ヒロアカaqua


▼ 159



過去の話を聞いた俺は目を伏せる

生まれる前から始まっていた轟家の悪夢
それが荼毘を生み出した

「一番辛いのはあなたじゃないし、あの子を見なかったのはあなただけじゃない
私は病院に隔離され、そして燈矢の事を聞いた…完全に心が壊れてしまった

…あなたは行かなかった」

「薪をくべてしまうだけだと…いや…何と声を掛けたらいいのかわからなかったんだ」

「私もそうだった」

燈矢兄を見なかったのは親父もお母さんもだ

「あの日、全て諦めていれば…燈矢を殺してしまったことで後に引けなくなっていた…焦凍に傾倒する他なくなっていた」

「エスカレートしていくあなたが悍しくて…子供達にまで面影を見るようになってしまった」

「壊れてるのを知りながら怖くて踏み込めなかった…上っ面で繕うことしか…してこなかった」

「全部あんたが始めたことであんたが原因だ…でも、俺がぶん殴って燈矢兄と向かい合わせてやれてたら…荼毘は生まれてなくて、焦凍に盛り蕎麦をご馳走してやれてたかもしれない」

親父、お母さん、姉さん、夏兄がそれぞれ後悔を述べていく
俺は黙って聞いていた

「責任はあなただけのものじゃない、心が砕けても私たちが立たせます、あなたは荼毘と戦うしかないの」

「…お前…本当に…冷か…?」

「私たちよりよっぽど辛いハズの子が恨んで当然の私を再びお母さんと呼んでくれた
雄英高校でお友達をつくって私たちをつなぎとめてくれた…焦凍が轟家のヒーローになってくれたのよ」

親父に1歩近づいて手を伸ばす

「ここに…来る前、お母さんと話した…お前が…もう戦えねェと思って…俺がやるしかねェって思ってた
…でも違うみてえだ…泣き終わったら立てよ、みんなで燈矢兄を止めに行こう」

掠れた声で、でもはっきりとそう告げる
初めて家族がまとまった気がした

と、その時ガラッと開いた扉
ホークスとベストジーニストがいる

『すみませーん、話立ち聞きしちゃいました
その家族旅行俺らもご一緒してよろしいですかね?』

先日の戦いでホークスは声が出しにくいのか、機械を通して話している

『俺は昨日既に退院して色々と情報集めていたんですけ』

「轟家の息子が…申し訳ありませんでした」

ホークスとベストジーニストに深々と頭を下げ土下座するお母さん

『やややや!そういうつもりで出てきたんじゃないんで!やめて下さい奥さん!』

「荼毘について伺いたかっただけです…!盗み聞きは違法デニムでしたが…」

違法デニムって何だ?というツッコミは置いておいて、お母さんを立たせたベストジーニストがこちらを見る

「怨嗟の原点は操作の手がかりになります、その後の"どう生き延び、どうやって荼毘へと変貌を遂げたか"は本人に直接聞くとしましょう」

『俺あなたの昔の映像とかよく見てましたけど若い頃の執念がまさかこんな形で肥大していたとは…ショックですねー』

ホークスのその言葉に親父は何も言わねえ、いや、言えねえんだろう
するとホークスが俺の方に手を乗せてきた

『燈矢くんのお話ってことで出てきませんでしたが、焦凍くんの火傷…これもエンデヴァーさん?』

「(近い)」

「…私です」

お母さんが答えたので、つい「お…」と言葉を漏らしてしまった
けれどそれは間違いじゃない、肯定もしたくないけど否定もできない

『そっか…焦凍くん、キミはかっこいいな』

その言葉の意味がわからなくてポカンとしていると、ホークスが扉の方を見た
つられて俺も目を向けると、そこには雫がいた
俺よりは軽傷そうだが、包帯を巻いている姿は痛々しい

