ヒロアカaqua


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2月14日


今日はバレンタインデー
A組の寮のキッチンでは女子メンバーと砂糖くんがチョコレートを制作中だ

「んーまい!」

湯煎にかけている最中、自分の手に飛んだチョコをぺろっと舐めたお茶子ちゃんが至福の顔でそう告げた
それを見た三奈ちゃんもヘラから自分の手に滴らせたチョコを味見する

「うまー!!これこのまま飲みたい!」

私もーと透ちゃんも参加し味見大会が始まる
それを見た百ちゃんがテイスティングスプーンを創り出した

「みなさん、御行儀がよろしくないですわ
テイスティングはスプーンを使わなくては…さ、耳郎さん」

「ありがと」

ぱくっと味見した百ちゃんと響香ちゃんが頬を緩ませる
そんな様子を見ていた砂糖くんは呆れたような顔をした

「お前らなぁ、さっきも言っただろー?テンパリングがチョコレートの味を左右すんだって
温度調節しっかりやれよ、海色を見習え」

そう言われてしまいみんなの視線が集中する
私としてはいつもどおりやっているだけなんだけれど、みんなはチョコレートの誘惑に負けちゃったらしい

「ちゃんと混ぜる!美味しいチョコ食べたいもん」

「みんなにも食べてほしいものね」

「だね!」

最初は女子だけで友チョコを贈ろうという話だったのだけど、どこからか聞いた峰田くんと上鳴くんからの圧があり結局A組みんなで食べようという話になって今に至る

チラッと視線を送ったのは隣で一生懸命な表情の唄ちゃん
そもそも友チョコを贈ろうっていう話になったのも唄ちゃんが今まで一度もチョコレートを作ったことがないという話が発端だった

幼馴染の2人へあげるものはいつも市販のもの
そんな唄ちゃんはめでたく爆豪くんと付き合っている
今年こそ手作りをあげるチャンスなんじゃないだろうかと思い、私から一緒に作ろうと提案した
それを聞いた女子一同が私もと参加し、結局こうやってみんなで作ることになっていた

「(唄ちゃん一生懸命だなあ)」

料理もお菓子作りも壊滅的な唄ちゃんが頑張っている姿は微笑ましい
とはいえまだチョコレートを溶かしただけだけど

「それにしても素晴らしいイベントですわね!友人同士でチョコを贈り合うなんて」

「ねー!なんか男子にあげるより気合い入っちゃうよね!」

「中学の時も気合い入ってる子いたなあ…あれ何でだろね?不思議」

確かに言われてみれば中学時代も友チョコをもらう機会が多かった気がする
もらった子にはホワイトデーの時にお返しを作って持って行った思い出だ

ちなみに焦凍くんには一度も渡したことはない

「女の子はチョコを作る子が多いからじゃないかしら?手間がかかるって知ってくれているから丁寧にちゃんと作りたくなるのよね」

「それだ」

納得したように頷くお茶子ちゃんと砂糖くん

「わかるぜ、手間かけたものを一口で食われると手間が走馬灯のように過ぎ去っていくんだよな
でもまあ、うまいって食ってくれりゃ嬉しいんだけど」

「わかりますわ…バランスを考えブレンドした紅茶なのに、うまいという一言だけの感想だと一抹の寂しさがあるというか…」

嘆くような砂糖くんと百ちゃんに、透ちゃんが「主に切島くん、轟くん、上鳴くんだね!」と言った
その通りで3人はみんな一言で大体完結している

「その点緑谷の食レポは完璧…というか、少し長すぎるくらいか?」

「いや、味の感想は長すぎるくらいほしい!」

「同じくですわ!」

食い気味に言い放った2人に目が点になる
私もたまに料理するけれど感想とかあまり気にしたことがないのでびっくりしてしまった

「緑谷は細かいところまで分析して気付いてくれるんだよな
こないだケーキにメープルシロップを使ったんだけど、俺がコクを出すために使ったことを言い当ててくれたんだよ」

「緑谷さん、最初は紅茶の違いにあまり詳しくなかったみたいでしたが、回を重ねるにつれて気付いてくれるようになってきて…淹れがいがあるというものですわ!」

「あ、そういや爆豪くんもたまにしか食べないけどわりと感想いってくれるよね?」

透ちゃんのその言葉に2人の顔から笑顔が消えた
真剣な顔になって、どこか居心地が悪そうだ
唄ちゃんも混ぜつつ耳を傾けている

「爆豪はな、なんか鋭いんだよ…こないだちょっとだけ…ほんとうにちょっとだけ焼きすぎたケーキに気付いたんだよ…なんか前よりパサついてんなって…」

「私も…ほんの少しだけ蒸らしすぎた紅茶を前のより渋いとお気づきになって…以前は違いに気付いてくれるのが嬉しかったのですが、爆豪さんにはまるで採点されているような気になるのですわ…」

