が良いかもしれないけど許嫁で嬉しいとさえ思うようになった」

付き合えてその気持ちはより一層増した
エンデヴァーが焦凍くんや家族と向き合うようになって、私もエンデヴァーのことを尊敬するようになって関係はどんどん変わっていった

「どんな過去も全て私が経験してきたことで、今の自分を作っていること…全部受け入れて未来を生きたい
だからヒーローも、焦凍くんとの将来も何一つ手放したくない…私は良い子じゃないから」

ずっと良い子で生きてきた私の我儘
それを聞いた2人は顔を見合わせ微笑んだ

「それでこそ雫だ」

「私たちは雫の味方よ」

本当に2人の下で育てられてよかった
2人が両親でよかった

2人の為なら私は戦える、前を向ける




ーーーーーーー
ーーー




時は流れ、4月に入ってすぐの頃


緑谷くん以外のメンバーが集結し、プッシーキャッツによる圧縮訓練を受ける日々
いつ死柄木が行動してもおかしくないこの状況で少しでも私たちは出来ることを増やさないといけない
休んでいる暇なんてない

そう思って共有スペースに降りようとしたけれど、自室の扉に挟まっていた紙に気がついてはたと動きを止めた

「何これ…?」

開いて中身を見ればそこには信じがたいことが書かれていた
慌てて1階の共有スペースに降りれば、既に他の面々も集まっていてみんなの手にも同じ紙が握られている

「ドアに緑谷からの手紙が…!!!」

男子棟から駆けてくる峰田くん
やっぱりみんな緑谷くんからの手紙らしい

「お前も…!?」

「なんだよこれ…」

「"オール・フォー・ワン"…!?ヴィランが狙ってる…!?」

「緑谷…!何なんだよこれ…!!!」

動揺が広がる中、私はもう一度手元の緑谷くんからの手紙に目を通した



"海色さん

今までありがとう。
僕の秘密をA組のみんなには伝えなくてはいけないと思い、この手紙を書き残しておきます。
僕の力はオールマイトから授かった特別なもので、死柄木とオール・フォー・ワンは僕を狙っています。
だから僕はもう雄英にはいられません、けれど心配しないで下さい。
勉強も出来て個性の使い方も上手くて、美人で優しくて、そんな海色さんと一緒に過ごせて楽しかったです。
保須での一件からいつも轟くんと飯田くんと4人でいることが多かったね、友達が出来て本当に嬉しかったんだ…だからありがとう。
これからも轟くんと仲良くね。あと、唄ちゃんのことをお願いします…ああ見えて泣き虫だから。

緑谷出久"




その日、緑谷くんは私たちの前から姿を消した








prev / next



- ナノ -