『もう1つ、知っておきたいことがあります…水鞠家について』

雫の目は真っ直ぐ親父に向けられていた



ーーーーーーー
ーーー



自分の病室でこれからどうすべきか思案していた時、ノック音が聞こえた

「はい…?」

誰だろうと思って扉を見れば、そこにいたのはホークスとベストジーニスト
突然のNo.2とNo.3の訪問に唖然としている私に彼らは歩み寄ってきた

『や、怪我の具合はどう?』

火傷のせいで声が出しづらいのか、ホークスはスマホを通して会話する

「喉が多少焼けていますが、平気です」

「すまない、もう少し早く着いていれば良かったんだが」

「あ、いえ…そんな…」

ベストジーニストが来てくれたおかげで戦況は好転した
彼がいなかったら今頃どうなっていたんだろう…想像するだけでゾッとする

『病み上がりのところ悪いけど、君に聞きたいことがあるんだ
水鞠家のことについて何か覚えていること、もしくは思い出したりは?』

ホークスの問いに首を横に振る
残念ながら私には5歳以前の記憶がない

「まるで記憶に蓋がしてあるような…そんな感じなんです
思い出そうとしても何一つ思い出せない…一体何があったのかすらわかりません」

突然告げられた自分の過去
受け入れられない私は宙ぶらりんのまま過ごしていた

そんな私の様子に2人は目配せする

「君は知る覚悟はあるかな?」

「え…」

「我々は今からエンデヴァーの下へ行こうと思っている、知らなければならないことが多すぎるからね
そこでだ、君はどうする?」

ベストジーニストの問いかけに息を飲む
エンデヴァーは私の…水鞠のことを知っている、彼に話を聞けば全てがわかるだろう

『水鞠のことも聞くつもりなんだけど、当事者なしにってのはよくないかなってね
シャボン、君が望むのなら一緒に行こう』

行けば知れる
けれど知るということは過去と向き合うということ
海色雫という自分以外の過去を

「(怖い…本当はずっと知らないままでよかった…でもきっと今は逃げちゃいけないんだ
前に進むためにも…荼毘と戦うためにも…)」

少し躊躇ったものの、ベッドから下りて2人の前に立つ
そんな私を連れてエンデヴァーの病室前に着くと、中から話し声が聞こえた
それが冬美さんと夏雄さん…そしてもう1人女性の声がする

「(もしかして冷さん…?)」

ホークスもベストジーニストも中に入る様子はなく立ち聞きするので必然的に私もそうすることになり何だか居心地が悪い
会話の内容は轟家の過去だった

エンデヴァーが家族に行ってきたこと
荼毘を生み出してしまったこと
家族の誰も止められなかったこと

各々が過去を悔いている

「私たちよりよっぽど辛いハズの子が恨んで当然の私を再びお母さんと呼んでくれた
雄英高校でお友達をつくって私たちをつなぎとめてくれた…焦凍が轟家のヒーローになってくれたのよ」


-君の!力じゃないか!!!-

-勝ちてえくせに…ちくしょう…敵に塩送るなんてどっちがフザけてるって話だ…俺だってヒーローに…!


フラッシュバックしたのは体育祭で緑谷くんのおかげでなりたい自分を思い出した焦凍くんの姿
あれからだ、彼が闇に囚われることなく前に進み始めたのは

「ここに…来る前、お母さんと話した…お前が…もう戦えねェと思って…俺がやるしかねェって思ってた
…でも違うみてえだ…泣き終わったら立てよ、みんなで燈矢兄を止めに行こう」

掠れた声で、でもはっきりとそう告げる焦凍くんの言葉を聞いて黙り込んでいるとホークスとベストジーニストが中に入っていく
完全に置いていかれて出るタイミングを失った私は相変わらず聞き耳を立てていたけれど、意を決して1歩を踏み出す

ホークスがこちらを見るとつられて轟家のみなさんもこちらを向く
あの日以来顔を合わせていなかった焦凍くんは頭に包帯が巻かれていて、見ただけでわかる重傷ぶりだ
エンデヴァーはまだ呼吸器が付いているからもっと容態が酷いんだろう

『もう1つ、知っておきたいことがあります…水鞠家について』

エンデヴァーの目が私を捉える
ううん、私を通して誰かを見ている

「教えて下さい…私の過去のことを」

そう告げれば、動揺した表情を見せる
何を言われても退く気はない、その思いで彼の言葉を待っているとしばらく黙り込んでから観念したように口を開いた

「あれは俺がまだ若い頃だ…」








prev / next



- ナノ -