「わかるぜ…!!」

同志のように共感してる2人
爆豪くんは才能マン故に味の違いにも厳しいらしい
私が料理を振る舞う側でもそんなの嫌だ

一連の話を聞いていた唄ちゃんが心配そうに「勝己…まずいって思うかな」としょんぼりしたので一同が慌てる
唄ちゃんはみんなで食べるのとは別に爆豪くんへのチョコレートも作っていた
けれど今の話を聞いて急に不安になったんだろう
弱気な唄ちゃんはなかなかお目にかかれないのでまじまじと見ている私を他所に他の面々がフォローしていく

「だ、大丈夫やと思うよ!爆豪くんああ見えて唄ちゃんには優しいし!」

「そうよ、きっと唄ちゃんからもらえたら喜ぶと思うわ」

お茶子ちゃんと梅雨ちゃんの言葉を聞いて唄ちゃんが大きく頷いたのでホッとした

「そういえば最近峰田さんも丁寧な感想を言ってくれるようになりました」

「ヤオモモそれは下心だよ」

「そ!チョコがほしいからだよ」

「もしかして本命チョコを?」

「「「絶対そう」」」

声を揃えてみんなで言ったのは峰田くんの最近の行動を見ていれば一目瞭然だった
妙に親切だし下ネタは言わない

女子にとってバレンタインデーが告白の日なら男子にとっては告白される日
モテるかモテないかを明確にする日でもある

「まあまあ、峰田の気持ちもわかってやってくれよ」

「本命チョコがほしいなら普段の態度を改めてもらわないとですね」

「下ネタ禁止!まずそこからだね!」

うんうんと納得する女子一同に砂糖くんは苦笑いをせざるを得ない
そして作り終えたのはトリュフチョコレート、クッキー、アイス、ガトーショコラ、フォンダンショコラ、ザッハトルテなど

「よし、あとは冷やしてからだな、夕飯の前に仕上げようぜ」

仕上げを残し冷蔵庫に入れたら一旦休憩だ
女子みんなは新鮮な空気を吸うために外に出ることにした

「うーん!がんばった!」

ぐぐっと伸びをする唄ちゃんに「お疲れ様」と声をかける

「ねえ、あそこの木って桜だったよね?」

透ちゃんが指差した方向を袖の方向を頼りに見ると確かに4月に桜があった並木だ

「たしかそうだった、入学した時綺麗だなって思った気がする」

「うわ、なんかもう懐かしい」

あの時はまだ何も知らなくて、まさか焦凍くんと付き合うことになるとも思ってなかった
あっという間に終わろうとしている1年にしみじみしてしまった

「あともうちょっとで1年経つんですのね、歳月不待ですわ」

「さいげつふたい?」

「年月は人の都合など関係なくあっという間に過ぎてしまうので時間を大切にという教えですわ」

それを聞いて三奈ちゃんと透ちゃんが試験勉強のことやレポート提出期限などの具体例を挙げるので笑ってしまう

「1日1日はとても濃いけれど、過ぎてしまうと早く感じるのは不思議ね、ケロ」

「桜が咲いたらウチらもう2年生だよ!?」

この前も話に出たけれど下級生が入ってくるというのは何とも不思議な感覚だ

「ねえねえ!桜が咲いたらみんなでお花見やろーよ!」

唄ちゃんの閃いたという提案にみんなが賛同していく
お茶子ちゃんが米でできた食べ物を羅列して頬を緩ませた

と、その時「あの」という声が聞こえたので全員が立ち止まる
そちらをみればそこにいたのは眼鏡をかけた女の子
小さめの紙袋を手に持ってもじもじしている

「あの、何かご用でしょうか?」

「あっ…あの、これ…A組の王子様に渡してください!!!」

そう言った眼鏡女子は百ちゃんに紙袋を渡し逃げてしまった

「「「「え?」」」」

突然の事にみんなで顔を見合わせる

「A組の王子様?」

「どういうこと?」

すると何かに気がついたのか、三奈ちゃんが「それは本命チョコだよ!」と告げた
紙袋を覗けば、可愛くラッピングされたチョコレートらしきもの

「ほっ、本命チョコ!!」

そのことに驚愕した女子一同
眼鏡女子の姿はもう見つけられない










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